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「飛行機雲」(連作短編集「妄想恋愛詩」より)

 あれはたぶん去年の9月24日のことだ

ったと思う。秋分の日の次の日には、ぼ

くの苦手な化学の中間テストが控えてい

た。

 祝日という日は、折角時間がたくさんあ

るのに、気が散ってなかなか勉強に身が

入らないものである。ぼくは、ほとんど

化学の勉強をせず、不安な気持ちを抱え

ながら学校へ向かった。

 しかし、うれしいことに、僕の予想に

反して、化学の試験は思ったより、よく

できたと思う。試験前はあまり勉強しな

かったが、授業はちゃんと聞いていたか

ら、記憶が意外と定着していたようであ

る。ほっと安堵の溜め息をついた放課

後、ぼくは駅へ向かった。

 テスト期間中というものは、大変は大

変なのだが、僕にはひとつ楽しみにして

いることがあった。試験のあとは授業が

ないから、普段と違う電車に乗る。その

とき、違う学校のある女の子に駅のホー

ムで出会うことが多かった。

 何度か話しかけてみようと試みたこと

はあったが、男子校の僕の悲しいところ

である。女の子にまったく話しかけるこ

とができないのだ。僕は話しかける勇気

をもてないまま、ホームの隙間から見え

る空を眺めていた。いま、田舎の駅のホ

ームにいるのは、彼女と僕だけである。

沈黙が続く。そのとき、空を飛行機が横

切った。

 「あっ、飛行機雲ができた」と僕はつ

ぶやいた。「飛行機雲って、わたし、な

んか好きなんです。今日は青空だから、

青いキャンバスに真っ白な線を引いたみ

たいで、すごくキレイですよね!」と初

めて彼女が僕に話しかけてくれた。

 これが彼女と僕が交わした唯一の会話

である。今年の秋分の日、ぼくは田舎を

出て、大学一年生の秋をひとりで過ごし

ている。

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