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予言者 | 第1話 | 青い服の女

「あのお姉さん、なにか悲しいことがあったみたいだよ」

「えっ?どの人?あのお姉さん?」

「そうそう、あの青い服に、青いヘアバンドしてるお姉さんだよ」

「どうしてそう思うの?あんなにニコニコしているじゃないの」

「どうしてって言われると困るんだけど、僕には見えちゃうんだよ」

「見えちゃうって何が?」

「今までにお姉さんを襲った出来事のすべてだけど」

「すべてって!気のせいなんじゃないの?『すべて』なんて見えるはずがないじゃない?見ず知らずの人のことなんて、5分前さえ何をしてたのなんかわからないでしょ、ふつう…」

「いや、僕には『ふつう』すべてのことが見えちゃうんだ」


 僕にはその人の過去がすべて見える。どのように見えるのかというと、たとえて言うならば、1枚の絵のように見えると言ったらよいだろうか?

 その人の過去が、僕の脳内のスクリーンに1枚の絵として映し出される。日付までは書いていないが、僕の見た人物のこれまでに過ごしてきた1日1日の表情か、スマホのフォトギャラリーのように並ぶ。
 そして、気になった1日の表情が映ったコマを頭の中の指でタップすると、今度はその選んだ日の24時間の表情が僕の脳内スクリーンに現れる。さらに詳しく調べたければ、気になった1時間にタップすれば、さらに「分刻み」の表情が現れる。
このようなタップを繰り返せば、ある一瞬の表情まで、僕の脳内スクリーンに映し出すことが可能なのだ。


 いつからこのような能力を僕がもつことになったのは、幼稚園にあがるちょうど前日に、頭を強打したときだ。

 その当時、僕は坂の多い町に住んでいた。丘を登った上のほうに僕の家はあった。そして、僕の家の脇の道の階段をのぼった先に、神社があった。
 社務所があったが、前の年に神主さんがいなくなってからは、誰も駐在していなかった。
 鍵もかかっていなかったから、誰でも自由に社務所の中に入ることができた。といっても、そんなに人の多い町ではなかったこら、実質的に僕しか中に入る人はいなかった。

 その日僕は、いつものように、母の目を盗んでこっそり家を出て、階段をのぼり、社務所に入って、部屋の中に置き去りになっていたマンガを読みに出掛けた。
 中に入ったら、いつもと違って、奥の部屋で、誰かが誰かと話している声が聞こえてきた。ひそひそ話だったから、話の内容までは分からなかったけれど、どうやら男一人と女一人が何やら話していることが分かった。

「で、こいつの始末、どうしようか?」

「どうしようかって言われたって、どっかに棄てにいくしかないでしょ?」

「棄てるっていってもなぁ。いくら人が少ないからって、さすがに人間ひとりを担いで坂を下りていったら、絶対誰かの目に触れてしまうじゃないか」


 「棄てるって何を?」
 さいわい二人はまだ僕がここにいることに気がついていない。僕はじっとその場で息を殺しながら、二人の会話を聞きつづけることにした。


「だいたいコイツが悪いんだ。賽銭箱から少しカネをくすねたくらいで血相を変えてさ」

「そうよねぇ。100円、200円くすねたくらいで、怒鳴りちらすんだから」

「だろ?そんなに悪いことしていだろ?庭掃除用の箒を振り回して、いきなり殴りかかってくるんだから。神主と聞いて呆れちゃうよな」

「そう、あなたは悪くない。あの状況ではやり返すしかなかったわ」


 忽然と姿を消した神主さんの行方は、いまだに誰も知らない。ひょっととして、この二人が?
 だいたい、もしも神主さんがここで殺されたなら、わざわざ殺害現場にやってきて、こんな話をするバカな犯人なんているだろうか?

