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ふぃるめも

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映画にまつわるメモランダム。かならずしも作品単体の感想文や映画批評を志向してはおりませぬ。
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記事一覧

夢七夜

夢七夜

 
 とめどなくイメージや言葉があふれ出てくるので、
 幾らかを書きつけておこうとおもう。

 映画について。ミニシアターについて。映画をめぐる人々と言葉について。 

 きのう3日目を終えた、全国18館のミニシアター連携企画『現代アートハウス入門 ネオクラシックをめぐる七夜』。
 (公式HP: https://arthouse-guide.jp/#theater

 第1夜が『ミツバチのささ

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禁忌のあじわい

禁忌のあじわい

 “子山羊をその母の乳で煮てはならない” 出エジプト記23章19節

 ある男の死をきっかけに、ベルリンで彼が愛したパティシエと、エルサレムに暮らす彼の妻とが出会う。映画『彼が愛したケーキ職人』はユダヤ教の食物規定コシェルが鍵となり、流麗な音楽が情感の浸透圧を高める秀作で、性的マイノリティのドイツ人がイスラエルで身を忍ばせることの史的な暗喩性が、リアルな隠し味として効く。

 エルサレムの路地にた

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霊性と情熱

霊性と情熱

  

 2017年春から日本公開されたこのマレーシア映画ほど、奇跡の傑作という形容がふさわしい作品はそう多くない。インディペンデント映画の常で公開規模が小さく知名度は低いながらも、劇場を訪れた多くの観客が深く感動し、鑑賞後は少なくない人が生涯の一作に数えあげる。これが大げさな表現でないことを、実際に観てぜひとも確認していただきたい。

 映画『タレンタイム~優しい歌』は、ある高校での音楽コンクー

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凡庸な悪の相貌

凡庸な悪の相貌

 今から半世紀前の1961年、元ナチス親衛隊将校を被告とする裁判が、全世界の注目を浴びていた。被告の名はアドルフ・アイヒマン。ヨーロッパ各地から絶滅収容所へのユダヤ人移送を統括したアイヒマンは一貫して、「命令に従っただけの歯車の一人」であったと無罪を主張し続けた。映画『アイヒマン・ショー/歴史を映した男たち』は、イスラエルで開廷されたこの裁判の中継放送を実現させたテレビマンたちを描く作品だ。

 

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教会の罪と記者の閾

教会の罪と記者の閾

 

 深圳への滞在は、思いのほか衝撃的な体験となった。 

 中国のキリスト教徒は推定9000万人、世界最大のキリスト教人口をもつ国になる日も近いとされる。近年の急増傾向を底で支えるのが共産党政府非公認・非合法の礼拝を続ける「家庭教会」の存在だ。知人の仲介を得て、これら家庭教会を幾つか訪ねてきた。

 今回の香港取材旅行はこれに限らず、人間の本来性をめぐる再考の機縁と化す予感がある。むやみに自分

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おとっさんのほかに神はなし

おとっさんのほかに神はなし

 

  "Qu'est-ce qu'on a fait au Bon Dieu?" 

 「私たちは神さまに、何をしてしまったの?」

 そんなオリジナル・タイトルをもつ、異宗教間での国際結婚をテーマとした上質のコメディ映画が、邦題『最高の花婿』として今春公開された。

 主人公のヴェルヌイユ夫妻は、敬虔なカトリック教徒。フランス、ロワール地方の閑静な田舎町に暮らす夫妻には四人の娘がいる。うち

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詩性の無慈悲

詩性の無慈悲

 あまりにも壮絶で無惨。

 観客席の暗がりからは、ため息や静かな悲鳴が終始やまなかった。映画『シリア・モナムール』は、内戦下のシリアを描くドキュメンタリー作品だ。千人におよぶ市井の人々の携帯電話やタブレットにより撮られた動画の数々を、カンヌ映画祭でのスピーチが原因でシリア政府から命を狙われ、パリで亡命生活を送る監督が編みあげる。

