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フォントを“描く”って?タイプデザイナーのお仕事とモリサワ流デザインが生まれる現場を取材返しだ!


みなさん、こんにちは。
シャー研部員の菊池です。

突然ですが、4月10日が何の日かご存知ですか?おわかりの方は、きっとこの記事を読んでくださったのではないでしょうか!

▼文具でお馴染みのぺんてるさんにインタビューしたら、共通点が見つかった話。

ちなみに答えは4(ふぉん)10(と)で「フォントの日」。そう、あのフォントでおなじみの「株式会社モリサワ」さんから、我々シャー研が取材を受けてしまったのです!

▼モリサワ note編集部


モリサワさんに取材をしてもらい「永字八法」や「すぎるこだわり」など思わぬ共通点が見つかり、製図用シャープペンがプロの現場でどんな風に活躍しているかについても再認識することに。文字を扱うフォント会社と、文字を書く道具を扱う文具会社。異業種ではあるものの、なんとな〜く親近感を抱いていたのは、気のせいではなかったのです。

シャー研的にも、もっともっと知りたいことが出てきたし、お互いのことを知れば知るほど、もしかしたら新しい発見が見つかるかもしれない…!

ということで…取材を受けたら受け返す!!! 
相互フォローならぬ相互取材を敢行することとなったのです。

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今回取材を受けていただいたのは、モリサワさんのタイプデザイナー2名。

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▲タイプデザイナー歴33年目の増田さん(左)、タイプデザイナー歴20年目の半田さん(右)


ちなみに本題に入る前に、フォントとはなんぞや?フォントの歴史って?という基本的な疑問にも親切丁寧にお答えいただいたので、ざっくりですがご紹介させてください。

フォントの基本
フォントとはデジタル化された書体のことで、1980年代のコンピュータやDTP(デスクトップパブリッシング)の登場とともに使われるようになりました。しかし様々な字形のフォントが1980年代に一気に誕生したわけではなく、実はデジタル化される前の「書体」はそれ以前から作られていたそうです。
もともとモリサワさんは、活版印刷が主流の時代に、世界で初めて写真の技術を使って文字を印字する「写真植字機」を開発したメーカー。その頃から既に写真植字機用の文字盤を開発しており、『A1ゴシック』のかなのモデルとなった『中ゴシック体BB1』など、たくさんの書体を1950年〜1980年代にかけて開発していたそうです。コンピュータやDTPの登場により写真植字機の使用シーンが減ったこともあり、モリサワさんはフォントメーカーにシフト。現在では、写真植字機時代につくられた書体をフォントとして復刻リリースするといった流れも起きています。

モリサワの歴史についてはこちらもご覧ください!
https://www.morisawa.co.jp/about/history/



フォントを描く職人たちが愛用する製図用シャープペン


シャ:まず、おふたりがタイプデザイナーになろうと思ったきっかけを教えてください。

半田:じゃあ、私から。書体に興味を持ったのは、小学生の頃の課題で出たポスター作成でした。レタリングを習っていた母が、私が描いた下手くそな文字をキレイに手直ししてくれたときに、ポスターが見違えるようになった感覚があって。文字を変えるだけで見栄えが変わるんだな…っていう衝撃が最初のきっかけです 。

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シャ:お母さんが原体験なんですね?

半田:はい、当時はわたしもまさか仕事になるとは思っていなかったのですが、原点は母です。デザインに興味を持って美大に進んだのち、タイミングよく書体制作の求人の話があったので、書体の業界に入ることになりました。

増田:半田さんがお母さんの影響っていう話をしていて、自分もそういえばそんなことがあったなーって、今気づきました。

シャ:おっ!まさかの共通点が。

増田:私の母は、とても綺麗な字を書く人なのですが、なぜか自分の字に劣等感を抱いていたようでして「子どもにそんな思いをさせたくない!」と夏休みになるとトレーシングペーパーのような紙にお手本の文字を重ねてぴたりと一致するまで、何度も繰り返し書写をさせられていたんですよ。書写は母親に“やらされていた感じ”ですが(笑)、それと同時に漫画をタイトルと一緒に模写をするということが好きでよくやっていました。そんなことが、文字のデザインをやってみたいなと思ったきっかけかもしれません。

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シャ:なるほど。お二人ともそれぞれ子どもの頃の原体験が今のお仕事に繋がっているんですね。ところでシャー研としては、フォントデザインの現場でシャープペンがどのように使われているんだろう…というところが気になるのですが、どこまで手描きで行われているのでしょうか。