 でも本当にあの二人が神主さんを殺害したのなら、ここにいる僕の身も危ない。
 二人の会話をここで聞き続けたいという四分の心と、今すぐここから逃げなければという六分の心に僕は支配された。

「逃げよう!」

 逃げることを決心して、出口に向かっていったとき、僕はなにかにつまずいて、コケてしまった。自分でもビックリするくらい「ガタン」という音が辺りに響き渡った。


「誰かいるのか?」
男の声が聞こえた。僕の心はこの時、恐怖一色になった。

「あっ、子どもがいる。あの子も始末しないと」
女の声も聞こえた。


 僕は一目散に逃げた。追いつかれたらおしまいだ。社務所を出て、坂をかけ降りようとしたとき、男に追い付かれ、僕は背中を思い切り押された。それ以降の記憶は途切れている。


 意識が回復したとき、僕は病院のベッドにいた。僕は殺されずに済んだことにホッとした。たぶん背中を押されて、僕は坂を転げ落ち、意識を失ったのだろう。

「あっ、ボク、気がついた?体は痛くない?」
看護婦さんが尋ねた。

「大丈夫。痛いけど痛くない」と僕は応えた。

「気をつけなくちゃダメよ。あそこの坂は急だからね」

「犯人は捕まったの?」

「犯人?あの場所にボク以外に誰かいたの?ひとりだったんでしょ?」

「いいえ。男の人と女の人がいて、神主さんを殺したことを話していて。それで僕は怖くなって逃げ出したんです。でも追い付かれちゃって、背中を押されて」

「変ねぇ、そういう話はお姉さんは聞いてないな。頭を強くうったから、変な夢を見たのかもしれないわね」

「いいえ、僕は確かに、二人が話をしているのを聞いたんです」

「そっかぁ。君が坂から転げ落ちるのを見ていた人の話では、階段の途中でつまずいて、転がり落ちたって話なんだけど。とりあえず、今すぐ君のお母さんに連絡するね。君の服を取りに、今おうちに着いただろうから」


 しばらくして、お母さんが病院にやってきた。病室に来て、僕が元気でいる様子を見て、とても喜んでいた。

「心配したよ~。全然、お母さんの呼び掛けにも返事がないから、このまま死んじゃうんじゃないかって。でも、まあ、本当によかった」

 こっそり神社に出掛けていったから、すごく怒られるんじゃないかと思っていたが、ことのほか、お母さんの対応は優しかった。

「でも、ユウキ。今度から神社に遊びに行くときは、お母さんと一緒に行こう。今回みたいにケガしたら、心配するから」

「僕がケガしたんじゃないよ。ケガさせられたの。背中を押されて、階段から落ちたの」

「そこは譲らないのね、ユウキ。階段から滑って落ちちゃったのは恥ずかしいのかもしれないけど、人のせいにするのは良くないわ。今度から気をつければそれでいいのよ」

 どうやら、僕のお母さんも、僕の言うことを信じていないらしい。仕方ないか。見ていた人の話では、僕が僕自身の不注意で階段から落ちたみたいだから。


 僕は翌日、自分の家に帰った。もちろんまだ完全に治ったわけではなかったが、とりあえず安静にしていれば、特に心配する必要はないらしかった。お母さんは心配性だから、ずっと僕の側にいるのが少し鬱陶しかったけれども、僕はしばらく神社には行かないことにした。


「ねぇ、ユウキ、聞いてもいいかしら」

「なにを?」

「何でいつもユウキは、お母さんに黙って、あの神社に行くのかってことよ」

「怒らない?」

「怒らないつもり。だけど、怒られるようなことやってたの?」

「少し怒られるかもしれない。でも怒らないでね」

「少し怒るかもしれないけど、怒らないつもり。教えて」

「あの神社をのぼっていくと、社務所があるでしょ?その社務所の中に、面白いマンガの本がたくさんあって。悪いかな、とは思ってだけど、誰もいないからいつも中に入ってマンガを読んでたの」

 こう僕が言ったとき、お母さんの顔が歪んだ。「怒られる」と思った。神社とは言え、人の家に入ることが悪いことくらい僕は知っていたから。
 しかし、お母さんの返事は、僕の予想とは全く違った返事だった。


