見出し画像

宇宙とは何か vol.01「地球平面説」松原隆彦

高エネルギー加速器研究機構 素粒子原子核研究所(KEK素核研)で宇宙論の研究にあたる松原隆彦教授による、「宇宙とは何か」の講義をお届けします。今回は記念すべき第1回。かつて信じられていた地球平面説についてです。

※この原稿は、2024年1月7日発売の『宇宙とは何か』(松原隆彦/SB新書)を元に抜粋しています。続きをすぐに読みたい方は、ぜひ書籍をご購入ください。
また、宇宙にまつわる疑問について、松原先生が読者の皆さんからの質問にお答えいただく質問会も開催いたします!
下記のイベント日時をご確認の上、参加受付フォームよりお申込みください。質問会の申込みは、2月13日㈫23:59までにお申し込みください。

松原隆彦先生オンライン質問会
開催日時:2024年2月15日(木) 19:00~21:00
参加費 :無料
対象年齢:小学生から大人まで
参加方法:オンライン(Zoom)後日、メールにてURLをお送りします。
申込み :参加受付フォーム
上記の参加受付フォームよりお申込みください。
主催  :宇宙メルマガTHE VOYAGE編集部、SBクリエイティブ株式会社
質問会の申込みは、2月13日㈫23:59までにお申し込みください。
 事前に書籍を読むことを推奨します。(あくまで推奨)
 noteで公開する範囲を読んで、ご参加いただくというかたちでもOKです。

地球平面説から球体説へ

最初にお話ししたいのは、我々の「宇宙像」がどのように変化していったかということです。

みなさんは、今いる場所から最も遠いところでいうと、どこに行ったことがありますか。

――イギリスに交換留学に行ったことがあります。

いいですね。私もイギリスには何度か行ったことがあります。

――私はコロナ禍になる前、ウルグアイに行きました。

それは遠いですね。日本からは飛行機を乗り継いで30時間ぐらいかかります。

では、その先はどうなっているか知っていますか。

もちろん知っていますね。現代に生きる私たちは、行ったことのない場所もどうなっているか知っています。地球が丸いことも、地球は太陽系の中にあることも、その外にとてつもなく広大な宇宙が広がっていることも知っています。

当然ながら昔は違いました。はるか昔の人にとっては、自分が歩いて行ける範囲の場所が「世界」だったでしょう。でも、その先に何があるのかを知りたいという欲求は常にあった。もっと遠くに行ったら何があるのか? 古代から現代にいたるまで、人類は「この宇宙の姿を知りたい」と考えています。その欲求が人を動かし、多くの難題を解明して、現在の我々の「宇宙像」になっているのです。

最先端の科学でわかる「宇宙像」の話をする前に、昔の人は宇宙をどう捉えていたのか見てみましょう。

「昔の人が考えた宇宙」として、よく紹介されるのが、古代インドの宇宙観です。

古代インドの宇宙観とされたもの
出典:Müller, Niklaus, Glauben, Wissen und Kunst der alten Hindus, F.Kupfeberg, Mainz, 1822

半球を象が支え、その下に大きな亀がいて、さらに大蛇がぐるりと囲んでいる宇宙。どこかで目にしたことのある方もいるのではないでしょうか。

ただ、これは本当ではないようです。19世紀のドイツで、インドの思想や文化を紹介する本の中に描かれているのですが、肝心の古代インドの文献にはこういった図は見つかっていません。あくまで、インドの人たちはこう考えたのではないか、という想像図なんですね。

古代ヘブライ人は、平らな地球の上にドーム状の壁があり、天井から太陽や星がぶら下がっているような宇宙を考えました。

古代ヘブライ人の考えた宇宙の姿
出典:James L. Christian, Philosophy: An Introduction to the Art of Wondering, 6th ed., Harcourt, 1994

面白いのは、地上の海(The Abyss of Waters「深淵の海」)が天空の上の海(The Waters Above The Firmament「天上の海」)につながっていると考えたところです。空から雨や雪が降ってくるということは、天にも水があるに違いないと考えたのです。

