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行動変容について調べてみた

割引あり

行動変容法とは、人間の行動の分析と変容に関わる心理学の一領域である。

Miltenberger, 2001園山・野呂・渡部・大石訳, p.4



行動変容法のアプローチ

行動変容法では、「分析」と「変容」という考え方がある。
「分析」とは、ある人がなぜそのような行動を実行したのかを理解するために、その人の行動と環境との機能的関係を特定することを意味している。
「変容」とは、ある人が自分の行動を変えることができるように、ある方法を適用することを意味している。
従って、行動変容法とは、行動の後に起きた結果を変えていくアプローチと言える。

応用行動分析学による行動変容

応用行動分析学では、行動変容を目指す。

この記事では、応用行動分析学について、島宗(2019)の書籍をもとに説明するが、良かったら下記の記事も読んでほしい。

応用行動分析学では、以下のようなキーワードがある。

  1. 標的行動:対象とする行動

  2. 介入:行動変容させるための手続き

  3. 介入パッケージ:複数の技法を組み合わせた介入

  4. 介入プログラム:介入パッケージを運用するためのマニュアルや実践家の研修および訓練をまとめたもの

標的行動に対する課題分析

標的行動は、具体的に記述・定義する。この時に使える方法が,「課題分析」という手法である。島宗(2019)によると、課題分析には3つの方法がある。

方法1

1つ目は、一連の行動を一つひとつ書き出す方法である。この方法によって、「行動チェックリスト」を作成する。その行動チェックリストによって、対象者を観察し、対象者の行動を記録する。どの段階で、対象者に、問題になる行動や危険な行動が生じているのか、あるいは、適切な行動がとられていないかを把握すれば、標的行動の候補を見つけることができる。

方法2

2つ目は、抽象的な表現を具体的な行動として書き出す方法である。
例えば、上司が部下に対して会議では自発的に発言してほしいと思っているとする。この「自発的」というのは、上司側の主観による評価であり、標的行動の適宜としては抽象的な表現である。どのような場面で、どのように行動すれば、「自発的」に行動したことになるのかを書き出す。

方法3

3つ目は、行動の階層性があって上位行動を実行するために必要不可欠な下位行動を書き出す方法である。

標的行動が定まったとしても,行動変容のための介入をすぐに始めると、「解決策飛びつきの罠」が生じるため、すぐに介入を始めることは避けた方が良いと言われている。

そこで最初に以下のような対応が必要だと考えられる。

  1. 当事者の現状を把握する。

  2. 当事者の行動を測定・記録し、可視化する仕組みを用意する。つまり、当事者への介入前の「ベースライン」を作成する。

  3. 介入者が、当事者の行動のうち自発頻度が低いと感じている行動でも、ベースラインを観察してみると、予想以上に自発頻度が高い場合もある。このような場合は、介入を行うコストが無駄になったり、標的行動を制御する変数(「制御変数」と言う)も見つけにくくなったりするため、研究としても実践としても望ましくない。ベースラインの記録から、標的行動に改善の余地があるか否かを確認することが必要である。このことが確認できれば、「機能分析」を行う。

標的行動に対する機能分析

機能分析とは、行動が起こる理由を分析する方法である。
機能分析の一つに「ABC分析」がある。ABC分析では、「先行事象」「行動」「後続事象」の3つの要素(「三項随伴性」と言う)から、人間行動を分析する。ABC分析では、個人と環境との相互作用を理解することができる。


ABC分析の枠組み

ABC分析の例

親子のコミュニケーションを例にABC分析を行う。例えば、母親が、息子に対して「洗濯物をたたんでほしい」と言った状況を想像してみてほしい。この状況が「先行事象」と呼ばれるものである。先行事象とは、行動の事前に起きた出来事や条件を意味する。先行事象があり、息子は母親のお願いを聞き、洗濯物をたたんだとする。息子が、母親に対して「洗濯物をたたんだよ」と言う。これが、息子の行動であり、時と場合によっては「標的行動」となり得る。この息子の行動に対して母親が、「ありがとう,助かったわ。」と言うか、あるいは、「珍しいわね。」と言うかによって、息子の行動が変容する。つまり、息子の行動に対する母親の言動が「後続事象」と呼ばれるものである。

