「時をかけるニート」

こん畜生。


二日酔いのこめかみを錐で貫くような痛みで、クソ悪夢から目覚める。そんでまたがっかりするんだ。

どんなクソ悪夢よりウンザリな現実。原因不明の奇病が蔓延し、次に感染するのは自分かと怯えながら生きる。
感染防止のために、自ら隔離され終わりのない日々をすり潰す、まるで何十億のセルフ監禁。文字通り息もできない世界。

それがさ。

まさかの夢だったんだぜ。


「マジかよ!?」思わず口をついで出る。テレビとパソコン、スマホの画面を三度見して確認したんだ。間違いねぇ。

今日は2030年の1月1日。ちょうど4ヶ月前だ。「いやったぁぁぁァァァァイィぃぃ!!!」タイムスリップ、時間逆行、時をかけることに成功したんだよ、おれは。


スマホでYahoo!ニュースチェックしながら部屋を出る。ポケットに入ってたマスクを慌てて着けて、商店街に近づくと、呆気ないほどに誰もマスクなんか着けてやしない。

みんな呑気にしちゃってさ。これから何が起こるか知らないんだろ。ほら、マスクだってトイレットペーパーだってごっそり買っちゃうんだぜ。食料の備蓄もバッチリだぜ。
手早く買い物を済ませて部屋に戻り、早速SNSに投稿する。なんてったっておれは人類を悪夢の未来から救うために、過去も未来も星座も超えたんだからな。


【虚無主義メシア様の偶像破壊計画】

title:救世主降臨ww

世界のみんな。聞いてくれ。10年前に人類を襲った悪夢がまた訪れようとしてるんだ。まあ聞け。とにかく聞け。何が起こるか知ってるのは、世界でたった一人のおれだけなんだからさ。10年前世界は、多数の犠牲と社会インフラの破壊そして分断を生んだ。覚えてるだろ?
3ヶ月後に流行するそいつは、ある意味もっと恐ろしいんだ。感染を防ぐ手段が見当たらない。無作為に生贄が選ばれてるような気分だ。一度感染するともう決して治せない。そいつはヒトの免疫システムはおろか、DNAレベルで姿かたちまで変えてしまう。徹底的に無力で無気力な、非生産的な哺乳類。

ナマケモノになっちまう。


比喩じゃないんだ。動物園や動物図鑑で見たことあるアレさ。何よりマズいのは、大多数のヒトは諦めて、というか、もういいんじゃね?楽じゃね?というムードになってきてることさ。集団で力を発揮するというヒトの特性ごと侵食されてる、としか思えない。

おい。

なんだよ。

なんで無反応なんだよ。なんで閲覧しないんだよ。人類の危機なんだよ。読めよ。反応しろよ。炎上上等なんだよ。なんなんだよ。どいつもこいつも馬鹿ばっかりだよ。

なんでおれを分かってくれないんだ。

せっかく時を超えたってのに。おれはひとりぼっちのままなのかよ。こんなに正しいことをしてるのに。もう戻るところがないんだ。

結局またお決まりの現実逃避。惨めな現実が嫌で過去に来たはずなのに。

その先を考えるのが面倒になったおれは、グラスに半分残ってたトリスにレッドブルを注ぐ。あっという間に回るアルコールは、そのうち頭ん中をらせん状に回してこめかみを万力で締め上げる。時を超える悪魔のカクテル。気がついたらまた時空を超えてるはず。

なんだ。

そういうことか。

結局おれの頭の中が地獄だっただけだ。
助けてくれるはずの仲間はもう、時空の彼方に行ってしまったことに、おれはやっと気がついた。

置いていかないでくれ。もう世界は関係なくおれはひとりぼっちだ。

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