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南阿蘇ルナ天文台 今、あなただけの星空の見つけ方[吉田 恵実子]

宙ツーリズム

星空をはじめとする各地の観光資源を旅の目的とする取り組みとして、「宙ツーリズム®」が近年盛り上がっています。今回は一般社団法人宙ツーリズム推進協議会の会員である『南阿蘇ルナ天文台』の高野敦史様に、Space Seedlingsの吉田恵実子がお話を伺いました。

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宙ツーリズム®のHPより

スタッフ全員、宇宙に前のめり

熊本県の南阿蘇ルナ天文台(以下、ルナ天文台)は、民間運営としては珍しい「正面からがっつり星に取り組む企業」だ。スタッフは宇宙好きなだけでなく、星との関わりの中でどのように人と人とをつなげ、人生を作るかを日々本気で考えている。

施設には、大型望遠鏡だけではなく、オーベルジュとして目にも美しいディナーを楽しめる宿泊施設や、雨の日でも楽しめる4Kプラネタリウムも完備されている。誰でも見られる星空だが、なぜそこまで星を見るロケーションや設備にこだわるのだろうか?

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南阿蘇ルナ天文台

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観望会の様子

自分の目で、身体で、宇宙を感じる「星見ヶ原」

時代や人、場所によって宇宙を楽しむ形は変わるもの。
例えば、ルナ天文台の「星見ヶ原」。
敷地内の一部が解放され、芝生の上にベッドを用意して寝転んだりと思い思いの過ごし方で星空を眺められる。前述の巨大望遠鏡を使った天体観測とは対照的に、実に素朴な体験だが、広々とした自然の中で宇宙を感じられると人気のスポットだ。

実はここは、設立時からあったわけでない。そのきっかけとなったのは、熊本地震が発生し停電で電気が供給されなかった夜。もちろん望遠鏡も動かない。だがこの時の、周囲の光のない草原から肉眼で見えた星空は非常に美しく、今でも震災の記憶と星空を結びつける人は少なくないという。

当時を振り返ってルナ天文台のスタッフはこう語る。
「当たり前だと思って過ごしていた人間世界の日常は、実はかりそめの姿でしかない事を。人類が生まれる前から存在しているこの地球、人類が地上世界から消えてしまった後でも輝き続けるであろうこの星空。その悠久の宇宙の姿が、今ここにあるのだ、と。私たちが天文台で毎夜人々に伝えていたのは、人知を超えたはるかに大きな世界がある事。それを知る事で、はかなく一度きりしかない人間の世界の大切さ、いとおしさをあらためて理解し、分かち合う事ではなかったのか、と。"宇宙を知る"実感を伴ったその体験が、人生においていかに貴重なことであるのか、身を持って感じ、本当に理解した瞬間でした。」

機械に頼りすぎていたのは私たちスタッフではないか?そんな原体験からこの星見ケ原は生まれた。

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星空体験ツアーの様子(星見ケ原)

雨の日でも星空ツアー…??

とはいえ「さあ、自由に星を眺めて過ごしてください!」と言われても、もじもじしてしまうのが日本人。海外からの訪問者はワインを持ちだしたりして楽しむ中、日本人は何もないところに出ていくのが少し苦手だということがわかった。

そこで最初の一歩のお手伝いとしてのツアーが始まった。雨天決行の90分ほどのツアーだが、驚くべきは天候によらずツアーへの評価が高いという点だ。訪問客は単に星を見るだけではなく、宇宙に全力で前のめりなスタッフとの出会いや、世界中から集まる「星好がき」という近しい感性を持った人々と場を共有する居心地のよさに惹かれているようだ。4K高精細プラネタリウムの上映でも、目指すコミュニケーションの形は変わらない。コロナ以前から小人数制にするなど、星の下で生まれる人のつながりをさらに価値ある体験へと高める工夫が、至るところに施されている。

悠久なる星に愛を誓う、星前式®

そんな、新たな星空体験として人気のサービスが、プラネタリウムでの挙式「星前式®」だ。神に愛を誓うのが神前式。では、星に愛を誓うとはどういうことだろうか。悠久なるものに誓いを立て、永遠の愛を約束する。それは、太古の昔から続く人々の営みそのものではないだろうか?そんな思いから、ルナ天文台では企画から当日の演出までをお客様とともに作り上げていく、星前式®のサービスを続けてきた。

本気で星空が好き、という価値観で統一された、日常から離れた一種の「異世界」であるルナ天文台。一生の思い出をこの場所で、という人から数多く挙式の申し込みが絶えないという。

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プラネタリウムでの星前式®

天文台を飛び出して、「バーチャル天文部」

さて、そんな「異世界体験」を創り出すルナ天文台だが、ここを起点に新たな宇宙との関わり方の形ができ始めている。それが日常の中で星空を楽しむためのコミュニティを提供するオンラインサービス「バーチャル天文部」だ。地域の枠を超えて、全国の星好きをつなげて宇宙を楽しもうという試みである。

主な活動はライブ中継を通じての天体観測だが、部員たちは天文台主催のイベントのみならず、独自で交流の輪を広げつつ、さらなる宇宙の楽しみ方を見つけている。

もちろん大自然の中で星空を見たり、大型望遠鏡で遥か彼方の星を見つめたりと、本物の星を自らの目で見ることは至高の体験であることは変わらないが、「星空が嫌いな人はいないはず!」との信念(=「星空原理」と呼んでいるそう)に基づいて、天文ファンの裾野を広げることにも力を注いでいる。

今後もますますその輪は広がり、全国数千~万人規模のコミュニティに成長していくだろう。

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バーチャル天文部

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LIVE配信の様子

さて、ここまでルナ天文台を舞台とした試みの数々を紹介してきた。後編では、南阿蘇の地域としての星空の価値、そして日本が世界に向けて発信すべき星空の「体験デザイン」について話題を掘り下げ、その原動力となるルナ天文台のスタッフの思いに迫っていきたい。

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取材の様子:高野さん(左上)・SS吉田(右上)



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高野 敦史(たかの あつし)
南阿蘇ルナ天文台・オーベルジュ「森のアトリエ」支配人
(株)REASO取締役/バーチャル天文部™ 部長

2016年の熊本地震被災、復興への会議体「未来会議」に所属。南阿蘇村の宙ツーリズムを推進、2019年に(株)REASO立ち上げ。2019年より南阿蘇ルナ天文台・オーベルジュ「森のアトリエ」支配人。2020年7月に、日本初のスマホで参加できる天文系部活動「バーチャル天文部™」を創部、部長をつとめる。


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吉田 恵実子
東京理科大学 工学部 機械工学科 3年

【専門・研究・興味】
宇宙トイレの研究開発に取り組む
地球惑星科学、深宇宙探査、アストロバイオロジー

【活動】
STeLA Leadership Forum:宇宙をはじめ、科学技術全般の社会実装に必要なリーダーシップを議論する10日間の国際フォーラムを毎年夏に開催している。

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