「変ねぇ。あの神社に、今は社務所なんてないんだけど。いつだか忘れたけれど、もう何年も前に取り壊されたはずよ。たしか、ユウキが生まれる前だったわ」

「お母さん、何言ってるの?僕がウソ言ってると思ってるの?」

「お母さんは本当のことを言っただけ。お母さんは、あの神社にはもうずっと行ってないの。ユウキくらいの足の大きさだったら、あの神社の階段をのぼるのは簡単かもしれないけど、大人の足の大きさでは狭すぎて恐いのよ」

「ずっと行ってないんじゃ、今どうなってるかなんて分からないんじゃない?」

「そうかもしれないけど、社務所が壊されたあと、また、新しい社務所を作ったなんて話は聞いたことがないわ。お母さんはずっとここに住んでるんだから間違いないわ」

「じゃあ、今度、僕と一緒に神社に行ってみない?だって僕は怪我する前は、ずっと通ってたんだから」

「ユウキはいつも一人で神社に行っていたの?お友達と一緒に行ったことはある?」

「ないよ。だって何だか知らないけど、あの神社のことはみんな恐がってるから」

 しばらく沈黙がつづいた。そのあと、お母さんは静かに言った。

「実はね、あの神社の社務所が壊されたのはね、殺人事件があったからなの」

「殺人事件?」

「そう、殺人事件」

「もしかして、殺されたのは神主さんなの?」

「そうよ」

「もしかして、神主さんを殺したのは、男の人と女の人のカップルだったりするの?」

「そうよ、だから…」

「僕が見たのはもしかして、タイムスリップした殺人事件の現場だったのかな?」

「まさかとは思うけど、お母さんの知る限り、犯人はアベックだった。今の言葉だと、カップルね」

「ひょっとして、殺した原因は、お賽銭を盗んでいるところを神主さんに見つかって、箒で叩かれたから、とか…」

ここでお母さんの目が大きく見開いた。

「そうよ…驚いたわ。ユウキは本当にタイムスリップして、現場を見てしまったのかもしれないわね」


「でも、過去と現在がつながって、混在するなんてことが本当にあるのかしら?まだ、ちょっと信じられないなぁ」

「僕にもそれは分からない。でも、僕は現に犯人を目撃したのだし、実際に坂から突き落とされているから…」

「お母さんとして、ユウキの言うことは信じたいんだけど」
そこまでお母さんが言ったとき、ハッと思い出したように言葉を更につづけた。

「そういえば、ユウキが神社に行っていたのは、マンガを読むためって言ってたわね。どんなマンガだったの?今流行ってるマンガ?それとも古いマンガ?」

「僕がよく見てたのは、『キン肉マン』っていうマンガだった。キン肉マンといつも一緒にいるミート君っていう子がバラバラにされて、制限時間内に助けないと死んじゃうみたいな話を読んでた」

「今でも知っている人は多いけど、昭和の最後の頃に流行ったマンガだわ」

「へぇ、そうなんだね。悪魔超人のバッファローマンとスプリングマンと、キン肉マンとモンゴルマンがタッグを組んで戦ってて。もう間に合わないと思った瞬間に、バッファローマンが改心して、自分の角を折って、ミート君の頭を取り出して事なきを得たみたいな」

「そうかぁ。やっぱり。もしかしたら、ユウキの言っていることは本当かもしれない。だって神主さんが殺されたのは、昭和50年代だったから、時期的には『キン肉マン』が流行っていた頃だから」

