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人類が宇宙へ進出できた幸運な要因とは

H3の初打ち上げは予想外の結果になったが、ロケットはまだ無傷で発射台にある。原因究明と対策にどれほど時間がかかるかは原稿執筆時点ではわからないが、楽しみに待とう。

射点移動中のH3ロケット2023/02/16 Image: Soma Ohata

今年は新型ロケット初打ち上げのオンパレードになりそうだ。3月にはSpaceXの超大型ロケットStarshipの初の軌道打ち上げが予定されている。アメリカのアトラスとデルタシリーズの後継機であるULA社のバルカンロケットも今年前半に初打ち上げが見込まれる。そして夏頃には日本の民間企業スペースワンによるカイロス・ロケットが和歌山県より打ち上げられる予定だ。いずれも開発が難航し打ち上げは大きく遅れたが、むしろ予定通りに打ち上がった新ロケットなど聞いたことがない。宇宙へ行くことは未だ難しいことなのだ。

もし人類文明が火星に誕生していたら、宇宙に行くのは遥かに簡単だっただろう。重力は地球の3分の1しかない。火星の第一宇宙速度は3.75 km/sで地球の約半分。ロケット方程式は指数関数だから、はるかに小さいロケットでもペイロードを軌道に運べる。

事実、NASA・ESAの火星サンプルリターン計画において史上初めて火星から打ち上げられるロケット(Mars Ascent Vehicle)は重量わずか450 kgである。これで数kgのペイロードを火星周回軌道に打ち上げることができる。

事実、NASA・ESAの火星サンプルリターン計画において史上初めて火星から打ち上げられるロケット(Mars Ascent Vehicle)は重量わずか450 kgである。これで数kgのペイロードを火星周回軌道に打ち上げることができる。

Image: NASA

だが、その「もし」は現実にはほぼ不可能だろう。火星もかつては地球のように海や濃い大気があり、生命が生まれていた可能性もある。だが、火星はその小ささゆえ、すぐに冷えてしまった。(大きい肉まんより小さい小籠包の方がすぐに冷えるのと同じである。)冷えると惑星の内部が固まり、ダイナモが止まり、地磁気が消え、太陽風が大気を奪い去り、そして海がなくなってしまった。
一方の地球では40億年前に生命が誕生したが、高等生物が現れるのは5億年前のカンブリア紀まで待たなくてはならない。火星サイズの惑星では、たとえ生命が誕生しても、それが高等生物、そして知的生物にまで進化する時間的猶予がおそらくない。

では、もし人類文明が地球よりもっと大きな惑星に生まれていたらどうなっていただろう?
近年の系外惑星探査で、地球よりひと回り大きなサイズの「スーパーアース」が多数見つかっており、これが宇宙でもっとも一般的な惑星のサイズかもしれない。

たとえば、ケプラー20bという惑星は直径が地球の約2倍、質量が約10倍あるスーパーアースの一例だ。この星の表面重力は3 g。つまり体重64 kgの僕がこの惑星へ行ったら192 kgの力士のような重さになってしまう!

もしケプラー20bにフォン・ブラウンが生まれていたら、宇宙への夢は諦めざるを得なかったかもしれない。この惑星から1トンのペイロードを低軌道へ打ち上げるには、なんと274個ものF-1エンジン(サターンVのメインエンジン)を搭載した5万トンものロケットが必要になるのだ!
ちなみに月ロケット・サターンVはおよそ3千トンである。全く不可能ではないだろうが、技術的に非常に困難だろうし、打ち上げにかかる膨大なコストはほぼ全ての宇宙ビジネスを採算不可能にするだろう。

人類が地球に生まれたのは数々の類まれな偶然の積み重ねである。人類が宇宙へ出ていける種族となれたのも、実は偶然の産物なのだ。

もしかしたら宇宙にはスーパーアースに誕生した文明がたくさんあって、宇宙への旅を夢見る宇宙人たちは、もう少し小さな惑星に生まれていたらと思っているのかもしれない。あるいは、彼らは人類がまだ思いついてもいない技術を使って宇宙への道を切り拓いているのかもしれない。

ハビタブルゾーン内にあるスーパーアース LP 890-9 c  /  Image: NASA/JPL-Caltech

1月末より、拙著『宇宙の話をしよう』のプラネタリウム版がコスモプラネタリウム渋谷にて上映されている。多くの反響がSNSで寄せられ、嬉しい限りだ。(ちなみに制作の中心メンバーに名を連ねるのは、本メルマガで毎月星空解説を書いてくれている西さん、切り絵のミツマチさん、そして『宇宙の話をしよう』のイラストレーターの利根川初美さんである。)

その作中で、12歳の「ミーちゃん」は系外惑星トラピスト1eへ行くことを夢見る。

トラピスト1系はハビタブルゾーン内の惑星が3個もあり、その直径は地球の0.78倍から1.05倍。つまり、ここに文明が生まれていれば、地球と同じくらいのロケットで宇宙へ行ける。もしフォン・ブラウンやコロリョフのような天才技術者がいれば、地球文明と同程度の技術レベルで宇宙へ行けただろう。

ひとたび宇宙へ行けば、惑星探査は太陽系探査より遥かにハードルが低いだろう。なぜならトラピスト1系は非常にコンパクトで、たとえば惑星dとeの軌道は0.007天文単位しか離れていない。地球から火星に行くには6〜8ヶ月の旅だが、トラピストeからdへはたったの5日で行けてしまう。
だから、宇宙ロケットを手にしたトラピスト人は、地球から月に行くくらいの感覚で他の惑星に行ける。探査も移民も遥かに簡単だっただろう。この広い宇宙には、人類よりさらに「幸運」な文明もあるのかもしれない。

いつか、そのような地球外文明と交信できるようになった日には、お互いの苦労談で盛り上がるだろう。もしフォン・ブラウンがトラピスト1のフォン・ブラウンと出会ったら、いったいどんな話をするのだろうか。

小野雅裕
技術者・作家。NASAジェット推進研究所で火星ローバーの自律化などの研究開発を行う。作家としても活動。宇宙探査の過去・現在・未来を壮大なスケールで描いた『宇宙に命はあるのか』は5万部のベストセラーに。2014年には自身の留学体験を綴った『宇宙を目指して海を渡る』を出版。
ロサンゼルス在住。阪神ファン。ミーちゃんのパパ。好物はたくあんだったが、塩分を控えるために現在節制中。

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