重要なことは「行動」と「後続事象」はセットである(「二項随伴性」と言う)と言うことだ。このことは,コミュニケーションの基本とも考えることができる。

先ほどの例では、後続事象である「母親の言動」だけが違うのである。息子が洗濯物をたたんだという行動に対して、母親が「ありがとう,助かったわ。」と言えば、感謝された息子は嬉しくなり、洗濯物をたたもうとするであろう。つまり、行動は強化される(「正の強化」と言う)。逆に、息子が洗濯物をたたんだという行動に対して、母親が「珍しいわね。」と言えば,嫌味を言われた息子は悲しくなり、洗濯物をたたもうとしないであろう。つまり、行動は強化されない(「正の弱化」と言う)

以上の例のように,ABC分析では、特定の環境で人間の行動を分析することができる。

行動制御の関数関係

行動と環境の関係は「行動制御の関数関係」と呼ばれている。
行動制御の関数関係では、強化(報酬)や弱化(罰)の行動の諸法則を使って記述する。
実践家の多くが行動制御の関数関係を明らかにせずに介入を始めてしまうが、行動制御の関数関係を明らかにした上で介入を始めた方が良い利点は3点あげられる。

利点1

初見の成功率を高めることができる点である。特に、実践家の経験値が低く、直感的な判断の正確さが低い場合は、行動制御の関数関係と、それに基づく介入案が行動変容の成功率を高める。仮に、最初に立案した介入案が上手くいかなかった時も、その原因を考え、介入案を見直すためのヒントを得る機会となるであろう。

利点2

説明責任を果たすことができる点である。ヒューマンサービスにおいて、サービスの提供者は、利用者に対して、その手続きを選ぶ理由、メリットやデメリット、リスクなどをあらかじめ説明することが求められるようになってきている。長年の勘や経験、なんとなくといった感覚では、説明責任を果たすことができない。エビデンスが求められる。

利点3

学問的な知見を積み上げていくことができる点である。応用行動分析学では、帰納的アプローチによって行動の諸法則を一般化していく。一つ一つの介入が実践的な研究となるため、各研究の介入手続きを既知の行動の諸法則で記述しておくことで、異なる対象の異なる行動に対する介入でも共通点や相違点を比較することができ、エビデンスを積み上げることができる。

介入

介入は、ベースライン(介入前)において、観察や記録によって収集した量的データおよび質的データに対する「機能分析」によって立案される。

介入では、取り組んだ課題と、その成果がどれだけ社会的に重要だったのかを評価する(社会的妥当性の評価)。
高い社会的妥当性を確保するために時は、研究を開始する段階で当事者が解決する課題をどのように評価し、何をどの程度期待しているのかを把握しておくことが役立つ。このことについて把握した後、対象者の問題を解決し、目標を達成するために、「誰」のどのような行動を変えるのかを見極め、標的行動を絞る。標的行動を絞る時は、その行動が変わることで問題が解決されるかどうかを基準に決める。問題を解決するために変容させる必要がある行動には複数の行動があると考えられる。標的行動は、できる限り思い込みを排除して選定することを心がける。少しでも行動変容すれば、問題が解決される行動や改善の余地が大きいと思われる行動を最初の候補とし、最終的には、できるだけ少ない数の標的行動に絞り込むことが求められる。仮に、介入がうまくいかなければ、標的行動を選定しなおすと良い。

介入の枠組み

介入案を立案したら、シングルケースデザインを用いた効果検証を行うことになる。
標的行動の測定を続け、データを可視化し介入効果を評価する。
介入効果の評価は、統計的検定ではなく、目視分析を重視する。
対象者が実行する標的行動の自発頻度を介入前後で比較し、問題の解決にとって十分な行動変容が生じたか否か、社会的妥当性が認められたか否かを検証する。

介入が十分な効果をあげられなければ、ABC分析に戻り、ベースライン期と介入期のデータから再度、原因を推測し、次の介入案を立案する。
介入が十分な効果をあげられない理由は、①標的行動の原因を誤って推測しているため②介入に用いた変数の影響力が弱いため(「確率操作」が不十分)③介入手続きが計画通りに実施されていないためといったことが考えられる。

ちなみに、心理学が一般に用いる実験計画法では、個人差は「誤差」として取り扱われて統計的検定で相殺される。これに対して、応用行動分析学では、個人差は、その原因を探り対応すべき対象として扱う。
例えば、5名の対象者のうち4名で介入効果が見られ、残りの1名では介入効果が見られなければ、研究を終わらせずに残りの1名の行動変容を引き起こす手続きを見つけるまで改善を繰り返すことが望ましい。そうすることで、特定の介入が個人差に対応できる手続きを見いだし、介入手続きの一般化可能性を高めることができる。また、個人差の原因を行動制御の関数関係で記述できることになり、行動の諸法則の一般性を高めることにつながる。

以上のことをまとめると、以下のような枠組みによって介入が行われると考えることができる。

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