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迷惑です、って言ってもいいんだ。

久しぶりにどうしても手元に置いておきたい、と思う本に出会った。
幡野広志さんの『ぼくが子どものころ、ほしかった親になる。』。

前回のnoteにも書いたけれど、今年父が、67歳という比較的若い年齢で亡くなった。肺がんで闘病していることを周りに告げると、どこからか湧き出てくる言葉たち。

肉や魚を食べているから命が削られるんだよ
水道水を飲んだから癌になったんだよ
おすすめの気功の先生がいるよ

善意で言ってくれているのは分かってる。
ただ、あなた自分の親が余命1年と言われた時に同じことができる?
その気功で完治した人の後ろに、助からなかった人は何百人いるの?
断ると同情の目で見られたり、怒り出したりする人たち。

頭では今のベストな治療だ、と思っていても、不安になると優しい言葉が心を蝕んだ。とくに、今年に入って父の体調が悪くなってからは「もしあの時○○していれば」なんてことがよぎるようになった。

そのとき、幡野さんがはっきり「迷惑です」と言っているツイートを見て救われた。それまで、善意だからと無下にもできないし、友達だし…どうすればいいのかわからなくなっていたから、迷惑です、って言ってもいいんだ!と目が覚めた。幡野さんありがとう!と何度も叫んだ。笑

だから、本が発売されたと聞いてすぐに買いに行った。
「はじめに」にもあったように、本というよりは、長い長い一通の手紙のよう。優しさについて、孤独と友達について、夢と仕事とお金について、生と死について。

生きる上で必要な”情報”じゃなくて、生きやすくなる”考え方”を教えてくれれる本だった。冒頭の「優しい虐待」のような押し付けがましい優しさは要らない。本当に優しい人ってなんだろう、と考えさせてもらった。
私にとっても、灯台のような存在になりそうだ。
(最後の最後のページ、絶対みんな見落とさないで欲しい)

きっとまた手にとって読み直すんだろうな。

さて、明日は32歳の私のベストごはんを夫に食べてもらおうっと。

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