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人間関係の問題は自分だけの問題なのか?

ソーシャルスキルとは、心理学の分野で提唱された概念であり、人間関係で用いられる技能を意味する。
コミュニケーションスキルやコミュニケーション能力と言い換えてもいい。

今回の記事では、ソーシャルスキルという概念について考え直す。


ソーシャルスキルの利点

ソーシャルスキルという概念で人間関係を捉える利点は、相川(2013)によると、人間関係はスキルの交換によって成立し、そのスキルは学習によって獲得したものであり、練習で改善できるため、人間関係は練習で改善できることである。

ゆえに、ソーシャルスキル・トレーニング(Social Skills Training:SST)やソーシャルスキル教育(Social Skills Education:SSE)によって、個人にスキルを獲得させたり、個人のスキル不足を補ったりすることで、人間関係を改善できると考えられている。

実際に、SSTやSSEは、精神医療領域、更正・矯正領域、発達・教育領域といった幅広い領域で求められてきた(渡辺, 2017)。

ソーシャルスキル不足仮説

人間関係に問題を抱える原因は、ソーシャルスキルの不足にあるという仮説がある。

過去の研究では個人のソーシャルスキル不足に着目し、その不足が、孤独感、対人不安、抑うつといった心理社会的な問題を引き起こすことが明らかにされてきた(e.g., Segrin, 1993; 1996; 1999; 2000; Segrin, & Kinney, 1995; Segrin, & Flora, 2000; 相川・藤田・田中, 2007; Segrin, McNelis, & Swiatkowski, 2016)。

上記の研究では、個人のコミュニケーション能力の程度によって、その人の人間関係に問題が生じることを説明している。

コミュニケーションを能力で捉える問題点

コミュニケーション能力と言われれば、たいていの人がなんとなくは理解していると思う。

就職活動の場面では、コミュニケーション能力が何の疑いもなく重要だと言われているようにも思える。

でも、よく考えてみてほしい。

コミュニケーションは、自分と他者の双方向で行われるもので、それを個人内の能力に還元し、その人の能力だけで説明できるものではないと考えられる。

ソーシャルスキル不足仮説では、コミュニケーションの双方向性が無視されているのではないだろうか?本人の人間関係の原因を、本人の能力不足だけで考えようとしていないだろうか?

「人間関係の問題は個人のコミュニケーション能力の問題である」という考えは、個人の能力不足に対する自己責任を助長する可能性がある。

私は、コミュニケーションを能力主義的に考えると、人間関係が窮屈で煩わしいものになると思っている。なので、人間関係の原因を、個人視点のスキルの獲得あるいは不足で説明するような求めるような観点から脱却する必要があるのではないかと考えている。

スキル不足には関係性が抜けている

過去の研究のように、個人のスキル不足で人間関係の問題を捉えることには、関係性の観点が抜けていると考えている。

例えば、日常生活では、誰かにソーシャルスキルを実行できない状況を考えてほしい(相手からの要求を断れない、自分の気持ちを伝えられないなど)。この場合、相手との関係性によっては実行できる時もあるのではないだろうか?つまり、日常生活では、個人のスキル不足よりも、相手との関係性といった状況や環境が影響する場合を想像することができる。また、2者関係においては、一方がスキルを獲得していても、もう一方のスキルが不足していれば、当事者同士の関係に問題が生じると考えられる。

私は、関係性の観点からソーシャルスキルを捉え直し、個人内に仮定されたソーシャルスキルの不足と、相手とのコミュニケーションで使われるソーシャルスキルの実行とは区別して考える必要があると考えている。ソーシャルスキルという概念は、「能力主義の観点」ではなく、「個人と環境の相互作用の観点」で問い直すことで、人間関係の問題を解決しやすくなると考えている。つまり、コミュニケーションの過程の中に、ソーシャルスキルを位置づけて問い直すことを強調したい。このような観点は、世間で根付いているコミュニケーション能力に対する挑戦的な捉え方かもしれないが、人間関係の問題を考える上で重要な視点だと思っている。

参考文献

相川 充 (2013). Chapter 7 人間関係のスキルとトレーニング 上野 徳美・岡本 祐子・相川 充(編著)(2013). 人間関係を支える心理学――心の理解と援助――(p.175-188) 北大路書房

相川 充・藤田 正美・田中 健吾 (2007). ソーシャルスキル不足と抑うつ・孤独感・対人不安の関連――脆弱性モデルの再検討―― 社会心理学研究, 23, 95-103.

Segrin, C. (1993). Social skills deficits and psychosocial problems: Antecedent, concomitant, or consequent? Social and Clinical Psychology, 12, 336-353.

Segrin, C. (1996). The relationship between social skills deficits and psychosocial problems: A test of a vulnerability model. Communication Research, 23, 425-450.

Segrin, C. (1999). Social skills, stressful life events, and the development of psychosocial problems. Social and Clinical Psychology, 18, 14-34.

Segrin, C. (2000). Social skills deficits associated with depression. Clinical psychology review, 20, 379-403.

Segrin, C., & Flora, J. (2000). Poor social skills are a vulnerability factor in the development of psychosocial problems. Human communication research, 26, 489-514.

Segrin, C., & Kinney, T. (1995). Social skills deficits among the socially anxious: Rejection from others and loneliness. Motivation and Emotion, 19, 1-24.

Segrin, C., McNelis, M., & Swiatkowski, P. (2016). Social skills, social support, and psychological distress: A test of the social skills deficit vulnerability model, Human Communication Research, 42, 122-137.

渡辺 弥生 (2017). ソーシャルスキルトレーニングの“これまで”と“これから”――介入に予防に,そして教育へと―― 学校心理士会年報, 10, 25-32.


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