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大麻と売春

「アマニタ・パンセリナ」を読み終えたので、中島らもといしいしんじによる対談エッセイ「その辺の問題」を読み始める。
「その辺の問題」は、思わず号泣した少女マンガ、ぞくぞくするくらいまずい塩辛、水瓶に用を足した上海の木賃宿、永遠に未遂に終わる美少年への恋愛、スーツにロンドンブーツで出勤した会社員時代、ジャマイカで襲ってきた山賊、ビーフシチューを食べていたなまぐさ坊主などなど、その辺に転がっている問題たちを、トコトンまで語りつくした内容であるが、大麻キメるためにアムステルダムに行って、当地のマリファナ大会(カナビス・カップ)を2人で取材するあたりがドラッグマニアの私には一番面白い。
カナビス・カップは、毎年アムステルダムで行われる大麻フェスティバルで、アメリカの雑誌「ハイ・タイムズ」の編集者スティーブン・ヘイガーによって1987年から始められた。審査員団は、フェスティバルにおけるベスト・マリファナ、ベスト・プロダクト(パイプやボングなどマリファナ関連製品)などを審査し、それらを出展した会社・ブースを表彰する。
多くのマリファナはアムステルダムや近郊のコーヒーショップから出展される。毎回、新種や個性的な品種が出品される傾向があり、参加者・審査員たちを驚かせている。なお出品されるマリファナはTHC(テトラヒドロカンナビノールはカンナビノイドの一種で、多幸感を覚えるなどの作用がある向精神薬である。大麻樹脂に数パーセント含まれ、カンナビジオールと共に大麻の主な有効成分である)の含有量が非常に高いものも少なくない為、実際に吸って審査しなければならない審査員たちにはある程度のTHC耐性が求められる。
またこのイベントは、大麻解禁を求める活動家や団体・会社などから広くスポンサードされる。
オランダにおいては、大麻の販売は当局により容認されており、オランダアヘン法に従った一定の量の販売と所持が許可されているソフトドラッグの大麻を含む製品を、個人使用のために販売するコーヒーショップと呼ばれる小売店が数多く存在する。
アムステルダム観光の目玉としては、アンネ・フランクの家などもあるものの、合法的なマリファナを楽しめるこうしたコーヒーショップや、合法的な飾り窓が集中するワレン地区(いわゆる赤線)が有名である。私はドラッグ関係とともにこうした性産業にも興味がある。
飾り窓とはオランダだけでなく、ドイツ、ベルギーなどのゲルマン諸国、またそこから伝播して地中海側でも見られ、基本的に1つのドアに1つの個室で、部屋の幅はドアより少しだけ広く、奥行きはベッドより少しだけ長い程度の売春宿である。入り口のガラス戸には全面を覆えるカーテンやブラインドが用意されていて、部屋の奥にもカーテンが掛かっている事があるが、そこから先はバックヤードで客は立ち入らない。踏み倒しや強盗を防ぐために壁や柱の一部にスリットがあり、客が前払いした代金はそこに落とし込まれる。周旋やポン引きを行う者はいない。客が外の道から品定め出来る点では日本の飛田遊郭と同じだが、日本の遊郭独特の客と遊女との取り持ちや、遊女の監督をする「遣り手(遣り手婆・花車・香車)」と呼ばれる案内役の年配の女がおらず、客と売春婦が直接交渉する点で大きく異なる。中の女性は下着、水着、あるいはボンデージなど露出の高い服装で通行人に秋波を送る。興味を持ったと思しき通行人が立ち止まると中からドアを少し開けて話しかけてくるのでその場で料金や時間、オプションサービスなどについて相談する。この相談は当然他の通行人からも見え、また関心を持って立ち聞きする通行人もいる。商談がまとまればドアは全開され招き入れられカーテンは閉じられる。従って赤灯が点灯していてカーテンが閉まっていれば営業中だが接客中、赤灯が灯っていなければ休業の合図である。
私はヨーロッパには行ったことがなく、アムステルダムの飾り窓は体験したことないのだが、売春はインドで体験している。
2001年の9月のはじめから11月の25日くらいまで、北インドのダラムサラというヒマーチャル・プラデーシュ州にあるチベット亡命社会の中心地で地元のチベット人にCADを教えたり、現地のプロジェクトの設計などのボランティア活動をしていたのだが、日本に帰国する前の3日間をデリーで過ごし、GBロードと呼ばれる売春街で実際に買春体験をした。
GBロードの置屋の場所は、ニューデリー駅の近くにあり、行ったのは早朝にメインバザールのパハールガンジのホテルにチェックインして少し休んだあとなのでまだ朝である。行ってみてあれこれ物色することなく、強引な年増の売春婦と遣り手ババアのコンビに手を引っ張られて置屋に連れ込まれた。階段を上り、木製のベッドが置かれた狭い部屋に入ると鍵を閉められ、監禁された。事前の情報によれば100ルピーが相場とのことだったのだが、売春婦と遣り手ババアはもう100ルピーとどんどん要求してきて、いくらくらいで手を打ったのか忘れてしまったが、たぶん1000ルピーくらいは取られたと思う。当時のレートで日本円に換算すると3000円くらいである。まあ、大阪の飛田の妖怪通りの店に入ったと思えば破格に安い。飛田新地の自称料理屋には入ったことはないが・・・価格交渉が終わればあとはするだけである。年増の売春婦にコンドームを付けられ、やることはやった。何分くらいで終わったかはわからないが、ただやって抜いておしまいなので、ムードもクソもあったものではない。
