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アルジェリアについて勉強してみた【民族編】

アルジェリア民主人民共和国の民族についてまとめてます。

アルジェリアは人口の7割強がアラブ人ですが、今回は北アフリカ諸国の先住民族であるベルベル人について書いていきます。


はじめに

世界各国史勉強してたら民族のことを深堀りしたくなったので、改めて勉強していこうと思います。民族や部族を勉強したら宗教と神話の勉強して、それから通史と人物史勉強しようと思います。


カビール族

アルジェリアに住むベルベル人は主に4つのグループに分かれており、アトラス山脈に分布するカビール族はアルジェリアにおいてベルベル語を話す最大のグループである。

彼らが居住するカビリア地域にはスーフィー教団(イスラーム神秘主義)が所属する施設(ザウィヤ)がある。カビール族は主にイスラム教徒(ムスリム)だが、少数のキリスト教徒もいる。

彼らは様々な強国による支配下でも独立を保った北アフリカの数少ない民族の一つであり、アラブ人が北アフリカを征服した後も彼らは山々の所有権を維持していた。現在カビール族の多くは内戦や産業衰退などの影響でフランスに移住している。


シャウィーア族

『羊飼い』を意味するシャウィーア族はオーレス地方に分布しており、伝統的にこの地域の女性はタトゥーを入れている。オーレス山脈は歴史的にベルベル人の避難場所として機能しており、後年様々な敵対勢力に対する抵抗の基地を形成する。

シャウィーア族は結婚式などの祝いの場でファンタジアと呼ばれる伝統的な馬術の披露を行っている。おそらく古代ヌミディア時代にヌミディア騎兵が実践していたものを現代的にアレンジしたものと思われる。


ムザヴ族

イスラム教イバート派を信仰するが故に宗教的な迫害を受けたムザブ族は、サハラ北部のムザブ自然地域にある5つの渓谷へ逃れて町を築いた。

丘の上に建設されたガルダイアはムザブ族によって排水システムが考案され、彼らは雨水を集めてオアシスに流すための独自の水力トンネルシステムを開発した。給水に関しては多くの井戸から水を配分する灌漑システムを通じて、様々な方法でアクセス出来るようになっている。


トゥアレグ族

サハラ砂漠西部のアザワドを活動範囲とする半遊牧民であり、元々はベルベル神話の信奉者だったが後にイスラム教を受け入れる。北アフリカと隣接するサヘル地域にイスラム教を広めたと考えられている。

トゥアレグ族の伝統社会はアメノカルと呼ばれる首長を頂点に貴族、従臣、聖職者、職人、奴隷からなる階層社会を形成してきた。

カースト最高位は貴族で、彼らは武器の運搬とラクダの所有を独占しており、トゥアレグ地方の戦士だった。彼らが率いる部族は連合を形成し、その首長は部族長によって貴族の中から選出される。首長は戦争時は君主であり、権威への服従の証として部族から貢物と税金を受け取った。

従臣の牧畜民は自由な階層であったがラクダを所有せず、代わりにロバやヤギ、羊、牛の群れを飼っていた。彼らは連合の貴族が所有する群れだけでなく、自分達の群れも放牧し世話をしていた。従臣達は義務の一環として年に一度、貴族に貢物を支払い領土を旅行する貴族をもてなした。

イスラム教の採用後、宗教聖職者であるマラブーはトゥアレグ族の社会構造に不可欠なものとなった。彼らはトゥアレグ族コミュニティの裁判官(カディ)と宗教指導者(イマーム)を務めた。

トゥアレグ族の職人はコミュニティの為に鞍、家庭用品、その他の品目を製造、修理した。これらの階層には口頭伝承を守ってきたトゥアレグ族の歌手、音楽家、語り手などが含まれている。彼らはアグタと呼ばれており、冠婚葬祭などの儀式の際に歌うよう求められた。

トゥアレグ族連合は周囲のコミュニティを襲撃し、多くの場合ナイル渓谷の先住民であるナイロート族の奴隷を獲得した。ある時は戦利品として捕虜を確保したり、市場で奴隷を購入したりした。

奴隷制は子孫にまで継承され、彼らは他のカーストから切り離されたコミュニティに住んでいた。現在はどの国においても奴隷制は法的に廃止されているが、奴隷を表すエクランという集団名は今も残っている。


ヌミディア人

ヌミディアに住んでいた古代ベルベル人。ヌミディア人はカルタゴ入植者と交易した最も初期のベルベル人の一つで、カルタゴが成長するにつれヌミディア人との関係も深まった。

ヌミディア人は半遊牧民で、砂漠や一部の乾燥した山岳地帯に沿ったヌミディア人コミュニティはより頻繁に牧畜を行う傾向にあったが、彼らは定住した同胞や他の社会とも交易していた。

ヌミディア人は素早い騎兵と一撃離脱戦術で知られており、カルタゴ軍はヌミディア騎兵を傭兵として起用した。第二次ポエニ戦争初期はハンニバルを支援し、後半は共和制ローマに与して勝利へ導いた。


おわりに

古代ローマ好きとしてはヌミディアって聞くだけでワクワクするんだけど、当時の騎兵は鞍も鐙もない状態で戦ってたんだから凄いよね。あとトゥアレグ族の近現代史についてはマリとニジェールで扱うと思います。


参考サイトなど

『Wikipedia −Kabyle_people−』
https://en.m.wikipedia.org/wiki/Kabyle_people

『Wikipedia −Chaoui_people−』
https://en.m.wikipedia.org/wiki/Chaoui_people

『Wikipedia −Fantasia_(performance)−』
https://en.m.wikipedia.org/wiki/Fantasia_(performance)

『skyticket 観光ガイド −砂漠の中の世界遺産!城壁に囲まれた中世の街並みが残るムザブの谷をご紹介−』
https://skyticket.jp/guide/109784/

『Wikipedia Mozabite_people』 https://en.m.wikipedia.org/wiki/Mozabite_people

『Wikipedia −Tuareg_people−』https://en.m.wikipedia.org/wiki/Tuareg_people

『遊牧民トゥアレグの伝統的な住居 今村 薫』
http://www2.ngu.ac.jp/uri/jinbun/pdf/jinbun_vol4801_02.pdf

『トゥアレグの文化と社会 ― サハラ交易の昔と今 ― 鳥取大学地域学部准教授 茨木 透 』
https://www2.jiia.or.jp/pdf/research_pj/h25rpj08/131126_ibaraki_report.pdf

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