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宇宙とは何か vol.08「星と銀河の運命」松原隆彦

高エネルギー加速器研究機構 素粒子原子核研究所(KEK素核研)で宇宙論の研究にあたる松原隆彦教授による、「宇宙とは何か」の講義をお届けします。
今回は第8回。星と銀河、銀河団、そして超銀河団。その運命を握るダークマターとダークエネルギーとは?

※この原稿は、2024年1月7日発売の『宇宙とは何か』(松原隆彦/SB新書)を元に抜粋しています。

星はどのようにできたのか?

宇宙が生まれたばかりの頃は、まだ星は存在していませんでした。あったのは、光、原子、ダークマター。この3つがあらゆるところに、ほぼ一様に散らばっていました。一定の密度で散らばっていたけれども、ほんの少しゆらぎがありました。ちょっとだけ密度の濃いところ、薄いところがある。すると、その密度の濃いところに、まわりからものが集まってきます。重力によって引っ張られるからです。

まず、ダークマターが集まります。

ダークマターは正体不明の物質です。原子でもなく光でもありません。光はダークマターを素通りしてしまうし、ダークマターは光を出さないので目で見ることができません。けれど、重力だけは持っているのです。ダークマターが集まっていると、物質が引っ張られます。

どうしても見ることができないので、最初は科学者の間でも「そんなものが本当にあるのか」と怪しまれていました。でも、ダークマターがあるとすると宇宙の性質が説明できるし、ないとすると説明できません。観測により、存在証拠も複数見つかりました。現在は「ダークマターはある」のが前提になっています。

とくに最近では、ダークマターが宇宙全体にどのように分布しているのかということが調べられるようになっています。一般相対性理論により、重力のある場所で時空間がゆがみ、光の進路が曲げられるという事実を利用して調べるのです。これを「重力レンズ効果」と呼びます。

ダークマターが集まる場所では、その背後にある銀河の像がゆがんで見えます。このゆがみを詳細に観察して解析することにより、どのくらいの量のダークマターがあるのかを推定できるんです。

星の作られ方の話でしたね。

最初は何もなかった宇宙ですが、まず、密度の高いところにダークマターが集まって塊になります。1つの天体みたいに……って、見えないので何ともいえませんが、とにかく塊ができる。

すると、原子など物質がそこに引っ張られて集まります。ギュギュギュっと集まって小さくなります。ダークマターは集まってもそれ以上小さくなれませんが、原子は小さくなれます。それは光と相互作用するかどうかの違いです。光と相互作用すると、光を放出して、広がろうとする力を打ち消し、小さくなれるのです。原子にはある光との相互作用が、ダークマターにはありません。

ダークマターがぼやっと広がった真ん中に、原子がギューっと集まって小さくなっていき、あまりにも密度が高くなると核融合反応が起きます。そのとき、エネルギーをぶわーっと出して輝くのです。これが星です。

このように、星ができるより先にダークマターが集まり、ダークマターにより星ができました。今度は星同士が引っ張り合うことで銀河ができます。

銀河の形成にもダークマターが絡んでいます。ダークマターの塊の中に星が集まって、回転しているのが銀河です。銀河の回転の様子を調べることで銀河中にどのように質量が分布しているのか見積もると、銀河の円盤のずっと外側まで質量が広がっていることがわかりました。

私たちがいるのは天の川銀河ですが、この天の川銀河のまわりにも、ダークマターが広く存在しているんです。

銀河、銀河団、超銀河団

天の川銀河は、比較的大きな銀河の1つです。私たちが夜空で見る天の川は、内部から見た姿です。直径を見積もると10万光年以上。中心部分が太った楕円形をしていて、円盤状の部分は渦巻模様が広がっています。

天の川銀河 Credit:NASA/JPL-Caltech/R. Hurt (SSC/Caltech)

このタイプは「渦巻銀河」と呼ばれ、宇宙にはたくさんあります。「銀河」と聞くと、このタイプをイメージする人が多いのではと思います。

他にも、渦巻状の模様を持たない楕円形の「楕円銀河」も宇宙には多くあります。「渦巻銀河」とも「楕円銀河」ともいえない、中間のような形は「レンズ状銀河」です。決まった形を持たない「不規則銀河」もあります。

