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球体のパーフェクトチャパティを焼くには?【東京マサラ部活動レポート】

チャパティをまんまるに焼くこと、それは人類共通の願いである。
毎朝自分のチャパティは自分で焼くような丁寧な暮らし。

Bong Eats動画より

早くこれになりたい。まんまるに膨らんだチャパティをいつでも自由自在に焼けるようになったらどんなに素敵だろうか。履歴書に書けるし。

では一体、ぷっくりと膨らみ、きれいに2層に分かれたチャパティを作るにはどうしたらいいのだろうか。このようなチャパティを理想形としたときの要素を分解するとこのようになるのではないかと以下の仮説を立てた。

理想的なチャパティを焼くための方程式(仮説)

理想のチャパティ=粉の選定×加水率(水温)×捏ね(時間・力)×成形(薄さ)×焼き

チャパティはアーター(आटा)という全粒粉を水と塩で捏ねてから休ませ、円形に薄く成形し、熱したタワ(円形の柄付きの鉄板)で焼くだけだ。作り方がシンプルが故に作り手の技量や心の乱れが反映されやすい。チャパティは食べる禅であると言われるゆえんである。

どんな粉を使うのがいいのか、水を使うのがいいのか、お湯を使うのがいいのか。どのくらいの時間捏ねればいいのか。疑問は尽きない。

我々調査チームは貴重な勤労感謝の日を丸一日費やし、東京マサラ部室(https://twitter.com/masala_buにてチャパティの検証を行った。

完璧なチャパティを作るためにはある程度の引き続きの鍛錬が必要かもしれないが、この記事を読むことであなたが少しでも日々のチャパティ作りでのヒントを得ることができれば幸いである。

※今回の検証の参加者は全員マイ麺棒を持参し、素振りを一定期間行った上で参加している。


チャパティとは

そもそもチャパティとは何であるか。決してナンではない。

インド料理というとまずはじめに思い浮かべるのがナンだと思うが、ナンは精製小麦粉(マイダ)を使って卵やヨーグルトなども加えて発酵させ、タンドールの高温で焼き上げたリッチなパンである。発酵して空気を多く含んでいるし、リッチな味わいのためあまり毎日食べるものではない。西方(イラン)から伝わり、パキスタンやインド北西部を中心に食べられてはいるが、レストランや少し特別なタイミングで食べたりするもので毎日食べるようなものではないし、インド人でも食べたことのない人も多い。
また、形も日本でよく見かける紡錘形に限らず、円形のものや四角形のものなどたくさんの種類がある。

チャパティは主に北西インドの小麦食地帯を中心に幅広く常食されている無発酵の平焼きパンである。食パン的な扱いで、毎日の食事のたびにお母さんが焼いてくれる。アニメの中でインドの女子高生が「いっけな〜い、ちこくちこく〜!」と走りながら口にくわえているのはチャパティに違いない。

インドにはこのようなフラットブラッド(平たいパン)がたくさんある。インドはおおまかに分けると北西部が小麦文化圏、東南部が米食文化圏となり、小麦でできたパンだけでなく、イドゥリやドーサなど米粉でできたパンも含めるとものすごく多くの種類がある。

検証方法

今回の検証にあたって、チャパティのレシピはこちらの動画を参考にした。

材料

  • アタ 200g

  • 水またはお湯 180g(90%)

  • 塩 4g(2%)

油を入れるレシピもあるが、今回は油は入れない。


作り方

  • アタ200gと塩をボウルに移す。

  • 160g(80%)の水または湯を加える。

  • 10分間全力でこねる。水分が足りない場合、ベストな水分量になると思うまで各自で水分量を調整する。

  • ラップをかけ、10分間休ませる。

  • 40gの玉に分割する。

  • 生地に使ったものと同じアタを打ち粉にし、ディスク状に成形し、直径16cm前後になるまで薄く伸ばして成形する。

  • タワを熱して焼く。250度以上の高温が適しているらしく、そのためテフロン加工のフライパンより鉄板の方がよい。

このレシピを元に、下記項目を順番に検討していく。

①粉の選定
②加水量(水捏ね、湯捏ね)
③捏ね
④成形・焼き方


①粉

今回エントリーしたのはこちらの4種類のアタ。比較的よく見かけるものを一通り試してみることにした。ミシュランマンみたいな絵が書いているのは全てPillsbury社のアタである。
『日本の中のインド亜大陸食紀行』によると、Aashirvaad社の方が粗挽き感が強く、Pillsbury社の方がより粉末が細かいらしい。


