パソコン

昔は一家に1台パソコンがあるのはレアで、初めて触れたのは母親の知人の家だった。パソコンなんてハイテクな物、そんなモン私も触ってみたい。でもインターネットで何をするのが正解かわからない。
ていうか正解なんてない。

当時、インターネットといえば電車男、電車男といえば2ちゃんねるということで2ちゃんねるを開き、自分の好きな漫画作品のスレッドを見つけ、ワクワクしながら開くと見事に私の好きな作品はぶっ叩かれていた。

こんなもの好きなやつはセンスが悪い」と書かれた文字を見て、自分を否定された気持ちになり、呼吸が急激に浅くなった。スーッと背骨を沿うように寒気が走り、手の先っぽが冷えてくる。血が巡らず、脳に酸素が回らない。頭の中で「センスが悪い」という文字のファンファーレがなり続け、動悸がする。

ブラクラよりグロ画像より「センスが悪い」という文字の破壊力はとてつもなく、そこからは「ネットを見よう!」なんて気持ちには数年なれなかった。みんなが「もなちゃと」や「おもしろフラッシュ倉庫」で楽しむ中、「センスとは…」とセンスの亡霊になり、手始めに一般的に流行っているものではなく、他の人が見ていないであろうものを見漁るようになった。

という感じに私にとってインターネットはイヤ〜なものだった。

そんなインターネットとまた巡り合うのは高校生になってケータイを持ったとき。ブログやmixiが流行り、自分でも何か書いて投稿することにした。日記を書くと知らない誰かからコメントがつく。アニメの感想ブログを書くと知らない人が共感してくれる。このゆるい交流が面白く、同級生にバレないように友達の話や日々の中で起こった面白いことを書いて楽しんでいたら、はてなブックマークに取り上げられ「これ平沢じゃない?」と友人に聞かれて焦ってブログを消したこともあった。
知らない誰かとゆるく繋がれて、何が起こるか分からないインターネットで遊ぶのはとにかく面白かった。

高校卒業後、営業の仕事に決まってしまった私は焦っていた。
そもそもこの求人「パソコン入力」と書いていた。詐欺だ。嘘つきだ。なんで営業?真逆じゃないか。

他人と話すのがとにかく苦手で、とにかく嫌だった。
でも仕事は決まってしまいやるしかない。
どうすれば……。

あ!インターネットで練習すれば良いんだ!
「仕事で『パソコン入力』をするから!」と意味不明な理由で母親に無理やり買わせた3万円のパソコンでチャットルームを急いで探す。
声を出して会話するのは怖い。まずは文字からだ。
なんとも遠回りな矯正が始まった。

最初に思い浮かんだのは、昔友人たちが遊んでいた「もなちゃと」。
アスキーアートのキャラクターを使って会話ができるという可愛らしいチャット、かと思えば全くそんなことはなく、このチャットにいる奴らはメチャクチャ口が悪い。
チャットルームに入ってなんて送ろうか迷っていると

「おいしゃべれよ」
「だんまりか」
「あいさつしろー」
「ダセーなまえ」
「なんだお前」
「こんにちはも言えんのか」

など、色んな人からどんどん文字が流れてくる。
めっちゃ怖い。2ちゃんねるで「センスが悪い」と言われた時のことがフラッシュバックする。すぐさま退散。
たくさんいるところは無理。1対1で会話できるところがいい。
ほどなくして2ショットチャットに辿りついた。

この2ショットチャット、サシで楽しく会話……というよりチャットエッチをするようなところで、とにかくいかがわしいサイトだった。
「好きな音楽の話をしましょう」と書き込むと「そんなことよりおじさんがするところ見てて」とか「お嬢さんも一緒に楽しみましょう」とかまともに会話ができる人間はいなかった。まともに返事が返ってこないのであれば、私もまともに返さなくてもいい。そう思うと気が楽になって気軽に文字で会話ができるようになった。
会話に間違いもないし、間違っても大丈夫。なぜならどんな人間も大したことを話したりしていないから。欲と欲だけで繋がる文字のコミュニケーションが当時の自分には心地よく、ちょうど良かった。

なかでも忘れられないのはパンツ批評おじさん。
「俺に毎日1枚パンツの写真を送ってくれ、倍にして返す」とチャットで懇願され「倍ってなんだ」と興味が湧いてしまったのでメールアドレスを交換し、そこら辺で拾ったパンツの画像を毎日送ることにした。

おじさんは「このパンツはステッチが初夏の海岸線のようだ」とか「レースが何もまだ何も知らない少女を演出していて素敵ですね」などパンツから得た何かをポエムに昇華して毎回長文で提出してくれた。

初めのうちはこのバカバカしさに救われ、元気をもらっていたが、要求がどんどんエスカレートし始めた。初めのパンツを懇願していた謙虚な姿はもう存在せず「もっとこういう角度で」とか「〇〇色のパンツは無いのか」とかいちいちうるさい。こっちは善意でパンツを提供してやっているのに何だコイツはという気分になり、パンツ画像を探すのも面倒になったので放置していると「お前の家を特定したぞ」「家族全員にバラしてやるからな」「早くパンツを送れ!」と脅迫文が届くようになった。
そんなのお前の方が社会的に終わるぞ……。と内心ビビりながらアドレスをブロック。家に来ちゃわないかヒヤヒヤしていたが、結局パンツおじさんが家に来ることも、私の周りにバラすこともなく交流は無くなった。

肝心な他人との会話だが、こんなヘンテコリンな文字のやり取りでは、とうてい上手くなるはずもなく、その後は覚悟を決めて知らない他人とスカイプで通話をたくさんすることで性格矯正に成功した……と思う。
未だに新しい出会いは緊張するし、知らない人との会話も緊張するのでお酒を入れないと話せないことも多い。多分昔よりちょっとだけマシになったくらい。

それでもパソコンが、インターネットがあったおかげで助かった。
友達も出来たし、恋人も出来た。何なら今の仕事もインターネットが無いと出来ない仕事だ。全てを手に入れたと言っても過言じゃ無い。
助けてくれてありがとうインターネット。
またこういう変なインターネットに出会いたいがなかなか見つからない。
ChatGPTで画像を無限に生成するくらいしか面白いことがない。
これは生成した中でも気に入っている「カニの宗教画」です。
お納めください。


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