「信じてくれる?僕の話を…」

「わかった。信じる前に、お母さんもついていくから、一緒に神社に行ってみよう。ちょっと恐いけど、ユウキの言うこと、ウソだとは思えないから」


 ひとしきりの時間が過ぎた。僕のケガが完全に治った。お母さんと一緒に、久しぶりに神社に行くことになった。

「やっぱりこの階段はのぼりづらわね。足元が狭くて。ユウキの足はまだ小さいからいいけれど。それにしても、なんでもっと歩きやすい階段を作らなかったのかしら?」

「あんまりたくさんの人に来てもらいたくなかったのかもしれないね」

「なんで?」

「なんでって言われても。神社の神様のお告げかなにかなんじゃないの?」

 なんやかんや言いながらも、ついに上までやって来た。
 
「で、ユウキが言った社務所はどこにあるのかしら?」

 どこって左側にあるはず。

 しかし、そこには何もなかった。


「ユウキ、なにもないわね」

「おかしいなぁ。いつもここにある社務所に来ていたのに」

「二人で一緒に来ると、見えなくなるのかもしれないわね」

「そうなことってあるの?」

「わからない。でも、ユウキの心の中に現れるなにか、なのかもしれないわ」

 それ以来、僕の目の前に、社務所は現れなくなった。僕を突き落とした犯人の姿も…
 しかし、不思議な能力が僕に身についたのは、この日からだった。


青い服を着たお姉さん


 茹だるようなある夏の日、僕は付き合い始めたばかりの彼女と一緒に映画を見に行った。
 映画はとても楽しかった。まるで僕たちのことを描いたかのような、青春映画だった。
 「あの場面がよかったね」とか「自分があのヒロインだったらどうする?」みたいな話をしながら二人で街中を歩いていたときだった。

 そのとき、そばに彼女がいるにもかかわらず、僕の目は遠くに見えた青い服を着たお姉さんに釘付けになった。とても美しい。不覚にも、彼女との会話を忘れて、じっと眺めてしまった。

「ねぇ、ユウキ、聞いてるの?私の話」

 その言葉に驚いて僕は彼女の顔を見た。

「えっと、あのヒロインのことだよね」

 適当に話を合わせようとしたが、どうやら会話が噛み合っていなかったらしい。

「私の話、聞いていなかったでしょ?それより、さっきから遠くにいる誰かのことをずっと見てたでしょ?知り合い?それともユウキのタイプの女?」

「いや、そんなんじゃないんだ。ただ、あの人の過去が見えた気がしたんだ」

「知り合いでもないのに、人の過去なんて分かるのかしら」

「あのお姉さん、なにか悲しいことがあったみたいだよ」

「えっ?どの人?あのお姉さん?」

「そうそう、あの青い服に、青いヘアバンドしてるお姉さんだよ」

「どうしてそう思うの?あんなにニコニコしているじゃないの」

「どうしてって言われると困るんだけど、僕には見えちゃうんだよ」

「見えちゃうって何が?」

「今までにお姉さんを襲った出来事のすべてだけど」

「すべてって!気のせいなんじゃないの?『すべて』なんて見えるはずがないじゃない?見ず知らずの人のことなんて、5分前さえ何をしてたのなんかわからないでしょ、ふつう…」

「いや、僕には『ふつう』すべてのことが見えちゃうんだ」

「へぇ、なんか面白そうね。じゃあ、あのお姉さんの過去の話を聞かせてよ」

 僕は青い服のお姉さんをじっと見た。さっきは漠然と過去がわかったような気がしたが、もっと詳細に探るべく、遠くにいるお姉さんの瞳を見つめた。


 しばらくすると、僕の脳内に、今朝、お姉さんがとった行動が見え始めた。ベッドで目を覚ましたお姉さんは、白の下着で寝ていたらしい。

 下着のまま、トースターにパンを入れて、冷蔵庫から牛乳を出し、グラスに注いで飲んだ。
 そのあと、焼き上がったパンに、マーガリンとイチゴジャムをのせて、そそくさと食べ始めた。