CHAKKI FRESH ATTA


CHAKKI ATTA


GOLD ATTA

AASHIRVAAD

粉のまま観察してみると、フレッシュは粉の香りが強く、チャッキは素朴な印象。ゴールドアタは挽きが細かくてしっとりしていて甘いように感じられた。アシルワードは明らかに色味と粒の粗さが違っていて、小麦の香りがする。

そのまま食べてみたが、生の粉の状態ではあまり味の違いはわからなかった。

②加水量(水かお湯か)

元のレシピではお湯を使うのだが、今回はそれぞれの粉に対して水捏ねと湯捏ねの両方を試してみた。粉4種類×水とお湯で合計8パターンになる。
まず粉の重量の80%の水分を加えたあと、捏ねながら様子を見て各自ベストと思う加減まで水分を追加する方式にした。

お湯を使う場合は熱いので最初はスプーンで混ぜる


③捏ね

生地は10分間全力で捏ねる。拳をつかって、嫌な奴、パワハラ上司の顔を思い浮かべながら全力で殴り、捏ねまわす。手に生地がまとわりつかなくなるまでこねて上手にまとまったら、ラップをかけて10分生地を休ませる。
このときに乾燥を防ぐ意味で油でコーティングするといいが、今回は行わなかった。


④成形・焼き方

生地を40gずつのボールに分ける。それぞれの生地200gに水分を加えて捏ねたら9個の玉がとれた。

それをディスク状に成形し、生地と同じ粉を打ち粉に使いながら直径14~16cm前後になるまで薄く伸ばす。

普段はチャクラという大理石の台の上で伸ばすが、今回は数も多いためキレイにしたテーブルの上で直接生地を伸ばすことにした。

強火で熱したタワで一気に焼く。このとき、濡れ布巾またはキッチンタオルで表面を濡らしながら軽く押さえてみる。
小さな気泡がいくつかできたらひっくり返す。

裏返して軽く焼いたら直火のガスで加熱する。うまく生地ができていたら風船のように膨らむ。

続々と生み出されるチャパティたち。

日本のどのご家庭にもあるチャパティ保温器で保温する。


結果

粉ごとの味わいの違い

  • アシルワードは粗挽き、さっくり、香り強めに仕上がる。やや生地が伸ばしにくい印象。

  • ゴールドアタは粒が細かく、生で食べても少し甘い。なめらかで上品に仕上がる。別格。高級食パンのお店に通ずるものがある。

  • フレッシュアタはやや癖が強い。フレッシュというだけあって小麦の香りがちゃんとしている。

  • チャッキアタは一番特徴がないが、素朴で後から香りが立ってくる。

結局、焼き立てチャパティはどれも美味しい。

水捏ねと湯捏ねの違い

  • 理想のチャパティのように完璧な膨らみは無理だったが、結論として湯捏ねの生地の方が膨らみやすかった。

  • 水捏ねと湯捏ねで、生地自体のコネやすさが全く違った。水捏ねは手にまとわりつき、生地が手から離れにくい。一方で湯捏ねは生地がまとまりやすくもちもちになり、伸ばしても生地がちぎれにくい。湯を加えた場合、水分量の多寡による焼き上がりへの影響が小さいように思えた。お湯を使うと加水量はあまり問題じゃなくなるが、水捏ねの場合は少ししっとりするくらいの仕上がりが望ましいようだ。

  • 水捏ねは水分量の調整が決まりきらず人によっては何度も粉を足したり水を足したりして、最終的な加水量が粉ごとに差分が出た。

  • 水捏ねは生地を薄くすると破れやすいが、湯捏ねは薄くしても破れにくい。

  • 焼き上がりの差分としては、水捏ねの方が素朴で粗目になり、水分をよく吸う仕上がりになった。カレーと合わせるには水捏ねがいいかも。

  • 水ごねは湯捏ねより食感が柔らかく、膨らんだときに多層構造になる傾向が強かった。湯捏ねした場合、うまく膨らむときれいに二層になりやすく、もっちりしっかり仕上がる。

