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転落大戦 第四話 5.「転落」

佐久間太郎は楽しげに「しっかし自分やばかったなほんまに」と言った。
「よぉあんな修羅場?切り抜けたな。運動得意なん?」
僕は佐久間のふざけているような態度に苛立ちを覚えた。
「ていうか、なんですぐ助けてくれなかったんですか⁉︎」
「あ?」
「だって、僕が落ちるとき、呑気にベランダから眺めて…」
「しゃあないやろ!お前を見極めとったんやから」
「見極める?」
「ああ。もしかしたら戦力にならんかもしれんやろ?」
「は?」
「俺らの棟にはな、あの糞トリケラに勝てるやつなんか一人もおらんのや。やから、あいつに勝てるようなやつやないと俺らは仲間に入れんことにしとんねん。そんくらい分かれや!」
「分かれって…」
そこで佐久間の話を聞いて、僕の頭に背筋も凍るような想像が浮かんだ。
「まさか…戦力になれなかった人って……」
「ああ、もちろん見殺しにするで?」
「っ……」
僕は息を呑んだ。
「あんな、お前こういう経験ないんやろうけどな、漫画とかでもよく言うやろ?デスゲームっちゅうのはな、時には非情にならなあかんねん。自分もこれからしばらくこのゲームに参加するんやからわかっとけ。…まあとりあえず着いてこい」
そこで僕はふと理解した。
これは、ゲームに参加させられた人々の人生を転落させる戦争……

転落大戦なのだと。

彼も---佐久間もその被害者なのだと。


このゲームに参加してから、たびたび思い出すことがある。それは僕が四年生だった頃の秋…つまり二年ほど前の話だ。
僕の通っていた小学校の近くには、かつて工場だったであろう廃ビルがあった。廃ビルは「四番街の迷路」と呼ばれるくらい入り組んでいて、僕たち小学生の遊び場となっていた。そしてさらにこの廃ビルは、今僕が巻き込まれているゲームの舞台である「アベニール」のような、上から見るとアルファベットの「H」の形になっていた。
そこで行われていたのが「戦争」と呼ばれた遊びだった。
まず、五人〜七人ほどのチームを二つ作る。チームは「鬼」と「人」の二つ。つまり鬼ごっこでいう鬼役と逃げる役を決める。その後、会議室などの部屋を「拠点」とし、チームの中で一人、兵隊を決める。そして基本誰かが持ってくるタイマーや時計で二十分の時間を測る準備をする。そこまでできたらあとは簡単。兵隊を拠点から放ち、「鬼」のチームが「人」のチームを追う。「人」のチームはひたすら逃げ回る。
このゲームでやってはいけないのは、「人に怪我をさせること」。これだけ。
つまりそれ以外は許される。鬼側が逃げ道をなくすために、その辺に落ちているパイプなどでドアの前を塞いだり、人側が通気口に入って逃げるのもあり。とにかく故意に人に怪我をさせるのだけがダメだった。もちろん理由は親に怒られたくないからだ。
「鬼」は怪我をさせない程度に「人」を追いかけ、「人」は怪我をしない程度に「鬼」から逃げる。
僕ら五人はよくそのゲームで遊んだな……
そうだ、確か僕と、あともう一人…誰だっけか……が「人」になってばっかりで…
三人によくしごかれたっけな。
そうそう、だから僕たちは………

「おい、いつまでぼーっとしとんじゃ」という佐久間の声で現実に引き戻された。
「着いたで」
知らないうちに411号室に連れられてきていた。
「合鍵、お前にもやるわ」
と佐久間は部屋の鍵を僕に手渡した。まだいっぱい持っているみたいだ。
佐久間は慣れた手つきで部屋のドアを開けた。
「さっきの新入りはいってきたで〜」
さっきの、という言い方の引っかかった。まあ、どうせ部屋の中にいる彼らも、さっきの僕を眺めていたのだろう。さっさと助けてくれればよかったのに…
殺風景なリビングに連れていかれた。真ん中にちゃぶ台が置かれているだけで、ソファーもテレビも家具は何もない。ちゃぶ台を取り囲むように、五人の男女が座っていた。
「紹介するわ。
一人目が東湊太。元作家や」
「元ってことは今は書いてないんですか?」
無精髭をはやした青年が頭をかいた。
「そうだね…あんまり売れなかったから…」
「んでこっちが、マキノ。下の名前は知らん」
帽子を深く被り、顔に包帯を巻いた男がぺこりと頭を動かした。
「子供の頃の火事でこうなったみたいや。気にせんといてやれ」
僕も一応会釈はしておいた。
「んでこっちが、藤村夫婦。三日子と宏や」
ショートヘアの女性と、メガネをかけてニヤニヤしている男性の二人がペコリと頭を下げた。
「んで俺。そしてお前も入れて六人や」
僕は佐久間の話を聞き流しながら思った。

やはり、このゲームを運営しているのは、小学校の頃の奴らの中の誰かだ。

こんなに非現実的で、突拍子もない場所にいながら、それだけは確信できた。

第五話に続く


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