「で、ユウキ、何が見えたの?」

「あのお姉さんのブラとパンティは白で、今朝、牛乳を飲んで、食パン1枚を食べた」

「あははは、それって普通と言えば普通ね。私でも当てられそう」

「お姉さんの右胸に、蝶々のタトゥーがあることは分かる?」

「今、初めて聞いた。ここからじゃさすがにそこまで見えないね。面白そうじゃない?近くに行って確かめてみようか?」

「絶対にある。僕には見えた」

「私には言えないから、一緒に行こう!」

 僕は乗り気ではなかったが、ウソをついていると思われるのも癪だから、アカネの言う通り、青い服のお姉さんに近づくことにした。


 お姉さんさんの歩みは、すごくゆっくりたったから、僕たちはすぐにお姉さんに追い付いた。今、目と鼻の先にお姉さんがいる。

「ユウキ、さっき右胸に蝶々のタトゥーがあるって言ったよね。どうやって確かめればいい?」

「どうって見るしかないけど、見ず知らずの人に頼まれたって見せてくれるかな?」

「どうせ知らない人なんでしょ?変に思われたって、直接本人に聞くしかないかな?」

「確かめてどうするの?」

「どうもしないよ。だけど、ユウキがウソを言っていないか確かめたいだけ。私、確かめてくる」

「怒られても知らないよ」

 ニコッと笑ってから、アカネは青い服のお姉さんに近寄って行った。僕も仕方なくついて行った。


「あの~すみません。私たち、街行く人にちょっとアンケートしているんてすが、少し時間をいただいてもいいですか?」

 青い服のお姉さんは、少し驚いた表情を見せたが、首を縦にふった。

 アカネは当たり障りのないことを質問したあと、「失礼ですが、タトゥーを入れた経験はありますか?」と尋ねた。

「えっ?!」

「もしかして、右胸を掘っていますか?」

 しばらく沈黙がつづいた。アカネはとうとう核心の質問をした。

「右胸に蝶々の彫り物をしていらっしゃいますか?」

 青い服のお姉さんは、答えた。
「はい、3年前に蝶の模様を刻みました」

 僕たちは軽く会釈をして、お姉さんに礼を言った。さすがに「見せてください」とまでは言えなかったが、僕がウソをついていないことは、アカネに理解してもらえたようだ。


「驚いた。ホントにユウキには、人の過去を読む力があるんだね」アカネは本当に感心したようだった。

「信じてもらえた?」

「信じるしかないよね。右胸に蝶々を彫る人なんて滅多にいるものじゃないわ。実際に見たか、透視力のある人にしかできない」

「透視ではないよ。その人の過去の場面が見えるだけだ」

「その力って、どんな人の過去でも探ることができるの?」

「それが、限られた人の過去しか探れないんだ。自分で選ぶことはできないんだ」

「今までに何人くらいの過去が見えたの?」

「数えたわけじゃないけど、200人から300人くらい。1ヶ月に1人か2人くらい」

「そんなに頻繁に見えるってわけじゃないのね。なにか今までに見えた人に共通点はあるの?」

「たまたまかもしれないけど、見えたのは今のところすべて女性」

「男の人は1人もいないの?」

 僕はそこで今までに過去が見えた人を思い出してみた。今、僕は少しウソをついた。過去が見えた男は1人だけいる。そう、最初に過去が見えたのは、神社の神主を殺したあの犯人だ。しかし、今となっては、僕が見たものは、遠い記憶の中で、錯覚だったのかもしれないと思い始めている。


「ねぇ、ユウキ。ユウキが過去を見ることができる女性って、なにか共通点はあるのかしら。それともたまたまなのかしら。肝心な彼女のことは探れないのは、宝の持ち腐れのような気もするんだけど」

 アカネは少し拗ねたように言った。そりゃそうだ。赤の他人の過去は覗けるのに、彼女の、アカネの過去は探れないのだから。 

「そういえばさっきの青の服を着たお姉さん。なにか悲しいことがあったみたいって言ってたけど、なにがあったの?まだ聞いてなかったわね」

「ちょっと待って!なんとなく、悲しげな雰囲気を感じとっただけで、まだ詳しく過去を探ったわけじゃないんだ」

「そう。じゃあ、私の過去を探る代わりに、お姉さんの過去を探ってみてよ」

 皮肉にも似た、とてもトゲのある言い方だったが仕方ない。それはともかく僕は青い服のお姉さんの過去を少しずつ遡ることにした。


 悲しい出来事はなんだったのか?いつ頃の話のだろうか?
 とりあえず2、3日前に遡ってみた。


 さっきと同じような光景が脳裏に浮かぶ。白い下着を身につけてベッドに寝ている。牛乳をグラスに入れて一杯飲んで、ジャムとマーガリンのパンを食べている。しかし、その表情はどこかしら暗い。
 お姉さんの視線は、テーブルの上の、なにか手紙のようなものに注がれている。あれはいったいなんだろう?