  • 濡れふきんで生地を押さえつけながら焼くと膨らむ確率が上がる。その際両面を押さえる必要はなく、どちらか片面でよい。

  • うまく生地がまとまっていると打ち粉は最低限の量でうまく広がるが、打ち粉をしすぎると固くなり焦げやすくなる。

  • それぞれの生地に対し水捏ね・湯捏ねを試し、40gの生地の玉が9つずつできたので合計72枚のチャパティを焼くことが出来た。そのうちうまくまんまるに膨らんだ成功率を記録しておけばよかったのだが、焼き立てのチャパティが美味しすぎたので全然記録どころではなかった。


考察

個人的ベストな組み合わせ

個人的なベストは湯捏ね×ゴールドアタだが、水捏ねの方が水分をよく吸いそうなので汁気の多いカレーには合いそうだし、インド人に大人気のアシルワードは香ばしくて小麦好きにはおすすめしたい。
目的に応じて水捏ねと湯捏ね、粉を使い分けられるようになったらかっこいい。

何にせよ、やっぱり焼きたてのチャパティは最高に美味い。

粉の選定

結局、いいチャパティを焼くには粉の選定が全てかもしれない。ゴールドアタはとにかくうまいので迷ったらまずこれから試してほしい。
また、開封してから時間が経った粉もスパイスと一緒で小麦の風味が損なわれていることがある。
チャッキとは石臼のことだが、インドでもこだわる家庭では石臼で精米したての粉を使っていたらしい。流石に最近ではそんなことなさそうだけど。


湯捏ねの生地の方が膨らみやすくなる理由

参考にしたレシピに載っていた情報を引用する。

We use boiling hot water instead of warm or room temperature water to produce soft rotis that stay soft even when they get cold. There are three reasons why this works. Atta is made with hard wheat which has high protein content. First, the boiling water denatures the wheat proteins, reducing the gluten. This makes the rootis soft not chewy or hard to tear. Second, the hot water partially cooks the flour allowing the starch to absorb more water. The more water the flour absorbs, the greater is the steam generated during cooking, and higher the likelihood of your rootis puffing up like balloons. Third, using boiling water reduces the time you need to knead 😅the flour to form a smooth dough. Because it reduces gluten, it also reduces the resting time between kneading the dough and rolling out the rootis.

https://www.bongeats.com/recipe/roti

要約すると、こんな感じだろうか。

①熱湯は小麦のタンパク質を変性させグルテンを減少させる。これによってロティは腰が弱くなり、仕上がりが柔らかく割けやすくなる。

②お湯が小麦粉を部分的に加熱することで、デンプンがより多くの水を吸収するようになる。小麦粉が水分を吸収すればするほど調理中に発生する蒸気は大きくなり、ロティが風船のように膨らむ可能性が高くなる。

③熱湯を使うことで、小麦粉をこねる時間が短縮されます。グルテンを減らすことができるので、生地をこねてからロティを伸ばすまでの寝かせ時間も短くなる。

パンを作る方には常識なのだろうが、小麦粉は60度以下の水で練るとグルテンが形成されるが60度以上のお湯だとデンプンが反応して糊化が始まる。
そのため湯捏ねの生地はもちもちした食感になり、水捏ねの生地はさっくりした食感になるらしい。

インドのオリッサ(オディシャ)州にJanta Rotiというチャパティの一種がある。沸騰したお湯または牛乳にアタを入れて、しばらく生地を炒めるように加熱する。こうすることで老人や子供にも食べられる柔らかいロティになるらしい。


焼き方

チャパティを焼く際に必要なタワの表面温度は250℃必要らしい。強火にして短時間で一気に焼きあげるのがおすすめだ。
テフロン加工のフライパンは260℃が限界らしいので、タワか鉄板を使うのがやはりおすすめ。最近では新大久保でも売っていたりするが、アマゾンでも売っていた。

しっかり生地ができていれば直火焼きはしなくても膨らむのだが、そこで膨らまなくても強火で一気に仕上げると膨らむことがある。


最後に

以上で今回のチャパティレポートは終わりです。

いい粉を使い、湯を使い、しっかり捏ね、10分以上休ませ、心を整えて薄く均一に円形に伸ばす。それを厚手の鉄板かタワで強火で一気に焼き上げる。両面を焼いたら直火で炙るように焼いて仕上げる。

後は鍛錬あるのみ。

少しは参考になったでしょうか。チャパティは食べる禅です。最高のチャパティライフをお送りください。


参考



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