半田:書体によって変わってきますが、わたしはイチから作成する際には手描きで始めます。大まかな印象を決める段階までは手描きで、太めの芯でざっくり描いてみて、細い芯で細かいところを調整したりしています。デジタルだと決められた条件の中でのスタートになってしまう感じですが、手描きだと自由度が高くなるところはメリットですかね。

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増田:確かに手書きの方が、線は自由に書けるね。細かい部分は、どうしてもデータでは、表現できないところがあるんですよ。

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半田:もちろんデッサンやアイデアスケッチなどをする際にもシャープペンを使う機会は多いですが、一旦デジタル化したデータに修正指示を入れる際にも、シャープペンはよく登場します。わずかなニュアンスを伝えたいときは、細い線が描ける0.3のシャープペンが力を発揮していましたね。

シャ:ちなみにどのシャープペンを使っていますか?

増田:細い線を引く必要があったので0.3のシャープペンを探していたところ、たまたまGRAPHGEAR 500の0.3 HBを見つけて、購入しました。偶然購入した1週間後にこの取材のお話があったので、使用歴はまだ浅いですけれど…。

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あ、でも入社した頃に購入したハイポリマー芯FOR PRO(※現在は廃番)という替え芯はまだ持っていますよ。値段のところを見ると、消費税がまだないので、かなり年代物だとわかります(笑)。

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半田:私もGRAPHGEAR 500GRAPH 1000 FOR PROの0.3を使っています。両親が機械設計士だったので、なんとなくぺんてるのシャープペンに馴染みがあります。実家にドラフター(製図台)と製図用具がある環境で、両親が使っていたシャープペンは確かグラフペンシルだったような。私の父は頑固者だったので、子どもの頃私や妹が可愛い柄で見た目重視の描きづらいシャープペンを使っていると取り替えられることもしばしばありました(笑)。でも作業着の胸のポケットに刺さっていたシャープペンは子供ながらに技術者っぽくてかっこよく見えましたね…。

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そんな思い出もあり、GRAPHGEAR 500GRAPH 1000 FOR PROの0.3を使用中。どちらのシャープペンも家にあった記憶があるので、自然と手に取ったのかもしれません。ちなみに、今使用しているものではないのですが、自宅に思い出の1本が残っていまして、これもぺんてるさんのSHARPLETというシャープペンです。(※残念ながら現在は廃番)これは完全にこの可愛いカラーに一目惚れして購入したもので、ずっと愛用していました。

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シャ:わぁ!お二人ともぺんてる製品を愛用いただいているようで、嬉しいです!! GRAPHGEAR 500GRAPH 1000 FOR PROも製図用シャープペンなのですが、製図を描く際に使用するといった、いわゆる“プロユース”と言うのは実は少なくなってきているんです。主には学習などで使う中高生の利用が多い中で、本物のプロの方々に選ばれているというのはなんだか誇らしい気持ちになるし、勇気が湧いてきますね。

半田:ちなみに…私は下描き用に学習用の国語ノートを使っているんですけれど。

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シャ:かわいい!!!

半田:このマス目のある国語ノートにGRAPHGEAR 500でラフに描いて、あとでデジタルで整えるというやり方をしています。

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シャ:芯の細さなどシャープペンへのこだわりは?

半田: GRAPHGEAR 500はペン先の方に重心があって、重めでしっかりとした感じなので、考えている時はこれがいいなと。その後0.3のGRAPH 1000 FOR PROで、丸みや四角さといった細かいところをちょっと書き足したりしています。細い芯径の場合、どうしても紙を傷つけてしまうので、ちょっと柔らかめのBを使うことが多いですね。

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筆記具が知らないうちに文字デザインに影響を与えていた!?


シャ:時代によって求められるフォントって違うと思うんですが、今のトレンドはなんですか? 

半田:わたしの感覚として最近、手描きっぽい文字のアンバランスさがいい感じに見えるような文字が流行っている傾向にあるなと思っていて…。例えば、1940〜50年代に創刊された雑誌などの手書き風のタイトルに印象が近いかな。

過去の資料を読んでみると、ペンが流通する前の日本の広告って筆文字っぽい書体が多いんです。それって、普段から筆を使って制作をしていたっていうのが影響しているんだろうなと。だけどペンが一気に普及してからは、ペンでアウトラインを描いてから塗りつぶすようなデザインに変化していきました。そういった傾向から、筆記具とデザインは大きく影響しているんだろうなと、考察しています。

シャ:面白い!ここで筆記具と文字デザインの共通点がまた見えてきましたね。ちなみにPCやスマホの登場がフォントに影響することはあるんでしょうか?