 展開する生々しい動画の連なりに重ねて、シリアへ戻れない苦渋を監

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歌でつながる見えない道

歌でつながる見えない道



 ことばは物事の核心をあぶり出しもすれば、覆いかくしもする。 

 たとえば語としての「絵画」を「絵画」としてフレーミングすることで、あるいは顔料を生の物質ではなく色の「名」により記号化することで豊かになるものと、失われるもの。映し堕されるもの、似て非なるもの。

 オーストラリアの先住民アボリジニのもつ神話的世界観を表すことばに、ドリーミング、ドリームタイムがある。誤解をおそれず簡略に説明

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借り物の場所、借り物の時間

借り物の場所、借り物の時間

 

“Borrowed place's living on borrowed time.”

  

 今年はじめ日本公開となったピーター・チャン(陳可辛)監督最新作『最愛の子』、日本国内ではどれくらい話題になっていたのだろう。原題は『親愛的(亲爱的)』、中国の幼児誘拐を描いた作品で、実話ベースながら誘拐者側の農村夫婦を突き放さない目線が尋常でなく深い。本作で主な舞台となる急激に都市化した深圳は

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私は石を砕かない

私は石を砕かない

 完成まで三百年と言われてきた、スペイン・バルセロナのサグラダ・ファミリア。『創造と神秘のサグラダ・ファミリア』は、工期が大幅に短縮され2026年完成との公式発表も為されたこの一大教会建築プロジェクトの内幕を語るドキュメンタリー作品だ。

 「人間は、自然という書物を読む努力を払わねばならない。」

 かつてこう語った建築家アントニ・ガウディの設計思想から編み出されるもののカタチは、どれも優美な流

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縁は炒るもの

縁は炒るもの

 

 じつは二年前の今ごろ、珈琲屋の店主になりかけていた。

 タイ移住後はまず一軒の物販店をまかされたのだけれど、テナントの契約終了に伴い、移転先として見つけた有力候補がバンコク都心の裏道に臨む元珈琲屋の店舗で、人の背丈を優に超える巨大な豆の焙煎機から円で200万ほどするらしいエスプレッソマシーンまで、高価で大仰な設備が一式そのまま残っていた。店舗オーナーはタイ北部にコーヒー農園を持つ華僑系の

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このくるしみは、だれのもの

このくるしみは、だれのもの

 

 “さて私はこうして地獄の底にいる。もし必要なら人は、過去や未来をスポンジでぬぐい去る技術を、すぐにも学ぶものだ。”

 第二次世界大戦終盤のアウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所には、遺体処理に従事する囚人の特別労働班ゾンダーコマンドが存在した。映画『サウルの息子』は、ゾンダーコマンドに所属するユダヤ人の男サウルが主人公だ。

 サウルは、収容所内で偶然見つけた息子の遺体をユダヤ式に弔うこ

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あるアルメニア人の旅路

あるアルメニア人の旅路

  

 1915年4月、イスラム世界の覇権国であったオスマン政府により、トルコ東部アナトリア地方ではキリスト教徒アルメニア人に対するジェノサイド(民族・集団消滅を目的とする大虐殺)が始まった。この虐殺による犠牲者数は百万人とも百五十万人ともされるが、現トルコ政府はこの事実をいまだ公式に認めていない。映画『消えた声が、その名を呼ぶ』は、この事件によって唐突に妻や双子の娘たちから引き離されたアルメニ

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セルビアの遠い響き

セルビアの遠い響き

 

 ユーゴ紛争からコソボ内戦へ、内紛状態の長く続いたセルビア情勢を伝えるニュース映像をまったく記憶しない世代が、いまや三十代に突入しているのだから光陰ロケットのごときこの浮世。そういえば1995年1月17日朝に神戸長田区を映すNHKのヘリ中継を観て、十代のぼくがまず想起したのは戦火で黒焦げにされたビルの高層部から炎立つ、ベオグラード市街の光景だった。

 映画『バーバリアンズ セルビアの若き

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