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Vtuber・VRブームの根底に流れるもの

 2017年末からバーチャルYoutuber(以下、Vtuber)ブームが盛り上がり、2019年現在、テレビCMや音楽シーン等にもVtuberの活躍が見られるようになりました。
 一方、注目を集めているのは企業運営のVtuberや、活動開始が早かった個人Vtuber、明らかに尖った表現力やコミュニケーション力を持ったエンターテイメント寄りのVtuberに偏っているようにも感じます。
 そんな状況下で、「Vtuberはもうオワコン」というような言説を目にすることもままあります。

 WFLE社のEijiさん…もとい、DJ RIOちゃんはこう言っていました。

「Vtuberは幻滅期に入った。技術のハイプ・サイクル上、必ず起こる現象で、勝手に期待して勝手に絶望した人たちが撤退していくだけの話。次に普及期が来る」

「Vtuberの何がどうなったらオワコン」なのかというのは、感じる人の感性次第というか「その本人にとって楽しめなくなったらオワコン」なだけであって、Vtuberが今でも超楽しい人にとっては超楽しい、みたいなことだと思います。ですから、Vtuberがオワコン化するのか否かというのは個人の感性の問題なので、あんまり意味がなくて。

 幻滅期を超えて普及期に入っていった時に、このVtuberブームというものが「何」に下支えされ普及していくのか?(もしくは形を変えていくのか?)という方に、私は興味があります。

バーチャル◯◯は「外見を持ったアカウント」

 2019年4月22日に、バーチャルマーケット3の発表会見として、メディア・協賛企業向けのパネルディスカッションを開催しました。
 バーチャルマーケットは仮想空間上での展示即売会であり、3Dモデルの展示が中心です。可愛いアバターやカッコいいアバター、武器、アクセサリなどが展示されるイベント……なのですが、見て下さいこのチラシ!

おじさんがいっぱい。おとなぱわーを感じる

 Vケットなのにこの絵面!ちょっと解説が必要ですねw

 バーチャルマーケットは、VR世界を豊かにする為に開催しています。あくまで軸足は私を含む「VRの民の豊かさ」にあるのですが、これをいかに現実世界にも広く知らしめて・この全く新しいVR文化圏に期待を持ってもらい・一緒に拡大してもらえるか、が非常に重要なポイントだと思っています。
 ここに美少女おじさんのフィオが出て行って「よーっす🎵バーチャルにおいでよ💕」と言っても、なかなか現実世界には伝わらない。
 ので、HIKKYの持つ法人ぱわぁや有識者の後押しを頂いて、現実世界を中心に生きる人たちにも伝わる表現(と後ろ盾)で伝えていく必要があるということですね。

「アバター文化」というと、VRの民にとっては慣れ親しんだ言葉で、あぁ、アバター着て生活することでしょ?みたいな感覚ですが、世の中的には全然よく分からないようです。
「アバターって何?」「着るって何?」「生活?」「VR?」みたいな。超ハイコンテクストというか、前提知識がとてもたくさん必要な文化なんですよね。

 そこで、こういう表現を使ってみました。

 アバター文化とは「外見を持ったアカウントを使う」こと

 facebookやtwitter等といったSNSの中で、私達は当たり前のようにアカウントを作って社会と繋がりを持っています。
 アバター文化は、このSNS文化の文脈の延長線上にあって、VRやARといった新しい技術によってアカウントが「アバター=外見」という要素を持ち始めた。という表現です。
 アカウントという言葉を使うと、日常的に使っているものだから、とても分かりやすくなる。
「facebookのアイコン何にしようかな?」と同じ感覚で、
「アバター何にしようかな?」と考えるようになるんですよ、と言えば、それなら「なるほどな」となりますよね。

 SNSは、物理の世界とはレイヤーが異なるだけで、もはや現実の一側面です。場合によっては、現実で面と向かって誰かと過ごす時間よりも、facebookやtwitterで過ごす時間の方が多いかもしれない。
 要はアバター文化もこれと同じで、VR空間は物理世界と重なり合って存在する現実の一側面で、FacebookではスマホだったものがVR機器なりに置き換わる(に過ぎない)ということです。

 これまでと少しだけ違うのは、VR等の技術を使うことで、アバターが「自分自身の体であるように感じられる」ことや、これまでのSNSでは文字や写真でしかなかったTLの友達が「目の前にいるように感じられる」ことなど。

 他にも、VR空間では面積が無限だったりとか、人の動作を含む空間そのものを録画することができたりとか、VR空間ならではの便利なことはたくさん考えられますが、ともかく、「アバター文化は今あるSNS文化の延長線上にあるんだ」と考えることで、遠い未来の夢物語だったはずのアレコレは俄に現実感を持ち始めます。

VtuberとVRの民に共通すること

 Vtuberは、「現実とは異なる姿を持ったYoutuber」で。
 VRの民は、「現実とは異なる姿を持ったVRSNSユーザー」です。
 SNS文化は、アカウントが外見を持つ方向へと、既に変化し始めているように感じます。

 Vtuberを始めて、VRChatを始めてみたら楽し過ぎて、Vtuberとしての活動を辞めた人をたくさん見てきました。
 逆に、VRChatを始めて、3D空間での動画撮影が面白いと感じ、Vtuberになる人もたくさんいます。
 Vtuberとは、その人が単に「動画を投稿する人かどうか」を識別する「アカウントの種別」になってきているのではないかと感じます。Vtuber(動画投稿者)であることよりも、まず先に「姿を持つアカウント」であることが先にある、というか。
 動画投稿に飽きたら、視聴者になっても良い。その外見やコミュニティに飽きたなら、アカウントを消して引退しても良い。アカウントの運用方法は様々です。それは、これまでのSNS文化の中でも起こってきたことです。

 Vtuber文化やVRの民の文化の根底にあるものはアバター文化であって、アバター文化はSNSの流れを汲むアカウント文化の発展形。

 全く新しい概念ではなくて、これまでも起こってきたことの延長線上にあるんだな、と思うと、なんだか地に足がついて安心するし、人にも伝えやすくなるな、と感じますね。

誰もが「外見」を持つ社会

 VR機器が軽量&安価になり。
 3Dモデリングが一般化され。
 モバイル回線がつよつよになって。
 段々と、誰しものアカウントに「外見」が付与されていく。それに伴い「外見」の活用場所である「空間」も(AR/VR問わず両方が)発達していくでしょう。
 そこには満員電車も無ければ、事故の危険もなく、本人が望めば幾通りものアカウントを切り替えて別の人間として多重生活を送ることもできます。現実に軸足をおいて生活することも、VR空間でアバターを纏って生活することも、どちらも選べるようになっていく。もちろん、VR空間だけで仕事をする人もどんどん出てくるでしょう。

 社会は、今の「物理」+「インターネット」な現実よりも、もう一歩先に進んで「いくつもの世界が重なり合った」現実に置き換わっていきます。世界は今よりももっともっと広くなりそう。

 アカウントが「外見」を持ち始める歴史の転換点の真っ只中に生きているという偶然は、とても幸せだし、刺激的です。生きている間に何回あるかも分からない、パラダイムシフトの瞬間に立ち会えているんじゃないかな。

 Vtuberブームと、VRブームの波の中を1年半ほど泳いでみて、私は今こう感じています。皆はどう?

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動く城のフィオ

夢は「バーチャルで生きていける世界を作りたい!」 Vtuber/VR市民/仮想空間イベント企画/VR法人HIKKY所属/妻子持ちの美少女おじさん 引きこもりだけど、VRでリモートワークしてます! ★バーチャル空間に可能性を感じている人、フォローしてね★

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