半田:フォントは短いスパンでトレンドが変化するものではなくて、もう少し長い目で見て変化がわかるものなので、直接的に世の中の状況から影響を受けるものではないんですが、オンラインのコミュニケーションが増えて、読みやすいフォントが求められるみたいな変化はあるかもしれないです。弊社では読みやすさにフォーカスした『UDフォント』というものを提供しているんですが、それは小さなスマホの画面でも「ぱ」なのか「ば」なのかがわかるように意識しています。

UDフォント画像

シャ:繊細ですね〜。フォントを作る過程においては、描いたり消したりっていう作業が大事になるんでしょうか? 

半田:そうですね。描いたり消したりで形をバージョンアップさせていくっていうことは、常日頃から行っていることです。「かっこよくできた!」と思っても、実際に文章を組んでみると悪目立ちしてしまっていたり、空間が整っていないというのに気が付いたりすることもありますし…。書体って一文字だけで使うものではなく、しかもどういう風に使われるかっていうのがわからないので、どの文字が並んでも良く見えるところを目指す部分が難しさでもあります。

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シャ:悪目立ち、ですか…。ちょっと具体的な想像がつきにくいんですが、それはバランスということでしょうか?

増田:そうですね。例えばこの2つの「国書」という文字。

スクリーンショット 2021-06-21 8.00.20

シャ:「書」の文字が違うのかな…?左は太く見えます。

増田:そう!左はすべて同じ太さで線を描いた場合。「国」はいいけど「書」はなんだか窮屈でバランスが悪い。これを右のように「書」だけ、同じフォントでも線をすこし細くするなど調整して、文字単体ではなく文章として見た時に字並び良くなるように調整するんです。その他にも同じ形が続く漢字は、右側・下側を大きく作るといったことをすることで、パッと見た時にバランスが良いものになるです。

ぺんてる様ご参考(ドラッグされました)のコピー

シャ:なるほど!こんなところにもフォントの秘密が。こういうものを見つける目、調整する技術をタイプデザイナーは持っているんですね。ところで、どの時点でPCでの作業に移行するのでしょうか?

半田:ある程度アイデアの形が手描きで固まった後は、ほとんどデジタルで制作を進めていきます。「なんか違うな?」と思ったら一回手描きに戻ってみるということはありますね。手で描く方が自由な線が描きやすいので、シャープペンでバーッと描いてみたら、たまたまかっこよかったという発見もあったり。ブレインストーミングにちょっと近い感じがあるのかもしれないですね。人によってやり方は異なるんですが、増田さんはどうですか?

増田:私は普段のメモから何からシャープペンを使っていて、鉛筆を使うことってあまりないんですよ。同じ太さで均一に描けるシャープペンの方がデザイン描きには適しているので、書体のラフスケッチのときには鉛筆は使わないですね。

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アナログ作業を通して見えるデジタルフォントのカタチ


シャ:ちなみにモリサワさんではデッサン研修が3年あると前回取材をお受けした際に伺いましたが、パッと聞いたときに長く大変だなと思ったのですが…。

増田:3年という年月だけを考えると長いと感じてしまいますが、その期間に実作業も並行してやったり、文字のチェックに関わったりしながら学んでいくので、違った見方をすれば短いといえるのかもしれません。何年やってもこれで完璧に習得したということはなく、私はずっと修行し続けていくものだと思っています。

半田:私自身はデッサン修行をやらずに、隣に増田さんがついてチェックするといったOJT 形式で仕事を進めていたんですが、デッサン経験がなかったので、増田さんが指摘してくるポイントがイマイチ掴めず…。言われていることは分かるけれども、デッサンをしなかったからこそ気がつけなかったことはありました

増田チェック入り原稿②

▲増田さんがチェックを入れた文字たち

シャ:やっぱり目で見てわかることと、自分で描いてみてわかることは全然違うものですか?

半田:そうですね。文字の空間の作り方や線の太さの付け方に関しては、手で描くことで感覚的に会得できるんじゃないのかなと。何度も赤入れされても理解できない部分が、一回手で描いてみると分かったりするので、デッサン研修はすごく有意義なことだと思います。目で見ると理屈しか頭の中に入っていないんですが、描いてみると体が覚えるというか、噛み砕いたものとして身についた気がしました。

シャ:手描きならではの効果なんでしょうね。パソコンの画面上に出てくる文字と手で描いた文字は、見え方も違うのでしょうか?

