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呪言箱

和樹さんは中学生時代、所謂イジメグループが存在していた。5人ほどのグループで和樹さんは虐めを止めることはせず、傍観しているだけだった。グループによる虐めのターゲットはその時により変わっていた。同学年に大西という男子がおり、肥満体型で裕福な家庭でもなく、いつもみすぼらしい格好をしていた。中3の春、和樹さんはクラス替えで大西と同じクラスになった。イジメグループが彼をターゲットにするのに時間は掛からなかった。

リーダー格を筆頭に、とにかく大西を虐めぬいた。制服は捨てられ、買い直すことも出来ず、体操服を着て彼は授業を受けていた。いつの間にかクラスの周りからも笑い者にされ、大西の居場所はなくなった。母親しか居らず、心配をかけたくなかったのか、健気に学校には毎日来ていた。ある日、いつものように大西は校舎裏で痛ぶられていた。たまたま遭遇した和樹さんはあまりの虐めの酷さにリーダーに苦言を呈した。しかしリーダーを含め、グループの皆は笑うだけで止める気配がない。和樹さんは周りを押し退け、大西を強引に起こし上げ、そして連れて帰った。彼は帰り道、泣きじゃくりながら和樹さんに感謝した。和樹さんは「今までごめんな。一緒に先生に相談しよう。」そう伝え、彼の家まで送ってあげた。母親が玄関から現れ、もてなしたいと誘ってくれたが、断った。今まで虐めを傍観していたことに、後ろめたさがあったからだった。

翌日、学校へ行くと大西が亡くなったと担任から知らされた。死因は突然死と説明されたが、誰もその言葉を信用しなかった。教室は静まり返った。しかし、すぐにイジメグループの笑い声が響き渡った。和樹さんは、彼らはもう人間ではない存在だと認識した。それからイジメグループと関わらないようにしていた。大西が亡くなってからひと月程が経った日、リーダー格に校舎裏へ来いと呼び出された。「次のターゲットは俺か」と覚悟した。しかし、簡単には負けない。そう思い、殴り合いをする気持ちで校舎裏へ向かった。

その場所にはイジメグループが全員揃っていた。「和樹、今日からお前は奴隷だから」そうリーダー格が笑って話した。これから虐められる日が始まる合図だった。すると後ろに気配を感じた。皆は自分ではなく、その後ろを見ている。振り向くと、そこには大西の母親が立っていた。くたびれた表情で生気を感じられなかった。ただ手に小さく薄汚れた箱を大事そうに握っていた。

大西の母親は何処を見ているか分からぬ視線で、ゆらゆらとこちらに近づいてきた。そして「この箱...息子の遺品なの..遺書に彼等に渡してあげてと書いてあったの..」そう弱々しく話し、和樹さんにその小さな箱を渡した。それは小さな箱にも関わらず、ズッシリとして何かが詰まったような重さだった。母親は薄笑みを浮かべ、踵を返し、足元もおぼつかない状態で帰って行った。

和樹さんが渡された箱を持ったまま呆然と立っていると「息子も母親も気持ち悪いな。箱を渡せ!金でも入ってたらいいな」と薄ら笑いをしながらリーダー格が奪い取った。すると不思議な顔をしている。「軽いな?何も入ってないぞ?」そう言いながら箱を振る。「おかしいな..あんなに重く感じたのに」和樹さんがそう思っていると、グループの皆が箱を囲み、一人が蓋を開けた。

箱には何も入っていない。すると呆気に取られる間もなく、空箱の中から大きな喚き声が鳴り響いた。それは死んだはずの大西の声だった。耳を塞ぎたくなるような罵詈雑言。それはイジメグループに対する言葉だ。「お前らを許さない。憎い。恨み続ける。」まさに呪言だった。グループは耳を塞ぎ、呻き声をあげながら地面に這いつくばった。のたうち回り、泡を吹いている者もいた。特にリーダー格は尋常でないほど苦しんでいた。何か言葉を出そうとしているが、苦しさのせいで金魚のように口をパクつき、涙を流していた。

たった数十秒だったが、長い時間に感じた。
徐々に箱から聞こえる声は小さくなる。それと同時に周囲も静かになった。皆、気を失っている。すると箱から大西の高笑いが聞こえ、それから声はしなくなった。急いで教師を呼びに行き、大騒ぎになった。他のメンバーは一時的に意識は失ったが命に別状はなかった。ただリーダー格は苦しんだまま死に、原因不明の心臓発作と処理された。

翌日、箱を大西の母親に返しに行ったが、家は既に引き払われており、誰も住んでいなかった。結果的に和樹さんは虐めを受けることを免れた。箱は今でも和樹さんの手元にある。時折、箱から呪言の名残りがあるのか、大西の高笑いと、虐めていたリーダーの悲痛な呻き声が聞こえ、箱がカタカタ揺れるそうだ。

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