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南阿蘇ルナ天文台 今、あなただけの星空の見つけ方 - 後編[吉田 恵実子]

宙ツーリズム

星空をはじめとする各地の観光資源を旅の目的とする取り組みとして、「宙ツーリズム®」が近年盛り上がっています。前編に引き続き、一般社団法人宙ツーリズム推進協議会の会員である『南阿蘇ルナ天文台』の高野敦史様に、Space Seedlingsの吉田恵実子が話を伺いました。

前編はこちらから!

南阿蘇の新ブランド「星と火山と草原と」

前編で触れた「星見ケ原」は、熊本地震をきっかけに始めた試みの一つだが、当時もう一つ、若者を中心とした熊本地震からの復興を目指す「未来会議」発の新ブランド「星と火山と草原と」が提案された。南阿蘇の魅力を再発信する新たな取り組みで、その原案を作ったのがルナ天文台だ。1000年以上の歴史を持つ日本有数の大草原に、広大な阿蘇カルデラで今も噴煙を上げる火山、そして人が住んでいる土地でありながらも宇宙を間近に感じられる壮大な星空ーその全てが揃う、類を見ない土地である南阿蘇を楽しむためのツアーだ。

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高野さんによると、ここで目指しているのは、地域に根差す「星とともにある生きた方・文化」を、目に見える形にし、地域の内外に向けて発信することだ。南阿蘇の素晴らしい星空とそれを眺める環境、そしてそれが日常にあるという暮らしも、地元ではごく当たり前のものだ。だがそれ故に、その価値を分かりやすく対外的に発信することは案外難しいという。

カギとなるフレーズは、「誰かの日常は、誰かの非日常」だと、高野さんは話す。

阿蘇くじゅう国立公園を訪れる、国内外からの多様な「旅行者の視点」に深く入り込み、あらためて南阿蘇の魅力を物語(=ブランドの中核)として再構築する。これを分かりやすく外部に伝えるとともに、地元の人に向けてもこれを共有することで改めて地域の価値を再認識してもらう。

出来上がった物語は決して、脚色を伴うキラキラしたものではない。むしろ真逆で、その土地に息づく、ありのままの文化や暮らしを素朴な表現で伝える。そのリアリティが、現地を訪れる人たちにとって魅力的な「地域ならではの星を楽しむ文化」の発信につながっている。

実は天文大国、日本。その理由は…?

大分空港が宇宙港にアジアで初めて選ばれるなど、海外に向けて日本としてどのような星空の魅力を発信していくか、それがいま問われていると高野さんは課題を語る。実は日本は、天文の社会教育を担う公開天文台の設置数が世界第1位であることは、あまり知られていない。学術目的だけではなく、一般公開のために設置されている天文台は全国数百カ所もある。この数は世界で他に例を見ない規模だ。

そもそも、世界的には学術目的で設置されるべき高価な天文機材を、”Public Observatory”として社会教育のために都会・田舎問わず地域に提供しようという考え方は日本独特のものなのだそうだ。この公開天文台の例に見られるように、日本は誰もが本物の宇宙・星空に触れられる環境が整っている国なのだ。

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夜中に安全に外を出歩くことができ、地方にまでインフラが整い観光がしやすい。そして「アマチュア天文学」という分野が確立し、すでに数千万人という規模で星空を楽しんでいる。こうした一般への裾野の広がりを含めると、日本は世界屈指の天文大国であるということができる。

日本独自の星の楽しみ方が、文化として根付いているといえるが、今後さらに重要になってくると考えられるのが、先の地域の取り組みのように、その土地の星空環境の素晴らしさを組み合わせた形で分かりやすく外に説明すること、そして外部の人が利用しやすい形にしていくことだ。宙ツーリズムもまた、そういった各地の魅力を顕在化させる取り組みの一つだ。

体験に“意味”を与える「体験デザイナー」の仕事

さて、そういった外に向けて星空の魅力を発信する動きの中で、具体的な「体験デザイン」をどのように設計していくか。これをさらにを深めて行く必要があると、高野さんは話す。

体験の価値とは、その場で何をしたのか・見たのかという表層的な事柄ではなく、それがどのような文脈の中で体験され、結果として本人にとってどのような意味を持つに至ったのかによって決まるからだという。

例えば流星群の季節。1時間あたりに見える流星の数が多いことよりも、家族や友人、恋人と一緒に、同じ流れ星をたった一つ見ることの方が、本人にとって大きな意味を持つかもしれない。ルナ天文台では、アカデミックな学問的知識に加え、そのような一人一人に価値ある体験を届けるための専門知識・ノウハウの集合体である「体験デザイン」についての議論を重要視している。

ところで、ジオパークや科学館、博物館などには、各専門分野に通じた職員がいる。しかし観光面から見た成果には大きな差が出ているという事実がある。成功事例にはいくつかの共通点がある。その一つに、アカデミックな背景を持つ専門家と現場で適切な体験デザインを行えるプロフェッショナル、そして外部と地域の魅力を結びつけながら集客を行うマーケターの3者の役割が噛み合っていることが挙げられる。