デリーのGBロードといえば、ネパールの少女が人身売買の被害に遭い、売春を強要されるケースが後を絶たないことが問題になっていて、私をダラムサラに呼んでくれて、当時ダラムサラでチベット難民の支援活動をやっていたルンタプロジェクトの代表で、日本人建築家の中原一博氏は、現在ネパールで人身売買被害者たち自らが立ち上げた、世界で初めての団体であるシャクティ・サムハや、シャクティ・サムハのメンバーのうち、HIVに感染した女性たちによりHIV陽性者やAIDS患者の人権擁護といったアドボカシー活動や、自立支援を行なっているシャクティ・ミラン・サマージュといった団体を支援している。実は私はGBロードの置屋に入る前にネパール人少女が売られている現場も見たのだが、いたいけな少女を買う気にはならなかった。騙されて連れてこられ、売春を強要されている女の子は買う気にはならない。このあたり、1940年に綏遠(厚和 フフホト)の興亜義塾の第2期生となり、1943年12月に「北西辺境」をめざして「潜行」の旅に出たものの、途中で方向を転じてチベットへ向かうことになる木村肥佐生と相通じるもいのがある。木村肥佐生はモンゴル時代、年に1,2回は半年分の給与を詰めた財布をもって張家口の歓楽街に耽溺した際に、騙されて連れてこられた朝鮮人慰安婦は買わなかったと「チベット偽装の10年」の中で書いている。
私は好き者と言われれば好き者なので、後年、スカイプ英会話学校のマスコットボーイとしてフィリピンに短期留学体験したとき、次にフィリピンに行く時は、フィリピンの歓楽街で豪遊しようと決める。フィリピンの歓楽街といえばマニラやセブ島が有名だが、私が目指したのはアンヘレスとスービックである。と言うのも、関空~マニラのエアチケットが、セブパシフィックのプロモーション価格だとめちゃくちゃ安かったからである。確か往復で13800円くらいだったと記憶する。
アンヘレスは、フィリピン・ルソン島のパンパンガ州にある都市で、かつてはアメリカ軍のクラーク空軍基地があり、関連する産業で栄え、今もたったフィールズ・アヴェニューと呼ばれる世界最大の風俗街があり、ゴーゴーバーが密集している。ゴーゴーバーでは、客は舞台の上で踊っている女性を見ながら、飲食を楽しむ。基本的には飲食代を払うだけで楽しむことができるが、女性を席につかせて会話をする時は女性のドリンク代を支払うのが一般的である。女性は水着や下着姿であることが多いが、稀に全裸の場合もある。気に入った女性がいれば、別料金を支払うことで店外に連れ出すこともできる。連れ出す際の料金は店側に払う分(フィリピンではバーファインBarFineと呼ばれる)と女性に払う分があり、ペイバーは基本的には店で固定の料金だが、女性に払う分は女性との交渉で決まる。女性はウェイトレスとダンサーが分かれている店や、ダンサーがウェイトレスを兼ねている店もある。基本的には店外へ連れ出しができるのはダンサーの方だが、ウェイトレスを連れ出せる店もある。一般的にはウェイトレスの方が連れ出す料金が高い。ちなみに、2020年のバーファインの値段は、4,000ペソ(8,200円)。安いバーなら総額3,400ペソ(約7,200円)だ。日本の風俗と比べれば安いことは安い。連れ出す際には、「翌日の朝まで一緒にいられるのか?」と聞くのが基本。朝までどう過ごすかは連れ出した女性との交渉次第である。
一方のスービック(バリオバレット)は、フィリピンのルソン島中西部、サンバレス州オロンガポのスービック湾にスービック海軍基地があり、アンヘレスとともに1991年11月26日にフィリピンに返還された。アメリカの軍人がフィリピンを去った後、基地はフィリピンのスービック経済特別区 (SBFZ) に変換された。ビーチリゾートのスービックの夜遊びはゴーゴーバーほぼ一択だが、プエルトガレラやアンヘレスよりも女の子のレベルは低いが、バーファインはやや安い。ただ、今のスービックは、「20年前のアンヘレス」と言われていて、華やかさはなく、大きなハコもなく、年配を中心に白人比率が高い場所である。ただ、スービックはビーチリゾートなので、フローティングバーがある。
こうしてエアチケットまでとって行く気満々だったフィリピンだが、諸般の事情で急遽行けなくなってしまった。エアチケットは紙切れに。

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