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マンスリーデルタV 2019.10月号

こんにちは。NASAジェット推進研究所(JPL)の大丸拓郎です。探査機の熱設計が専門のサーマルエンジニアとして働いています。

僕は大学生の時に火星ローバー「キュリオシティ (MSL)」の火星着陸に衝撃を受けて、日本の大学からJPLを目指したのですが、現在はそのMSLにそっくりで2020年に打ち上げ予定の探査機「Mars 2020 Rover (M2020) 」の開発に参加しています。今回はM2020の開発では一体どんなことがチャレンジングなのかお話したいと思います。

M2020における大きなチャレンジの一つが運用の効率化です。運用を効率的にすることでもっとたくさん移動して、もっとたくさんサイエンスをすることが狙いです。具体的にはMSLのときには1.5火星年で、移動した距離が10.6 km、 採集したサンプル数は8だったのを、M2020では同じ期間で15 km移動して、さらに20ものサンプルを採集することを目標としています。

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運用を効率的にするためには、ローバーが走るルートを最適化する、自動化できるところは自動化してローバーが地上からの指示を待たなくても一人でできるようにする、取得したデータに基づく地上でのプランニングを素早くする、などが考えられます。では、サーマルエンジニアの立場からはこの課題にどのように貢献できるでしょうか?

火星の平均気温は-60℃、冬は場所によっては-120℃まで下がります。

火星ローバーが移動するためには、モーターを動かしてギアで力を伝え、タイヤを動かします。ところが温度が低くすぎると、ギアに使われている潤滑剤の粘度が高すぎて壊れてしまうため、必ずヒータでギアボックスの温度を一定以上に温めてからモーターを動かす必要があります。ロボットアームやドリルに関しても同様で必ずギアを温めてから使います。これをウォーミングアッププロセスと呼びます。人間がスポーツをする前に準備運動をするのと一緒ですね。

サーマルエンジニアの立場からは、このウォーミングアッププロセスを改善することで、ミッションの効率化に貢献できます。改善方法は2つあって、1つ目はそもそもウォーミングアップが大変でない環境を選ぶことです。

ローバーの一日は朝起きて、気温が上がってきたらウォーミングアップをはじめて、温まったら移動したりドリルで穴を掘ったりして、夜になって気温が下がってきたらヒーターを消して寝る、という感じです。ところが、あまりに気温が低いとそもそもウォーミングアップしても基準の温度まで温まらなかったり、時間がかかりすぎて、せっかく温まってもすでに夜になっているというケースが起こってしまいます。

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火星ローバーの一日のスケジュール

以前のミッションでは着陸地点がローバーの運用性に与える影響はほとんど考えられていなかったのですが、M2020ではサーマルエンジニアが着陸地点の選定に大きく貢献しました。例えば火星は、軌道や自転軸の傾きから同じ緯度15度ほどの地点でも、北半球だと最低で-80℃、南半球だと-110℃と南半球の気候のほうが厳しくなります。こういった熱環境の知見を着陸地点選定の議論に持ち込み、サイエンス的に興味深い場所か、走行が簡単か、などと合わせて議論しました。その結果、着陸地点は北半球のジェゼロクレーターに決定されました。

2つ目の改善方法はウォーミングアップ自体に無駄をなくすことです。MSLでのウォーミングアップ方法は、火星の季節、一日の中での時間帯をパラメータにした早見表をあらかじめ作っておいて、何時間くらい温めればいいか、その表を見て決めるというものでした。ところがこの方法だと、気温や空気中のダスト、風の影響など不確定性が多いため、加熱時間が必要以上
に長く見積もられてしまったり、そもそも表を作るのが大変すぎるという問題がありました。

そこで今回僕たちがやったのは、シミュレーションでウォーミングアップに要する時間と相関が強いのはどのパラメーターなのかを徹底的に洗い出すことです。すると、じつは環境のパラメータよりもウォーミングアップ前のギアの温度が一番強く影響することが分かりました。

これに基づきM2020では全てのギアボックスに温度センサを搭載し、実際の温度をパラメーターとしてウォーミングアップの時間を決めることにしました。その結果、ウォーミングアップに必要な時間を最大で従来の半分まで短縮できる見込みです。また着陸後の検証への準備もバッチリ整えています。環境センサーや衛星からのデータを利用してしっかり答え合わせをする予定です。

Mars 2020 Roverプロジェクトはいま佳境を迎えていてチームは24時間体制で開発を進めています。この秋には僕が指揮するサンプル採集システムの熱試験や、ローバー全体での熱試験が行われます。それらの試験ではハードウェアを火星の温度にさらし、ヒーターでウォームアップして、システムがきちんと動くか確認します。

日本の皆さんにも2020年の打ち上げを楽しみに待っていただけるとうれしいです。

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大丸拓郎

NASAジェット推進研究所 サーマルエンジニア。熱設計の専門家として火星ローバーMars2020のサンプル採集システムの開発に参加する他、木星の衛星エウロパで生命探査を目指す探査機Europa Landerの開発や、将来の探査機の熱制御技術の研究にも携わる。宇宙兄弟のファン。

Twitter: https://twitter.com/takurodaimaru
note: https://note.mu/takurodaimaru


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