次は有名なフラマリオン版画です。

フラマリオン版画
出典:Camille Flammarion, L'Atmosphère: Météorologie Populaire, Paris, 1888

フラマリオンは19世紀から20世紀にかけて活躍したフランスの天文学者で、一般向けに天文学の本を書いて普及させようとしていました。その中に載せた版画で、「昔の人はこう考えていましたよ」と示していたのです。やはり、平面の地球にドームがかぶさっていますね。空のドームの向こうには何があるのか。仕組みを知りたいと思った人がドームの向こう側を覗いているという絵です。

私が何を言いたいかというと、かつての人類は地球が丸いということに気づかなかったということです。

昔の人はものを知らなかったのだなんて馬鹿にはできません。現代を生きる私たちにとっても、普段の生活では地面が丸みを帯びているなんて感じることはほぼありません。昔の人の交通手段や、移動できる距離から考えれば、この地球は平面だと考えるのもごく自然なことでしょう。

平面だとすると、果てはどうなっているのかが気になりますよね。この地は無限に続くのか、それとも果てがあるのか。果てがあるとしたら、そこはどうなっているのか。

今では地球は丸いことがわかっているので、大地の果てについての疑問は解決しています。いわゆる「地球球体説」です。実は地球球体説そのものは、紀元前の古代ギリシャまでさかのぼれます。月食のときに月に映る地球の影が常に丸いことなどから、あのアリストテレスも地球が球体であることを主張しています。

それでも地球球体説はすぐには浸透せず、それが実際に「体験」されるには、16世紀の大航海時代を待つ必要がありました。コロンブスの西廻り航路や、マゼランの世界一周がそれにあたります。

現代に残る地球平面説

ところで、現代でも「地球平面説」を信じている人たちが意外と多くいるのをご存じですか? 「フラットアーサー(地球平面論者)」と呼ばれる人たちです。アメリカに多く、しかも驚くべきことに、近年その数を増しているのです。2017年からは、アメリカのノースカロライナ州で「フラットアース国際会議」なるものも開かれています。

現代まで地球平面説が残っているのは、今でもダーウィンの進化論を否定する人が多くいるように、原理主義的なキリスト教信仰が発端です。さらに近年増えているのは、陰謀論がミックスされたためであるようです。地球が丸いというのは「世界的な陰謀」だというのです。

実は私も、偶然にフラットアーサーと接する機会がありました。

以前、アメリカに出かけたとき、飛行機で隣になった人がフラットアーサーでした。「どんな仕事をしているの?」と聞かれたので「宇宙の研究をしている」と答えたら、「ちょっと待って。神が世界を創ったのよ」と話をし始めました。彼女は敬虔なクリスチャンで、神によるグランドデザインの話を延々とするのです。反論するのも面倒なので「オーケーオーケー」と言って聞いていましたけどね。いい暇つぶしになりました。

フラットアーサーはそれでいて、スマホも普通に利用するし、GPSの恩恵も享受しています。GPSなんて、地球が平面だったら成り立たないんですけどね……。

話は宇宙から逸れますが、日本人はアメリカと聞くと、ニューヨークやカリフォルニアを思い浮かべ、テックベンチャーを生むIT先進国をイメージしますが、今でも保守的な価値観やライフスタイルを維持する人も多くいます。たとえばアーミッシュと呼ばれる人々は、電気を使わない移民時代の生活を続けています。こうしたアメリカの「幅」は、日本でももっと知られるべきだと思います。

《続きは次回、vol.02をお待ちください》

書籍はこちら↓

松原隆彦
1966年、長野県生まれ。高エネルギー加速器研究機構 素粒子原子核研究所(KEK素核研)教授。博士(理学)。京都大学理学部卒業。広島大学大学院博士課程修了。東京大学、ジョンズホプキンス大学、名古屋大学などを経て現職。専門は宇宙論。日本天文学会第17回林忠四郎賞受賞。著書多数。

高エネルギー加速器研究機構(KEK)のホームページはこちら↓

松原先生のホームページはこちら↓

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?