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くるまくるま、うみ

今朝は閉まりかけのドアをぎりぎりですり抜けて、朝のホームに出ていく人がたくさんいました。師走ですからねぇと適当なことを思っていたら次の駅では高校生が駆け込んできて、そのままの流れで私のほうへ駆けて来ました。それで驚いて、何事かなと思ったら、私の隣の席に座っている高校生の頭をぺちんと叩いたんです。彼女たちは笑いあって、それからその様子を見ているほかの乗客に対して、少し恥ずかしそうにしました。ほとんどの乗客が「あ、いいなぁ」って思いながら見ていたので、全然恥ずかしがる必要なんてないんだけれど。

山並みは激しく紅葉を進行させていて、落ち葉は枯れ葉に変わってきました。一年の終わりに向かっています。私はというと自動車学校に入校しました。私は驚くほど車に乗りなれておりません。東京育ちというのもあると思うのですが、家族はわりと迂闊なところが多い人たちなので、根本、運転には向かず、車を所持しているのは別居していた父くらいなものでした。その父も決して運転が上手ではなく、数回だけ父の車に乗った時にも、些か身の危険を感じたものです。ですのでこれまで移動といえば基本的に徒歩か、自転車か、電車かだったわけです。車に注視するときといえば、交通事故で誰かが亡くなったとか、そういうとき。車とは恐ろしい、とずっと思っていました。日常生活を生きていて、私はなんでこれができないのかな、と思うことばかりなので、そんな人間が人を殺せるものに関わればきっと重大なことが起こるはずだと、ずっと避けてきたんです。

でも仕事で必要になっちゃって、それもすごくやりたい仕事だったので「あーもーソッコーで取ります!」って偉い人に言って、その次の日には申し込みしちゃいました。自分だけのことを自分で決めるときの決断までの速さだけは、私の少しばかり誇れるところかもしれません。で、運転してるんですけど、まだ全然怖いんですけど、ちょっと面白くもあるんです。
自転車とかって自分の身体の拡張なところがあるけれど、車は指示通りに動く、自分とは違うもの。馬の代わりに自動車を人は作ったわけで、車に乗っていると馬に乗る感覚に近いんだろうなと思うんですね。

柴田聡子さんの新曲『雑感』は心のベストテンって感じで、もう最近は繰り返しこの曲ばかり聴いています。この曲が車を運転しながら思いついたことをひたすら綴ったみたいな曲なんですね。免許とるぞってなった前からこの曲が好きなんですけど、なんというか心の潮流でそういう時だったのかもしれません。怖かったものが、怖くなくなる。できないことが、できるようになる。その流れは自分では予想も把握もできないものですが、揺蕩っていると来るべきところに来たのだな、という時があって、今がそうなのかも。

なんとなくですけど、免許が取れたらずっと怖かった海のことを好きになれるような気がしています。

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