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エイハブの六分儀-2023.7月号 西 香織


【今月の星空案内】

しばらく中止だった花火大会が、また各地で楽しめるようになりました。歓声をあげる人々の頭の真上近く、花火の残り香をまとう白い煙の霧が晴れると、その高みに青白いこと座ヴェガの涼しげな輝きを見つけられます。東より低いあたりに、わし座アルタイル、北よりのはくちょう座デネブを結んで夏の大三角。長細い星の三角が、日本の上空に咲く大輪の光の花々を見下ろしていることに気づくでしょう。

こと座は西洋の竪琴で、太陽の神アポロンの息子、オルフェウスが奏でると、すべての者がうっとりと聴き惚れるほどの音色だったといいます。オルフェウスは最愛の妻エウリディケを失い、黄泉の国へ妻を迎えにいきます。冥界の王ハーデスとその妻ペルセポネは竪琴の音色に心奪われて、妻を連れ帰ることを許します。しかし、決して後ろを向いてはならぬという言葉に背いて、地上に出る寸前にオルフェウスはエウリディケの方を振り返ってしまい、二度と再び彼女を取り戻すことはできなくなってしまったという物悲しい神話が伝えられています。

ヴェガが宵時に天頂ちかくで輝く頃、日本は祖先の魂を迎えるお盆の時期となり、旧暦の七夕が楽しまれていました。七夕は、お盆と深く結びつき江戸時代以降、日本全国に広まったお祭りです。ヴェガが七夕の織姫星でアルタイルが彦星、両者の間に天の川が流れていきます。今年は、8月22日(火)が伝統的七夕です。もともと七夕は、二十四節気の処暑より前の新月から7日目の半月ちかくの月の夜に行われるお祭りでした。

ところで、有名な宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」の舞台となるケンタウルの星祭りは、南欧の夏至のお祭りをイメージしているともされていますが、賢治のイマジネーションの土壌にはこの七夕祭りが背景にあったと思われます。
1922年11月に賢治は最愛の妹トシを失い、彼女が亡くなって初めて迎えるお盆を過ごしていたのが、ちょうど今から百年前の夏のことです。
ちなみに時を同じくして、1922年12月に、ノーベル賞受賞が決まったばかりのアインシュタインが日本を訪れていました。アインシュタインフィーバーとも呼べる熱狂が巻き起こり、各地の大学などでの講演ではどこも人で溢れかえったといいます。賢治は悲しみのただ中にいながら、東北大学を訪れたアインシュタインのニュースを耳にし、好奇心を揺さぶられたのではないでしょうか。

当時の日本で相対性理論を本当の意味で理解できた人物は多くなかったそうですが、賢治は難解な理論にくらいつき感覚的に理解していた可能性もあります。その後、四次元という言葉を用いて物語を紡いでいきます。たて、よこ、高さの空間に時間を加えた四次元の世界線に望みをたくし、生死の壁をこえてトシの声に耳を澄ませたようにも思えます。

その頃、天文学は新たな局面を迎え、人類は天の川銀河とその先の宇宙の広がりをとらえ始めていました。1925年、エドウィン・ハッブルによってアンドロメダ大星雲は、天の川銀河の外にある他の銀河、アンドロメダ銀河であることが結論付けられたのです。幼い頃から培ってきた自然科学の豊富な知識、同時に深い宗教心をもって世界と対峙してきた賢治は、絶望と希望が交錯するような時の中でも、そういった最新の科学の知識を吸収していったことでしょう。

時空を超えて繋がりを求めるトシへの想いは、やがて「銀河鉄道の夜」という未完の物語に帰結しますが、妹を失った10年後に、彼は短い生涯をとじることになります。亡くなる直前まで、何度も推敲が重ねられた銀河鉄道の夜。ひょっとしたら汽笛をききながら、賢治とアインシュタイン、ハッブルたちは、汽車の中で宇宙論など議論しながら銀河をめぐっているかもしれませんね。

今年の伝統的七夕特別投影では、賢治とアインシュタイン、二人の人生がかすかにクロスした100年前に思いを馳せ、当時の自然科学の発展などにも触れながら幻想的な時間を過ごしていただこうと思います。

コスモプラネタリウム渋谷ロビー展示 byミツマチヨシコさん

ところで、コスモプラネタリウム渋谷のロビー展示を一手に引き受けているのが、ミツマチヨシコさんです。プラネタリウム版「宇宙の話をしよう」イラスト原画展では、番組とクリエイターさんたちの魅力を最大限に引き出してくださっていましたが、この夏は、ギャラリーピークオッドでも紹介されている通り、伝統的七夕特別投影と連動した素晴らしい展示を制作してくださいました。テーマは「銀河鉄道の夜」。手製の天の川、丁寧に記された賢治の言葉による星めぐりを、ぜひ、多くの方にご覧いただきたいです。

さて、今年のペルセウス座流星群は、月が邪魔をせず条件もよく、ピークは8月13日(日)17時ごろとされています。8月12日(土)から13日、13日から14日、特に夜明け前がおススメです。かつての日本では、お盆の流星群をみて、最愛の魂との再会のように感じた人もいたかもしれませんね。色鮮やかな流れ星をお楽しみください。

最後に惑星の動向について。夕暮れ時の金星とはしばしのお別れですが、8月末には夜明け前の東の空でふたたび見事な輝きを楽しむことができます。夜半ちかくには、土星木星が高く昇ってきていて、8月3日(木)に月と土星、8日(火)には下弦の月と木星が接近します。また、8月30日(水)に満月前夜の月と土星が寄り添います。
さらに、31日(木)の月は、今月2日(水)に次ぐ2回目の満月です。昨今では日本でもブルームーンとも呼ばれるそうでして、くわえて今年最も近いスーパームーンでもあります。特別感が満載でツキを呼ぶかもしれませんから、どうぞお見逃しなく。

西 香織
コスモプラネタリウム渋谷「星を詠む和みの解説員」。幼い頃からプラネタリウムに通う。宇宙メルマガTHEVOYAGE 「エイハブの六分儀」で毎月の星空案内を担当。そそっかしく、公私ともに自分で掘った穴に自分でハマり(ついでに周囲の人も巻き込んで)大騒ぎしながらも、地球だからこそ楽しめる眺めを満喫する日々。


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