半田:手描きの場合、雰囲気的よく見えるけれども、データにしてみると全然よくないというパターンと、手描きだからこそいい形ができたという2種類のパターンがあるので、どっちもどっちですかね。 手描きは主観的で曖昧な形なんです。曖昧なところがよかったのに、デジタルによってハッキリした結果、面白くなくなってしまうことも…。

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増田:私も半田と同じように修行みたいなものはなかったのですが、昔は手で描いたスケッチにきっちり墨入れしたものが製品になっていたんですね。ただ、墨入れをするとどうも違うものになるということがあるんですが、それは半田が言ったようにスケッチは細いペンで描かれているので、文字の空間の取り方がちゃんとできていないからなんです。いざ墨入れしてみたら「あーーっ!」と、予期しないところが潰れてみえちゃったり…。そういう経験は墨入れの段階で何度もしていますね。

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▲墨入れした文字としない文字、確かに印象や文字の空間が異なって見えます

シャ:増田さんも半田さんもデッサン修行はしていないとのことですが、経験した方のご意見はいかがでしょうか?

〜入社3年目榛葉さんご登場〜

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榛葉:私の代で社内制度が変わったので、修行というのは3年ではなく基本的に1年だけですね。先ほど半田さんがおっしゃったとおり、見ただけで理解したつもりになっていたことが、手描きをすることによって本当は理解していなかったんだ…ということに気づかされたりします。手描きでキレイな文字が書けるようになると、それがデザイナーとしての自信にもつながりますし、パソコン上での作業は自分の手から離れて機械を操作することなので、自分の体から離れた感覚になるんです。だからこそ、手で作るという身体的な体験は、とても大きなものかと思いますね。


デジタルは儚い!?手元に残る手描きの価値


シャ:やっぱり手書きの良さって、どんなにデジタル化されてもあるんだなとお二人のお話からもひしひしと感じています。

増田:実は若かりし頃、ふと下描きも墨入れも無駄だなと思ったことがありまして…。ツールの画面上で直接作ればいいじゃないかと思っていたんです。でもデータって儚いんですよ。実態がなくオリジナルがないというか。一度データを作成したら、いくらでもコピーできちゃって、オリジナルみたいなものがない。それがすごく寂しくて、最近はなるべく手描きにするようにしています。

シャ:お考えが戻ったんですね!手描きは創作の根本みたいな感じでしょうか?

増田:そうだ!という断言よりは、そういう風になって欲しいなと思います。絵画の贋作も、それはあくまでもコピーであって本物じゃない。すごく同じに見えるけれども、違いがあるんだぞ…みたいな。自分がこの仕事を始めた時に「原字は描いておけ。データしかないと贋作に思われるぞ」といったことを言われたこともありましたから、オリジナルがあるほうが落ち着くというか。年寄りのわがままですかね(笑)。

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シャ:では最後の質問ですが、ひとつの書体のセットを作る期間はどれくらいでしょうか?

半田:見出しで使う書体は文字数が少なく5000字くらい。小説を組んだり難しい漢字を使うようなものを組むときは、15000〜20000字ぐらいのセットが必要になるので制作期間はまちまちです。一番小さい文字セットで1年くらいですかね 。

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シャ:おぉ!気軽に頼めるものじゃないですね…。

半田:フォントって生活に馴染んでいるから気づかれないかも知れないんですが、1年、3年、長いものでは10年もかけて開発されるフォントもありますから、実は並々ならぬ想いが詰まっていたりとかするんです。だからパパッとできます!とは言えないですね(笑)(でも気軽に頼んでほしいな...)

シャ:じゅ、10年…。なんだかフォントが、ひとつのアート作品かのように思えてきました。

半田:実は今日プレゼントがありまして…。何年か前のぺんてるさんのツイートを拝見して、ぺんてるのロゴって勘亭流という書体を元にしているっていうのを見つけたんですよね。なんか可愛いな…と思って、勝手に菊池さんのお名前ロゴをスケッチしてデータ化もしてみました。

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ぺんてるきくちのコピー

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▲増田さんに、千社札まで書いていただきました(嬉しい!)

シャ:え!これは、すごい!!嬉しすぎます!!会社のデスクにぜひ貼らせていただきます。今日は本当に有意義なお話が聞けました。ともに“生み出す会社”として我々も手書き、そしてシャープペンの価値を再認識できました。またぜひご一緒させてください。ありがとうございました!


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こちらから逆取材を申し込んだのですが、なんと最後に思わぬサプライズをいただき感無量のシャー研部。普段何気なく目にしているフォントを、こんな素敵な方々が途方もない作業を経たうえで作りあげていると思うと感慨深い…。それもフォントに向き合う真摯な姿勢とあくなき探究心、好奇心が突き動かしているんだと、ともに“何かを生み出す”会社として刺激を受ける部分が多くありました
デジタルで活躍するフォントでありながら、意外にも現場で大切にされているのはシャープペンによる手描きの価値。まだまだ製図用シャープペンの未来はありそうだなと、胸を張って次へ進みます!

それでは、また。