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液滴の周縁部が濃くなる現象について:コーヒーリング効果

はじめに

インクやコーヒーなどの色付きの水滴が乾燥するとき、リング状の乾燥痕が現れるのをご存知かと思います(写真)

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何もきれいな液滴形状でなくとも、つぶれた液滴でも、周縁部が濃くなります(写真)また、コーヒーに限らずとも、万年筆のインク筆記線の縁に、濃い色が現れることがあります。
このような現象は一般的に「コーヒーリング効果」と呼ばれ、実は科学的にも研究されている面白い現象なのです。この効果が初めて論文として報告されたのは1997年ですが[1]、それ以降も、例えばインクジェット液滴を均一に着滴させるため、あるいはある種のナノ微粒子を集積させる手段として研究されています。

原理

このコーヒーリング効果が生じる原理を考えます。

液滴が乾燥するとき、その形をよく観察すると、実は周縁部が動いていないことがわかります(図右)

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図  左:周縁部が動く 右:周縁部が動かない

液滴の外周部(コンタクトライン)は、基材の表面凹凸による摩擦や吸着のため、乾燥によって収縮しようとしても動くことができません(ピン留め効果)。
平滑なフッ素樹脂などの上ならば、図左のような収縮もできますが、紙などの一般的な平面であれば、ほとんどの場合、右のように周縁部はピン留めされます。

この状態で乾燥が進むとどうなるのでしょうか。
乾燥の際、蒸発率は通常、液滴の周縁部付近が最も高くなります。このために生じる濃度差、表面張力差が駆動力となり中心から周縁部に向かう液の流れが発生します。この流れに乗って、液体中のコロイド(=微粒子)は周縁部に輸送されていきます。端部まで到達したコロイドは液の流れと紙面に強く吸着する力のため動けなくなり、その動けなくなったコロイドの上にさらに後ろから来たコロイドが積層していきます。この堆積物により、液滴のコンタクトラインはますます動きにくくなり、堆積がさらに進展します。

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図 流れの発生

周縁部への粒子輸送は乾燥が終わるまで続くため、最終的にはリング状の乾燥痕跡が現れることになります。

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図 液滴の乾燥に伴うリング発生の全体図[2]

原理はこのようなものですが、せっかくなのでさらに細かく見ていきます。

研究例:粒子形状とリングの関係

乾燥初期の流動速度は比較的緩慢なので、コロイドはブラウン運動の影響も受けながらゆっくりと端部に積層されていき、比較的秩序だった積層体を形成します。
乾燥の後半になると、蒸発速度はほとんど変わりませんんが液滴の高さが低くなるので急激に流速が増します。(ラッシュアワー効果)このため、粒子がきれいに積層する間がなく、中心部から周縁部付近には、ランダムにならんだ粒子が残ることになります。[3]
また、最近の研究によれば、球形などの等方的形状の粒子は堆積しやすく、楕円形状などの異方的形状の粒子は堆積しにくい傾向があるようです。下のペンシルバニア大学の動画に、実際の粒子を顕微鏡観察した結果が出ていますので紹介します。(音あり、BGMが何かちょっと怖い)

紹介:The coffee ring effect -Intriguing microscopic video (Kurtis Sensenig, University of Pennsylvania)

The Coffee Ring Effect - Intriguing Microscopic Video

映像の説明
・球状の粒子は端部に集積しやすい
・楕円形の粒子は、粒子間の引力相互作用が強いため、液滴が縁に流される力に対抗できる
・界面活性剤を含む液は、楕円形の粒子でもコーヒーリング効果が復活する
・球状と楕円形を適度混合することで、均一な堆積物を得ることができる。

堆積のしやすさに粒子の形状が関係するのは想像ができますが、集積しない楕円形粒子の系に界面活性剤を添加するとまた集積するようになるのが面白いです。おそらく粒子が異方的だと疎に詰まった状態でも間に入った水の張力で安定化してしまうので密に堆積しにくいところ、表面張力を落とすと粒子間の水分の張力も無くなって、粒子間に働く張力が弱まり、密に配向できるようになるものと思われます。こういうことが明らかになるほど、液滴を均一に乾かすようにできるので、実はかなり有用な情報だったりします。

このような研究から明らかになった、リングを抑制する方法は下記のようなものです。[3,4,5]
・粒子の形状を変更する
・形状の異なる粒子を混合する
・粒子の表面を改質する。
①静電反発:粒子の表面にイオン性の化合物で電荷を与え、その静電反発により粒子同士を凝集しにくくする
②立体障害:粒子の表面を高分子で被覆し、その立体障害によって粒子同士が接触しないようにする
・界面活性剤の添加による表面張力の制御(ただし界面活性剤が存在するとリングが発生することも)
・低沸点溶媒と高沸点溶媒の組み合わせによる蒸発速度の制御
・セルロースナノファイバーの分散
・紙面の凹凸を大きくする(まっすぐに流動できないくらい)

まとめ

◉ インクなどのリング状乾燥痕は、コーヒーリング効果によるもの
◉ コーヒーリング効果は、コロイドを含む溶液で生じるが、蒸発速度や粒子形状、表面張力の調整で制御することができる。

コーヒーの染みやインクの液だまりを眺めるとき、このような現象が起きていることを思い出してもらえればと思います。


参考文献

[1] Robert D. Deegan, Olgica Bakajin, Todd F. Dupont, Greb Huber, Sidney R. Nagel & Thomas A. Witten "Capillary flow as the cause of ring stains from dried liquid drops" Nature 389, 827–829(1997)

[2] RonaldG. Larson "Twenty years of drying droplets" Nature 550, 466-467 (2017)

[3] Marín ÁG, Gelderblom H, Lohse D, et al. . "Order-to-disorder transition in ring-shaped colloidal stains." Phys Rev Lett. 2011;107:085502.

[4] de Gans, Berend-Jan; Schubert, Ulrich S. (2004). “Inkjet Printing of Well-Defined Polymer Dots and Arrays”. Langmuir 20 (18): 7789–7793. doi:10.1021/la049469o

[5] Ooi, Yuto; Hanasaki, Itsuo; Mizumura, Daiki; Matsuda, Yu (2017). “Suppressing the coffee-ring effect of colloidal droplets by dispersed cellulose nanofibers”. Science and Technology of Advanced Materials 18 (1): 316–324. doi:10.1080/14686996.2017.1314776


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