「ユウキ、なにか見えた?」

「見えた。お姉さんは、なにか手紙のようなものを見ながら、暗い表情を浮かべてた」

「その手紙にはなにが書いてあったの?」

「ごめん、そこまでは。人の過去は探れても、『モノ』の中身まで見ることはできないんだ」

「じゃあ、さらに遡って過去を探ることはできる?」

「あぁ、それならできる」

「手紙は古い?それとも新しかった?」

「どうだろう?よくわからないな」

「そういえば、あのお姉さんが右胸に蝶のタトゥーを入れたのは、3年前って言っていたわね。3年前あたりを集中的に探れば、なにか見えるかもしれない」

「時間はかかるかもしれないけど、3年前の今頃の様子を1日ごとに探ってみるよ。ごめんね。アカネのこと、そっちのけで」

「気にしないで。私もなんか興味が湧いてきた。ただ、ユウキのとなりで待つことしかできないけれど」



 僕は頭の中に映し出される、青い服のお姉さんの3年前の画像を脳内の指でタップしてみた。

 するとお姉さんのとなりに、ニコニコと微笑む男性がいた。

「カナコ、君はオレの彼女なのかな?」

「コウセイの彼女の定義は?」

「そう改めて聞かれるとアレだけど、お互いに相手のことが一番好きな異性ってことかな?」

「一番じゃないとダメなの?」

「そりゃあ、そうでしょ。他にもっと好きな男がいるなら、付き合っていても、彼とか彼女とか言っちゃいけないんじゃない?」

「コウセイってそういうところ、真面目だよね。もし、、、もしもの話だけど、一番好きな人がもう死んでしまっていて、生きている人の中では一番好き、っていうのはどうかな?」

「それって、どういう意味かな?例えばの話だけど、カナコの一番好きな男はすでに死んでしまっていて、生きている男の中ではオレのことが一番好き、みたいな」

「そうね。私が言ったのはそういう意味」

「カナコはオレのこと、生きてる男の中では一番好きか?」

「ええ、それは間違いないわ」

「じゃあ、死んだ男も含めたらどうなの?」

 カナコはここで黙り込んでしまった。

「一番好きな人が死んでしまったという経験があるんだね」

 ずっと黙り込んでいたが、カナコはわっと泣き崩れた。

「ごめん、悲しいことを思い出させてしまったね」

「い、いいの。でも、その男の子のことが本当に好きだったから。今でも思い出すと胸が張り裂けそうになる」


 ここで、急にカナコさんとコウセイという男の姿が僕の脳内スクリーンから消えた。

「ユウキ、どうだったの?青い服のお姉さんのこと、なにかわかった?」

「う、うん。あのお姉さんの名前はカナコさん。そして、3年前交際、正確に言えばまだ交際していたのかどうかわからないけど、コウセイという名の男と一緒にいて」

「一緒にいてどうしたの?」

「コウセイさんからカナコさんが『彼女』なのかどうか聞かれてた」

「それで、カナコさんは、なんて答えたの?」

「生きている男の中では、一番コウセイさんのことが好きだけど、今でも、死んでしまった男の子のことが一番好きだって」

「そのカナコさんが一番好きだった男の子は何で死んでしまったの?」

「それ以上のことは、まだ僕も知らない。その場面で映像が見えなくなってしまったから」

「カナコさん、まだ若いよね。私と同い年くらいかしら?私にはまだ、同級生で死んだ人はいないわ。もしかしたら、その男の子が死んでしまったことと、カナコさんは何か関係があるのかしら」

「それはもっと過去を調べてみないとなんとも言えないね」


予言者 | 第1話 | 青い服の女
終わり。


 

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