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「椅子とめぐる20世紀のデザイン展」会場レポート

美しい生活デザインを100脚の椅子から覗く「椅子とめぐる 20世紀のデザイン展」が2024年2月29日から日本橋髙島屋で開幕しました。使う人々に幸せをもたらす美しい生活デザインとは何か..? 会場の様子の一部をレポートでお届けします。


織田憲嗣氏

織田コレクションとは

椅子研究家の織田憲嗣氏が長年かけて収集、研究してきた20世紀のすぐれたデザインの家具と日用品のコレクション。近代デザイン史の変遷を俯瞰できる学術的にも極めて貴重な資料として、世界的にも高い評価を得ている。


展示構成

第1章 ー20世紀の始まりー アール・ヌーヴォー 1901-1918
第2章 ーデザイン革命ー モダニズム 1919-1938
 時代を象徴する部屋Ⅰ  バウハウスやフランスで活躍したデザイナーたち
第3章 ーデザイン黄金時代ー ミッド・センチュリー 1939-1968
 時代を象徴する部屋II  ノルディック・モダンのティー・パーティー
 時代を象徴する部屋Ⅲ アメリカン・ミッド・センチュリーのくつろぎ
 戦後の復興と科学技術の発展
 ジャパニーズ・モダン
第4章 ー斬新なデザインー ポストモダンへ 1969-2000
 時代を象徴する部屋Ⅳ イタリアン・モダンの輝き
 時代を象徴する部屋Ⅴ バンビーノの秘密基地
エピローグ 名作椅子と暮らす


バウハウスやフランスで活躍したデザイナーたち

1925年、世界初の鋼管家具、すなわちスティール・パイプ(鉄・炭素合金
の管)から成る椅子がドイツのデッサウで産声を上げます。木が主流だった実用の家具、なかでも人体を支える機能、使い勝手と意匠性が求められる椅
子に鉄を用い、大量生産し、世間の認知を得るのは並大抵のことではありませんでした。
鉄を叩いて曲げて、溶接した部分をヤスリで研いで磨いて、やっとパイプが出来上がります。やがて科学技術の進歩と共に、押出成形で大量生産されるようになります。ただ、押出成形で出来たパイプを曲げる段階で大変な苦労を伴いました。初期の頃は中に鉛を流し込み両方を塞いで無垢の状態にして曲げたり、あるいは片方を塞いで中に細かな砂を詰めて無垢の状態にして曲げたり、苦労を伴う曲げ加工を行なっていました。それがやがて三次元に曲げられるようなシューパイプベンダーが開発され、ここに展示されているような家具が実現しました。
織田氏はバウハウスで生まれた機能的な家具を「無機的機能性」と呼んでいます。それに対して2023年に開催された「ていねいに美しく暮らす北欧デザイン展」の様々な熟練工が削ったりして生み出したハンディクラフト的な木製の家具を「有機的機能性」と呼んでいます。


ノルディック・モダンのティー・パーティー

2023年に開催された「ていねいに美しく暮らす北欧デザイン展」で展示されなかった初お目見えの家具が並んでいます。3メートルを超える大きなテーブルに、デザイナーがすべて異なる名作椅子が並ぶ姿は圧巻です。


ロッキング・チェアRAR(チャールズ・イームズ/レイ・イームズ)

1950− 1953年の短期間のみに製造された初期モデル。ロッキング・チェアRARのようなプラスティック製の三次元局面の椅子の開発を遡ると、戦争で負傷した軍人のための成型合板を用いた三次元局面の「脚部固定用添え木」にたどり着きます。このノウハウは戦後すぐに「チェアLCW]などの椅子に応用され、やがてプラスティック製の椅子へと繋がっていきます。


ジャパニーズ・モダン

アメリカや北欧のミッド・センチュリー・モダンの影響を受けたデザイナーたちは、それらを日本の文化と融合させた名品を生み出します。


アメリカン・ミッド・センチュリーのくつろぎ

19世紀末から20世紀半ばのアメリカの建築とデザインは、ヨーロッパで確立された先進的な理念、特徴あるスタイルを消化し、現実の着地点を模索す
る方向で発展を遂げました。モダニズムの果実を原資に、デザインを戦略とするビジネス・モデルが構築されました。

「デザインは、人々を幸せにするために存在している。誇大広告やコピー商品といったものは排除されるべきで、デザイナーの著作権はもっと尊重されるべきだ」と織田氏は考えています。今回の展示は家具を中心にしていますが、優れた生活デザインがいかに人々を幸せにしてきたのか、思いを馳せてご覧いただけると幸いです。


イタリアン・モダンの部屋

1950年代の終わり頃まで北欧のオーガニック・デザインが世界中を席巻し一大ブームを巻き起こしました。それが1960年代に入るとやや翳りを見せ始め、代わりに台頭してきたのがイタリアのデザインです。新しい世代の文化が興隆した1960年代にはカラフルで斬新なデザインが生まれ、その後1970年代にはポストモダニズムが起きます。
写真左の「チェアUP5+UP6」(ガエターノ・ペッシェ)は、最初は50〜60cm角、厚さ十数センチの小さな箱に真空パックされ、解くと常温で膨らんでこの形になるという、面白い性質を持ったプラスチックの素材です。それがある時飛行機でイタリアから世界各国に輸出をしたときに荷物室の中で気圧の変化によって真空パックに穴が空いてムクムクと膨らんでしまい、「こんな危険なものは扱えない」と航空会社から取り扱いを禁止されたことで残念ながら製造中止となってしまいました。ちなみに十数年前から復刻されましたが、完成した姿で各国に輸出されるので送料が非常に高くつきます。

不可能だと思われていたデザインや構造が次から次へとユニークな形で発表された時代で、イタリアのモダンなデザインの中からアバンギャルドな作品が生まれました。「チェア《マグリッタ》」(ロベルト・マッタ)は、ルネ・マグリットの絵の中にある、帽子を被った紳士をモチーフにしています。

バンビーノの秘密基地

日本では「まだ子供だから」とか「もう大人でしょう」という風に大人の都合で色々なことが捉えられることが多々あります。一方欧米では、子供は一個の人格を持った小さな人間であると定義づけられているため、大人用・子供用という分け方をしません。本スペースではイタリアの子供の部屋を想定しています。

「チェア《ブロウ》」(ドナート・ドゥルビーノ/ジョナタン・デ・パス/パオロ・ロマッツィ)はビニールを膨らませたもので、おそらく世界初の使い捨て家具です。大きな穴ができると修復不可能になります。ただ、虫ピンで刺したような傷であればリペアセットで修理してまた使えるようになります。当時はプールに浮かべる様子がCMに使われました。使い捨て家具のためなかなか残っておらず、デザイナー本人も持っていないということで本作品を探しに北海道に来たことがありました。展示品は現存する貴重なもので、武蔵野美術大学に寄贈したもう1つと合わせて、日本には2つしかないと思われます。


体験コーナー

名作椅子の座り比べができる体験コーナーがあります。ぜひ座り心地をお確かめください。




公式図録『椅子とめぐる20世紀のデザイン』

モダニズムの元祖となったバウハウスや、プラスチックや成型合板で曲面のデザインを可能にしたアメリカのミッド・センチュリー、そして奇抜でカラフルなイタリアのポストモダンなど、20世紀は革命的なデザインムーブメントが巻き起こった、大デザイン時代でした。本書は100年におけるデザインの変遷を、各時代の名作椅子とともに解き明かします。

(イメージ)

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