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宇宙探査も子育ても試行錯誤

火星ローバー・パーサヴィアランスがついにサンプル採取に成功した。

先月のTwinkle Twinkleでは、初のサンプル採取がいかに失敗したかを書いた。ハードウェアもソフトウェアも完璧に動作したのに、岩が予想外に脆くて掘削中に粉々に砕け散ってしまったのだ。

地球ならば、地質学者がハンマーで岩をちょっと叩いてみればすぐ分かることだ。指で引っ掻くだけでも分かるかもしれない。人間には五感がある。パーサヴィアランスは一感(視覚)のみで適した岩を探さなくてはならない。これが他の惑星の無人探査機を遠隔で操る難しさである。

だが、たとえ一感しか使えなくとも、長年火星や地球の岩を見てきた地質学者には直感があるらしい。どうやって判断したのか知らないが、彼らが外見から「硬そう」と判断した岩を今回は選んだ。掘削前に表面をヤスリで削ってみたら削り跡が崩れずくっきり残った。たしかに硬そうだ。

サンプル採取の手順も変更した。前回は採掘からサンプルチューブの密封まで全自動で行なったが、密封してから空っぽだと分かり、40本あまりしかないチューブを一本無駄にしてしまった。そこで今回は採掘後にローバー外部のカメラで写真を撮り、ちゃんと岩が入っているかをチェックすることにした。

掘削に再挑戦したのが9月2日。今回もデータは深夜に届いた。動作は全て正常だったが、前回の経験があるのでぬか喜びはしない。そして写真を見ると・・・

岩が入っている!

運用チームは歓喜に沸いた。試験管の密封も難なく成功。そして同じ場所での2本目のサンプル採取にも成功した。とりわけ科学的価値が高いサンプルは2本ずつ採取することになっているからである。

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火星はまだまだ分からないことが多いから、思い通りにいかないことの連続だ。最初から完璧な機器や運用プロセスを設計することは不可能である。だから宇宙探査ミッションで大事なのは完璧たることではなく、このように経験から学んで迅速に対応することができる柔軟性と機敏性なのである。

ミーちゃんが学校に通いだした。アメリカでは幼稚園年長も義務教育で、小学校の一年生の下に”Kindergarten”という学年が設けられている。
アメリカの小学生はランドセルではなくリュックサックを使う。そこで新しいディズニー・プリンセスのリュックを買ってあげた。ミーちゃんは同じ年の子の中でもとりわけ体が小さい。もしかしたら学校でいちばん小さいかもしれない。だからリュックを背負うと、まるでリュックが歩いているみたいだ。

アメリカの小学生は基本的に親と一緒に登下校する。大多数は車で来るのだが、僕の血糖値が高いと医者に怒られたこともあり、朝は歩いて行くことにした。閑静な住宅街を抜ける1 kmの道のりを、毎朝ミーちゃんと手を繋ぎ、おしゃべりしながら20分かけてゆっくり歩く。家の中ではイライラしていても外では大らかな気分になる。僕はこの時間がすっかり好きになった。

一番多い話題は歩く途中にある家についてである。ミーちゃんの夢は二階建ての家に住むことだ。日本では当たり前だが、土地の広いロサンゼルス郊外でわざわざ二階を設けるような家は豪邸ばかりで、うちの近所では1億円は下らない。

「あのおうちいいな、にかいがあるよ。」
「素敵だね、あれは屋根裏部屋って言うんだよ。」
「かっちゃう?」
「ははは、お金はどうするの?」
「ミーちゃんがパパとママにあげるよ。」
「でもどうやって稼ぐの?」
「んー、そうだレストランやるのはどう?」
「いいね、どんな料理を出すの?」
「うーん、パンとか、ホットケーキとか、ポテトとか」
「炭水化物のオンパレードだな、パパの血糖値が上がっちゃうよ」

そんな話をしているとすぐに学校に着く。バイバイとハグをしてスタスタと学校に入って行く。誰よりも小さな体で、大きなリュックを背負って、一人で教室へ歩いて行く後ろ姿を頼もしく感じる。もう、5歳なのだ。ついこの前生まれてきばかりなのに。あっという間に大きくなって僕たちの元から巣立って行くのだろう。そうしたらきっと、手を繋いでお喋りしながら学校に通った今日のような日を懐かしく思い出すのだろう。

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学校に通い出して以来、ひとつの悩みがある。アメリカの学校は遅刻や無断欠席に非常に厳しい。そして、ミーちゃんは食べるのがカタツムリみたいに遅い。お菓子やフライドポテトなら一瞬なのに野菜や肉は永遠に減らない。お口はペラペラペラペラペラペラと喋ることにばかり使われる。食物摂取とコミュニケーションが一つの器官を共有しているのは、人類の進化におけるエラーとしか言いようがない。

7時20分までには食べさせなければ遅刻する。しかし時計を気にするのは親だけで、本人はペラペラ、僕はイライラ。苛立ちのあまり「早く食べなさい!」「ほら、手が止まってる!」「カミカミしながらお喋りすればいいでしょ!」と僕は声を荒げる。最後は僕がスプーンを口に運び、妻と二人掛かりで着替えや歯磨きをし、引きずり出すように家を出る。

そんな朝が何日か続いたある日、僕はミーちゃんが食べ終わるのを待つ間、スマホを出して検索窓にこう打ち込んだ。

「子ども 食べる 遅い 対策」

そして最初に出てきたページのトップにこう書いてあった。

「叱るのはNG!」

叱ると食事が楽しくなくなってしまい逆効果だそうだ。しかし、テレビをつけない、おもちゃを食卓に置かない、子どもが食べやすいメニューを出すなど、書いてある方法はすでに全部やっている。どうすればいいんだ・・・

その朝、手を繋いで学校へ歩く間、僕はミーちゃんに聞いてみた。

「ねえ、パパ、怒りすぎかな?」
「うん」
ふてくされたように答えた。どうしたものか。
「…じゃあ、パパが怒らなかったら早く食べられる?」
「うん!」
なんとも自信ありげな返事だ。
「じゃあ、明日からこうする?パパは絶対に怒らない。そのかわり、ミーちゃんは
7時20分までに絶対に食べ終わる。」
「グッド・アイデア!」
「ミーちゃん、できる?」
「できる!」
「よし、お約束!」
「おやくそく!」
翌日、僕は半信半疑ながら約束を守り、何も言わずにミーちゃんのお喋りに付き合った。ミーちゃんも時計をちゃんと気にしている。そしてなんと、7時10分に食べ終わったのである。僕は特大のハグをして、全力で褒めてあげた。

子育ては難しい。火星ローバーを動かすよりよほど難しい。いつも近くにいるのに、子どもの心は火星よりも分からないことだらけだ。

だから、親が間違ったり失敗したりすることがあるのも当たり前なのだろう。子育てで大事なのも、完璧たることではなく、間違えながら、反省しながら、経験から学びやり方を変えていく柔軟性なのだろう。


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小野雅裕

技術者・作家。NASAジェット推進研究所で火星ローバーの自律化などの研究開発を行う。作家としても活動。宇宙探査の過去・現在・未来を壮大なスケールで描いた『宇宙に命はあるのか』は5万部のベストセラーに。2014年には自身の留学体験を綴った『宇宙を目指して海を渡る』を出版。

ロサンゼルス在住。阪神ファン。ミーちゃんのパパ。好物はたくあんだったが、塩分を控えるために現在節制中。

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