あなたが見た世界 1

 それは、とてつもなく急だった。誰も予想できない事で、勿論、私も想像すらしていなかった。──本来であるならば、ある程度予想ができることや想像できることしか起きやしなかったという過去のせいもあるかもしれない。──本当に急過ぎる来訪と、報せに、誰もが膝をつき、思わず口を手で押さえ、目を見開くばかりだった。
 そんな人々の、村人の姿など気にも止めずに、真っ黒な軍服に身を包んだ恰幅の良い中年の男は、右手を高く上げ、左手に持っていた書状を、それはもう大きく、この村全てに届かせようとするかのう様に読み上げた。

─────これは、如何に哀しき事かと、膝をつき、目を見開くものが多いかもしれない。これは、如何に急過ぎると、想像しておらぬと、予期せぬこの事態に夢かと頬つねる者も居ることでしょう。
 ですが、これは現実。
 皆様、村人の勝利でございます。
 これは紛れもない事実です。
 そして、真実なのです。
 今までの私を見ていた者は、そんなことはないと、騙していると思う方も、さぞ多いことでしょう。
 ですから、私は、己を証とすることにしたのです。
 これで、皆様は、自由の身です!!!!
 さぁ!新しい人生を歩みなさい!!!!!!
 全ては、屍の上に植えられた、種が芽吹き、光を目指していただけ。その先には、光ではなく、また1つの種があるということを知らなかった私が居たから、本当の光を見つけられなかっただけなのです。

   領主 ディエルエドモン・サルシュエリ・カルフ ───────

 村人は、その内容を理解できなかった。否、理解したくなかった。そして、証など見たくなかった。だが、そんなワガママが通る訳もない、いや違う、あの恰幅の良い男が許さない。
 男は、書状を恭しくまとめしまうと、左肩から掛けていたショルダーバッグ(正確には、鞣し革を幾重にも括り付けた、質素な素焼きのツボだ。)を、それはもう、大層丁寧に自身の目の前に来る様に持ち、直立不動で、我々、村人を見渡した。
 そして、何の言葉も発することなく、ショルダーバッグを地面へと投げたのだ…。

 ガシャァァアンッッ!!!──

 それは思っていたよりも重く、耳を刺すような音がした。
 幾重にも鞣し革が括り付けられていた素焼きのツボは、簡単に割れ、割れた隙間から、濃厚な苺ジュースのような血が伝い広がっていった。その中には、かつて、村の未来について、語り、時には喧嘩となり、時には酒を飲みながら笑いあった領主「ディエルエドモン・サルシュエリ・カルフ」首が入っていた。青くキレイな髪が紅に斑に染まり、白い陶器のような肌が作り物などではない事を物語っていた。
そして、かつて領主の頭だったそれは、とても、美しく不気味に微笑んでいた。

 私は、微笑むディエドの顔から目が離せなかった。否、頭が追い付かず、今、目の前に転がっている“それ”がディエドでない証拠を探していたのだ。そんな証拠などどこにもないのに…
 パクパクと餌を食べる鯉のように、口から声を発することなく、ただ、空気を吐き出すだけ。
 気が付けば、私は、“それ”に近寄り、両の手でツボの破片と鞣し革からすくい上げていた。
 中年の軍服男の視線を感じる。とても鋭い視線が私の体へ突き刺さっているのが分かる。だが、男は、静観している。
 何故ならば、私の視界は、滲み、ディエドの冷え切り硬くなった肌を感じるだけで、表情を読み取れなくなっていた。そう、私は泣いていたのだ。

 「あぁ……、こんな気持ちだったのか‥ディ.エド‥」

 やっと、口から出たのは、親友の体から切り離された“それ”を胸に抱いたときであった。
 嗚咽が止まらない。涙が止まらない。身体の震えが止まらない。手の感覚が消えていく。“それ”に触れる部分が何かに擦れて痛い。その何かがディエドの乾いた血である事を察し、更に、肩が上下に動いた。周りにいる村人が何かを言っている。だが、その言葉など耳に入らない。ただの雑音にしか聞こえない。
 誰かの手が肩に触れた。反射的にその手を弾くように、拒絶するように体を振った。
 その時、ディエドの頭が軋む音が聞こえた。
 まるで笑っているような音。それがまた、私を悲しみへと突き落としていった。私は、ただ、村を良くするために、ディエドに手を貸した。良かれと思い、村人への協力を仰いだ。このような、親友の顔を見る為に、何度も何度も、話をした訳ではない。

 このよう結末など、望んでなどいない。
 何故だ。

 どこで間違った。
 ディエド‥何故、君は喋らない。

私の生活の中で、メニエール病や精神疾患、学習障害などの持病からお役に立てそうなお話を発信していければと思っております! たまに、趣味のハンドメイドも発信いたします(´,,•ω•,,)