いずれのタイプであっても、銀河は群れ集まる性質を持ちます。重力が働くからです。銀河同士も引っ張り合って集まってくるので、銀河の団体さんができます。50個から数千個の銀河が集まると「銀河団」になります。その銀河団同士も引っ張り合うので、さらに大きな「超銀河団」が作られつつあります。大きいものほど移動に時間がかかりますから、超銀河団ほどのとてつもないものは、まだ発生の途中という感じです。

銀河の未来とダークエネルギー

将来、超銀河団は完全に形成されるのでしょうか。 

実は、膨張のスピードが速くなっているため、これ以上は集まれず「銀河団で打ち止め
だろう」と考えられています。

膨張スピードを速めているのは、ダークエネルギーだと考えられています。ダークエネルギーとは正体不明のエネルギーで、集まったりすることなく宇宙空間に均一に存在するものです。

以前は、宇宙の膨張は徐々に遅くなると考えられていました。星がお互いに引き合う重力に支配され、宇宙膨張は減速するはず、という推測です。

しかし、1980年代の終わり頃から、宇宙の膨張が加速している兆しがあることが指摘されるようになってきました。ただ、観測によって加速膨張を証明するまでにはなかなか至りませんでした。

実際に見つかったと発表されたのは1998年および1999年のことです。2つの異なるチームが遠方で起きる超新星爆発を観測・解析するという手法で、どちらも同じように宇宙が加速膨張していることを示しました。このことは宇宙論の学者だけでなく、物理学の学者たちをも驚かせました。これまでの物理理論では説明できないことが起きているわけです。

ちなみに私もまだ遠方超新星爆発の解析結果が出るより前の1990年代半ばに、加速膨張を伴う宇宙モデルについて研究していました。当時はダークエネルギーという言葉はありませんでしたが、宇宙を広げようとする力を持つ何らかのエネルギーがあるはずだというアイデアはアインシュタインの頃から出ていたのです。ですから、宇宙の加速膨張が証明されたときは驚くというより「やはりそうだったか」と感じました。

膨張スピードを速めるのは、普通の物質には無理です。加速膨張を説明するには、正体不明のダークエネルギーの存在を考えるしかありません。そうしないとつじつまが合いません。

ダークエネルギーは宇宙全体のエネルギーの68%ほどを占めると考えられています。

というのも、宇宙マイクロ波背景放射の温度ゆらぎを解析して、宇宙に存在するはずの総エネルギー量を調べることができています。宇宙全体に全部でこのくらいの量のエネルギーがないとおかしいというのがわかるんです。

ここで、アインシュタインの方程式E=mc2で明らかになったように、質量とエネルギーは本質的には同じです。宇宙中の元素を質量エネルギーに変換してみると、宇宙に存在するはずの総エネルギー量の5%にしかならないのです。残りの95%がダークマターとダークエネルギーです。正体不明の物質、ダークマターを観測と理論によって見積もると27%ほどになります。残りの68%がダークエネルギーというわけです。

ダークエネルギーは空間あたりのエネルギー量が一定です。空間が増えれば、その体積に比例してエネルギー量が増えます。つまり、宇宙が膨張すれば、ダークエネルギーも増える。それによって膨張を加速させているのです。

計算結果によれば、宇宙の膨張が減速から加速に転じたのはおよそ50億年前ということもわかっています。そこからどんどん加速しているわけです。

宇宙の将来にはいくつかの異なる可能性がありえますが、その中には際限なく加速していって、遠い将来には銀河同士が引きはがされてしまい、銀河団はバラバラになってしまう可能性もわずかながらあります。

――銀河団がバラバラになった次は、銀河がバラバラになって……。最終的に星もバラバ
ラになりますか?

その前に星の寿命が来るので、それはなさそうです。燃え尽きちゃうのが先です。

《続きは次回、vol.09をお待ちください》

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松原隆彦
1966年、長野県生まれ。高エネルギー加速器研究機構 素粒子原子核研究所(KEK素核研)教授。博士(理学)。京都大学理学部卒業。広島大学大学院博士課程修了。東京大学、ジョンズホプキンス大学、名古屋大学などを経て現職。専門は宇宙論。日本天文学会第17回林忠四郎賞受賞。著書多数。

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