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カァ...

燃えるゴミの収集日に
よく顔をあわせた。
相手は朝ごはんの真っ最中、
黙って横を通るのも失礼かニャア
で、尻尾を立ててご挨拶。
―— おはようございます……
―— …………(無視)

何回か同じことを繰り返して、ある朝
―— おはようございます……
―— カァ。

           🥡 🍟 🍗

春ですニャー
お天気のいい日には、お洗濯。
お日さまいっぱい🌞物干し場で
ご機嫌いっぱい🍷乾杯の歌

    Libiamo, libiamo, ne' lieti calici…
    喜びの杯をいざ飲み干さん…

―— カア〜アリィチ
―— カァ〜ア〜……?…カァ。

           🌳 🌳 🌳

二千年、もっと昔、漢の歌謡は
お母さんガラスの歌 「烏生(うせい)」。

カラスの母さん、子だくさん
八羽も九羽もいるけれど
みんな仲良し、行儀良し。
カァカァ
秦さんっちのモクセイの
枝に並んでとまってる。

秦さんっちの坊ちゃんは
遊び好きのろくでなし、
名高い産地の大弓と
西域の香 練り込んだ
高価な弾がお気に入り。
左手に大弓と弾二つ、
カラス狙って あっちこち
カァカァ
放った弾は命中し
カラスの小さな魂は 翼広げて
大空高く飛び立った。

カラスの母さん、子を産む時は
都の南、終南山の
険しい岩と岩との間
カァカァ
子ガラスたちのいるところ
人間たちには見つからない。
昼なお暗い山の中
道なき小径の果ての果て。

天子さまの御狩場の白鹿だって
撃たれてしまえば乾し肉に。
カァカァ
天より高く飛ぶという
伝説の鳥 黄鵠(こうこく)も、
後宮じゃ汁物に仕立てられ
お妃さま方、ご満悦。
洛水の淵の深みの鯉だって
釣り針にかからないとは限らない。
カァカァ
人間にだって寿命はある。
遅いか早いかは違っても、
いずれ終わりは来るものを。

無名氏「烏生」
松枝茂夫編『中国名詩選(上)』
岩波文庫

           🌳 🌳 🌳

カラスは心やさしい鳥、慈烏。
白居易の五言古詩「慈烏夜啼(じう やてい)」は
子ガラスの歌―—

お母さんを失くしたカラス       慈烏失其母
アァーアァと悲しく鳴いて[…]       啞啞吐哀音[…]                
その声は訴えているかのよう      聲中如告訴
まだ恩返しもしていない、と      未盡反哺心

山田勝美『全釈 歴代中国詩選』

恩返しができなくなったと
子ガラスは嘆くけど
カァカァ
母さんはね、恩返しなんていらないの。
あなたたちが生きていてさえくれれば
もうそれだけでじゅうぶんなの。
カァ〜
カァカァ

烏 なぜ啼くの
烏は山に
可愛七つの
子があるからよ

可愛 可愛と
烏は啼くの
可愛 可愛と
啼くんだよ

山の古巣へ
行って見て御覧
丸い目をした
いい子だよ
                                             野口雨情 作詞、本居長世 作曲「七つの子」         


           🌳 🌳 🌳          

いつの世にも
「秦さんっちのろくでなし」は
いっぱいいるのよ、大弓や
お香を捏ねた弾の代わりに
銃にミサイル、ロケット弾……
カァカァ

フロック・コートのカラスさんと
二重唱した「乾杯の歌」
出だしの ”libiamo” に、猫たちは
” libatio、祼/灌(かん)” を思い出す、
古代、ユーラシア大陸の西でも東でも
大地に神酒を注ぎ神々に献じた、あの祭祀を。

カラスのお母さんと
猫たちもいっしょに献杯。
奪われた命と、奪った者の
深い心の凄(かな)しみに―—


           🥡 🍟 🍗

燃えないゴミの収集日、あまり見かけない
つやつやのカラスさん(大きいニャー)
針金の切れ端くわえて飛んでいく。
その針金、もしかして 新居の準備?

燃えるゴミの収集日、橋のたもとの集積所
モーニングサーヴィスは営業中。
―—おはようございます……
―— ……

顔見知り、きょうはいないのかニャー
ほとんど通り過ぎたとき、聞き覚えある声が
―—カァ、カァ
横にいたちょっと小柄なコも
―—カァ…
―—ニャー 💕 おそろいで
  Bonne Journée よい一日を!


       今日の日のいのちに
   小さな春のよろこびがありますように
              
       カァ 🌼

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