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あとがき

(本作は2,442文字、読了におよそ4〜6分ほどいただきます)


「衝撃のtableau(タブロー)」というタイトルに惹かれて本書を手に取り、果たして本当に読む価値があるのかどうか探りを入れるべく、まさに今、このあとがきを立ち読みしているあなた! そうです、そこのあなたです! 既に読み終えた私から言えることはただ一つ、絶対に読むべきです!

 鬼才、岩田正道による本書「衝撃のtableau(タブロー)」は、そのタイトルに嘘偽りはなく、稀代の名作に仲間入りした著者最高傑作と言えるでしょう。
 本書は、ひとたび読み始めてしまうと、好奇心旺盛なあなたにジワジワと混乱と欲求不満のボディブローを浴びせることになります。その覚悟さえあれば、あとは突き進むのみ!
 しかし、その蓄積が飽和に近付き、残りページ数が心許なくなっても、ミステリはなかなか解決の糸口さえ掴めません。それどころか、ますます複雑な新事実が浮かび上がり、犯人の目星は遠のくばかりです。いや、ひょっとしてこのまま何も解明されずに終わる「オープンエンド」ってやつなのか? と気不味い予感が徐々に脳裏を支配する程です。
 ミステリにスッキリ感を求めたい読者にとっては、このまま終わってしまうと、何とも言えないモヤモヤが残るでしょう。なのに、まさにそういう結末に近付いていく気配が色濃くなってくるのです。
 そして、ついに最後のページに突入しても期待した展開はなく、あぁ、やっぱりわざと有耶無耶に終わらせ、後は自分で考えろというフランス映画的な結末なのか……と諦めかけたまさにその時、ラスト数行で衝撃的なドンデン返しが用意されており、見事に騙されていたことに気付かされるのです。
 その時の爽快感は、積もりに積もったモヤモヤを一気に吹き飛ばすだけでなく、清々しく晴れやかな気分に浸れる読者限定の特権と言えるでしょう。

 物語は、主人公の美大生、柳瀬裕美の一人称で綴られます。裕美の周囲で次々に起きる不可解な連続殺人事件。いつしか裕美も事件に巻き込まれ、自ら事件の解明に挑みます。基本的には、一昔前の赤川三郎の「黒猫ホームズシリーズ」や「亡霊シリーズ」を彷彿させるような、キャッチーな物語と言えるでしょう。
 ワトソン役は、裕美の恋人である美大の先輩翔太。典型的な天然派と思いきや、時々見せる鋭い閃きは、ワトソン役でありながらもホームズを彷彿させます。でも、基本的には天然キャラ。翔太のほのぼのとしたユーモアと、裕美との微笑ましいやり取りは、しばし、殺伐としたミステリであることを忘れさせてくれます。
 しかし、その間にも、確実に裕美に事件は忍び寄っているのです。翔太に助けられつつも、次々と湧き上がる謎に翻弄される裕美。絡み合う複雑な時系列は、謎の解明に手が届きそうで届かない歯痒さを読者に与えます。
 少しずつ解きほぐされているかと思いきや、ますます深みにはまっていく難解なトリック——そして、犯人はついに翔太にも触手を伸ばします。
 遺された謎のダイイングメッセージの解読に挑む裕美……そして、いよいよ浮かび上がる、予想すら出来ない意外過ぎる犯人とは——。

 本書は、良くも悪くも、フィニッシング・ストロークを重視した、伝統的なミステリ小説と言えるでしょう。しかし、読者を物語に引き込むスピーディな展開や魅力的なキャラクタの設定、女子大生の一人称による進行など、既存のミステリ小説とは明らかに一線を画しており、キャンパスライフを舞台にした青春群像劇としても十分に楽しめる仕上がりとなっております。
 また、一般人にはあまり馴染みがないであろう美術大学が主な舞台となっており、その詳細で興味深い描写や専門用具による演出は、美大出身の岩田氏ならではの個性と言えるでしょう。
 実際、岩田氏はデビュー作の「キャンパスの滲み」をはじめ、「色彩の正弦波」「ラファエロの羽」といった代表作で、既に美術をモチーフにしたミステリを確立しており、この分野では、原田アハと並ぶ高い評価を得ていることは周知の通りです。
 言うまでもなく、本作もこの流れを汲む「美術ミステリ」に当てはまるでしょう。いや、本作により、氏は新たなページを切り拓いたと言えるかもしれません。

 そして、タイトルが示す通り、想像を越えた衝撃の結末。
 世に沢山ある、秀逸なフィニッシング・ストロークを味わえる作品の中でも、ラストの僅か数行での大ドンデン返しと言えば、乾みるくの名著「イマジネーション・ラブ」が有名でしょう。しかし、本書「衝撃のtableau(タブロー)」も全く引けを取りません。そして、「イマジネーション・ラブ」がそうであるように、本書も結末を知ると、必ずもう一度読み返したくなるのです。
 そう、結末を知ってから再読すると、新たな楽しみが生まれるのです。その大胆で斬新な叙述トリックに感心し、何故気付かなかったかと悔やんでしまいます。
 逆に言えば、全てが叙述トリックだと気付きさえすれば、犯人が裕美であることは容易に分かったのかもしれません。しかし、そこから巧みに目を逸らさせる岩田氏のテクニックには、脱帽するしかないのです。
 ともあれ、最後の最後になって、主人公で物語の語り口でもある柳瀬裕美が犯人だと分かった時、そのインパクトは計り知れないものがあります。同時に、そこに必然性すら芽生え、あらゆる謎の整合性にも齟齬がなく、まさに、「衝撃の結末」をもって完成品(tableau)と為すのです。そう、全ては犯人が語っていたのです!

 それでも、まだ本書の購入を躊躇っている往生際の悪いあなた!
 もし、賢明な決断を下し本書を購入した暁には、間違いなく夢中で一気に読み切ってしまうでしょうし、最後にはミステリー小説ならではの心地良い快感があなたを待っています。
 更には、必ず再読したくなることも保証します。つまり、一冊で二度楽しめることも、本書の最大の魅力なのです!

 最後に、本書「衝撃のtableau(タブロー)」は「衝撃の結末」を知らない人だけが楽しめる、人生一回切りの特権ですよ! 何処かで、結末の噂を耳にしてしまう前に、是非、ご購入を!