この図式を念頭に、再び宇宙分野に立ち戻って考えてみよう。優秀な専門家は既にたくさんおり、また一般の天文についての土壌も既にできている。しかし、それをさらに多くの人々につなげて商品として届けたり、ブランドとして発信していくようなプロが、現在は足りていないのだそうだ。これらは現在の研究者や学芸員の仕事の範疇を超えたものだ。かといって、彼らだけに押しつけるべきものでもないだろう。

変化の激しい世界の中で、新たに求められるようになった「天文・宇宙分野の体験デザイン」について、研究と実践を深め、ゆくゆくは理想形として他の専門領域と融合した「天文学芸員」という職業を作りたいと高野さんは話している。

フォーラムとしての星空への自由な翼

では、そのような体験デザインを通じて目指す世界はどのようなものだろうか?実は、その体験を通じて訪問者にこのように感じてほしい、こうあるべきだ、というものはないのだそうだ。同じ体験でも、そこにどのような価値を見出すかはその人それぞれだから、それを運営の側でコントロールできる、あるいはするべきものではないと考えているそうだ。宇宙はとても自由で楽しいもので、国籍やバックグラウンドを問わず、星の世界に対して様々な心の動きが混在する”フォーラム”のような場づくりを目指している。

私たち人間の視界は横には広いが、縦方向は意識しないと狭くなりがちだ。地面までは1mほどしかないが、宙を見上げれば何億光年先まで好奇心と想像力の翼を伸ばすことができる。そのような無限の広がりの中で、その場で感じる様々な気持ちとともに、人それぞれに記憶に残ってほしいと話す。

新たな星空体験を問い直す、星のコンシェルジュ®

ここまで、天文台の場にとどまらない総合的な体験デザインについて話して頂いた。ではそれらを可能にする人材を育てるには何が必要だろうか?

このような活動を根付かせるために最も大切なことは、サスティナブル、継続可能であることだと高野さんは考える。いつでも立ち戻れる原点を常に持ちつつ、政治や技術などの世の中の動きに敏感かつ寛容であること、そしてお金の動かし方を心得ていることが欠かせない。

ルナ天文台としてもそのような体験デザイナーを育成すべく、日本公開天文台協会の研修会を引き受け、公開天文台の成り立ちや歴史を伝えながら、人と宇宙の関わり方にはどのような形がありうるかをともに模索している。宿泊施設と併設した天文台の運営や星前式®など、今までにない形で天文の魅力を伝えてきた経験から、「星空と人類の関わり」を中心にした体験デザイナーのひとつの形として「星のコンシェルジュ®」という資格を独自に定めた。人材の育成に取り組みながら、そのノウハウを業界の研修会を通じて共有することにも努めている。

体験デザインの観点に加え、実際の現場の知見や、収益を意識したビジネスの感覚、ホテルのホスピタリティなど、広い領域を統合した能力を培いながら、天文学そのものではなく「天文体験」のプロを養成している。このような人材育成の成果として、訪問者一人一人に意味のある星空体験が広がり、星空や宇宙がさらに間口の広いものになっていくことを期待している。

先述した公開天文台については、日本の持つ類い稀な財産であるにも関わらず、現在では財政難・人材難を理由に各地で閉鎖が進むという悲しむべき現実がある。運営に関する決済権を持つ人たちに向けて、天文体験や天文施設の価値、また何よりも地域の星空を楽しむ文化に寄り添ってきた解説員の重要性を説く。それとともに、体験デザインを通じて来訪者を増やすことで、各地での星空体験をより持続可能なものにしていきたいと語る。

これからもルナ天文台は、業界の中でも特に「星空に前のめり」な企業として、前例を作り続けながら世に天文体験の価値を問い続けて行くだろう。


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取材の様子:高野さん(左上)・SS吉田(右上)


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高野 敦史(たかの あつし)
南阿蘇ルナ天文台・オーベルジュ「森のアトリエ」支配人
(株)REASO取締役/バーチャル天文部™ 部長

2016年の熊本地震被災、復興への会議体「未来会議」に所属。南阿蘇村の宙ツーリズムを推進、2019年に(株)REASO立ち上げ。2019年より南阿蘇ルナ天文台・オーベルジュ「森のアトリエ」支配人。2020年7月に、日本初のスマホで参加できる天文系部活動「バーチャル天文部™」を創部、部長をつとめる。

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吉田 恵実子
東京理科大学 工学部 機械工学科 3年

【専門・研究・興味】
宇宙トイレの研究開発に取り組む
地球惑星科学、深宇宙探査、アストロバイオロジー

【活動】
STeLA Leadership Forum:宇宙をはじめ、科学技術全般の社会実装に必要なリーダーシップを議論する10日間の国際フォーラムを毎年夏に開催している。

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