ピープルフライドストーリー(44) ポジティブ怪談 ?



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……………………………第44回

    ポジティブ怪談 ?

    
            by 三毛乱

 初めての北海道での事だ。
 その時にタクシーを利用して、一台だけが突っ切っていく広大な風景に、最初は嬉しい気持ちが勝っていたのだが、何ん十分もすると、ほとんど会話をしていない事に少々気が咎めてきた。五十代の運転手に話し掛けると、ノリの良い人で助かった。いや、良過ぎる程だったろう。話が弾んで、幽霊を見た事があるか訊いてみたら、あると言った。
「いやー、真夜中にね、真っ直ぐの道を、向こうから髪の毛が腰ほどもある裸足の白い着物姿の婆さんがね、凄いスピードで恐ろしい顔つきで走って来て、車を停める間もなく、フロントガラスに激しくぶつかって宙に飛んだんですよ。
 アッと思ったんですが、振り返って見ると、すくっと着地してそのまま走り去って行ったんです」
「えッ、本当ですか?」
「本当です。でも私はいつもポジティブ思考なんですよね。あの婆さんは幽霊なんかじゃなく、ジャック出身だったんじゃないかとも考えてるんですよ」
「ジャック出身?」
「そうです。俳優の千葉真一が1970年に成立したJAC、ジャパンアクションクラブ出身のお婆さんだったのじゃないかとも思っているんです」
 そのJACなら知っていた。世界に通用するアクションスターやスタントマンを養成するために、アクションを研究・研鑽していたクラブであり、俳優の真田広之などを輩出している。でも、そんな事を言われても「はあ……」と返答するしかなかった。
「するとね、その何日か後の夜にね、10才くらいの裸足のボロボロの服を着て血相を変えた顔の少年が向こうから走って来たんです。この車にぶつかって来て宙を飛んで、またもスクっと着地して、そのまま後方に走り去って行った事があるんですよね」
「………」
「でも、あの少年もJAC出身だったんじゃないかなあ…」
 これには吹き出してしまった。
「プハハ、それはさすがにないでしょう」
「いや、ジャパンアクションクラブ出身の親の血を受け継いだ、まあ血統、由緒ある血統の少年だったんじゃないのかという意味なんですがね。幽霊なんかじゃなくてね」
「………」
「うん、あの婆さんも少年もどちらもJAC出身だったに違いないと思っているんです。うん、そう思うようにしているんです」
 それを聞いて……何も言えなかった。
 すると、その時、左手から大人のエゾ鹿が突っ走って来るのが見えた。アッと言う間もなく、車に激突してフロントガラスに乗り上げた。が、すぐに何事もなかったかの様に右手へと走り去っていった。
 小さくなるエゾ鹿を見て、ふうーっと、息を吐いた。運転手もエゾ鹿の消えていった後方を何度も振り返っては、少しずつ落ち着かせているかに……見えた。
 しばらくすると、ようやく運転手が口を開いた。
「…今のエゾ鹿も、きっとJAC出身に違いな………」

              
                終



 

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