透明性

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透明性.マルク・デュガン 

*ネタバレ含む


読者ってのはどんでん返しを期待しているくせして,その癖ちゃぶ台返すとそうじゃねえよって文句ばかり垂れる.ほんとめんどくさいな.って思った.わたしもそうやって揶揄してばかりの読者だと思う.

この本が,展開が一転したと思ったらまた一転してしまうっていう性質を持っているせいなのもあるけど,レビューや感想には辛口読者も少なからずいて,否定の意見ってわかりやすく強いからなんか負けそうになる.面白かったのはほんとだし,叩きやすそうな点があるのもほんと.


この本の構造として,ふたつ嘘を読者に吐く.どちらも物語を白紙に戻すような大きな嘘で.この本の感想ってこの二つを許すか否かで二分される.

この本の冒頭で主人公が不老不死技術を実現したっていう嘘で世界を騙して神になる.全員が不老不死になれるわけじゃなくって,不老不死になるには"選ばれた人類"にならないといけないので善行を詰みましょう.いい人だけ生き返らせてあげるね.その嘘に世界が騙されて大混乱するのが本編.

思考実験とか社会実験みたいで楽しい.金に余裕があって満たされてるリベラルな人ほど,次のステージに昇れる不老不死なんてちょうどいい人生の目標になる.金がある層が金をいい方向に使う.緑化する.貧困を助ける.目に見えた善で世界が溢れる.

ここでの善行の基準は"地球に優しいかどうか".環境問題をテーマに掲げてる小説でもあるので温暖化や海面上昇が敵.それに人類がどうやって立ち向かうかという話.結局は主人公は嘘吐きだったんだけど,その実世界を良い方向に大きく動かしたという点では素晴らしい道化だった.

それで,残り数ページでまた展開が起こる.あと数ヶ月で大火山が噴火して地球上はどこも火山灰に覆われて生き物が住めない星になるらしい.それは大変だと主人公は人類を生き返らせる夢を託されて,たくさんの遺伝子情報を持って地球から宇宙に飛び立つ.さながらノアの箱船みたいに.神様となって見送られて滅びゆく星からでていく.

でも,宇宙船の中でやっぱり嘘でした.不老不死なんてそんな技術実現できてませんって告白される.でももう飛び立っているので,あとはどこかに向かうだけ.その途中で主人公は老化していつかは死ぬ.そういうお話.

で,ここまでがある作家の書いた小説でした.って落ちになる.小説の中に小説が出てくるいわゆるメタフィクション.


わたしがすきだったとこ.

神になれるような嘘を世界を舞台につけた,道化になってでもいいから世界を騙して踊れる.それで世界中が激変する.ほんとに面白いと思う.

批判的に読むとつまらない話だと思う.不老不死なんてあるわけねーだろって考えで頭がいっぱいだと途中の政治的な駆け引きも主人公のセリフもなにも冷め切ってしまう.技術は実現しました!しかし私たちの間で秘匿しています,でも不老不死はほんとうですっていう論調で進むからかな.

願いを込めて読んだり,祈りを込めて読むとたぶん印象が違うと思う.世界を良くしたい,いまのままじゃ地震とか温暖化とか貧富の差とか抱えきれない問題でいっぱいな世の中を良くするにはどうしたらいいんだろう,なにを言えば世界中が変われるんだろうみたいな願いで読むのかな.私には世界を騙した主人公が何より素敵に映ったので,彼女はきっと正義だった.

「どうやったら世界中の人を善人にできるのか?」ってテーマの一種の回答だと思う.監視社会と相まって実現できていて面白い.自分のどんなデータ筒抜けになってしまうので,自然と善が実現できる.


よかったとこ.

主人公の会社の社員,作中で使徒って呼ばれるんだけど.彼らは12人います.これを冒頭で言うのが面白かった.いつ裏切られるんだろうって楽しみに読めた.


小説の中の小説だったっていうメタフィクションについて.

表紙がSFっぽいし,<透明性>っていうデータ社会を描いてるからSFだって騙されて読んだら,技術力のかけらもなくて,実際には風刺小説だったっていう落ち.実際にトランプとか出てくるから,検閲を超えられない.だからあえて,フィクションです小説の中の考えであって実世界のこととは言ってませんみたいな態度でいるためのなんかかな.


思ったこと.

風刺小説とSF小説好きの好みの差があるから,受け入れづらかったかも.

SFの読者は俗から離れて知識人たちだけで構成された素晴らしい未来の話がしたいわけで,現代に生きてる頭の足りない道化の話はきっと興味が惹かれる部分がなかったと思う.そういう本をあたかもSFですみたいな立ち位置で,(実際にはデジタル化とかを描いているから完全に間違いではないけど)出版したから手にとって想像と違ったって感想が生まれそうだなって思った.