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葬送のフリーレンが示唆する「成功」よりも「幸せ」なプロダクトマネジメント

人生は成功した後の方が長く、プロダクトはマーケットフィットした後の方が長い。「プロダクトマネジメントのすべて」に代表されるプロダクトマネジメントの手法は、成功後の長い時間を「幸せ」なものにするには適さないのではないかということを「葬送のフリーレン」を読んでいて感じたので、雑記としてまとめています。現段階で定量及び定性面の裏付けはそれほどとっていないため、筆者のバイアスがかかった記事であることをあらかじめ付記しておきます。葬送のフリーレンについては本記事内で多少言及しますが、ネタバレを防ぐため 1~2 巻の書籍紹介以上のことはほぼ言及していないので、未読者の方もご安心ください。興味が沸いたらぜひ単行本を買っていただきたいです。


「成功」はいつ訪れるのか ? 

あなたの人生、プロダクトの最高の成功はいつ頃訪れるでしょうか。「人生後半の戦略書」によれば、ハーバードビジネスレビューのデータに基づくとベンチャーキャピタルから 10 億ドル以上の出資を受けた企業の創業者の年齢は、 20 ~ 34 歳に集中し、35 歳以上は少数です。急成長スタートアップでは 45 歳という主張もある一方、 30 歳ぐらいから創造的な能力が落ちはじめることが指摘されています。実際、 60 歳を超える創業者は約 5% です。

日本人の平均寿命は男性 81 歳、女性 87 歳 とされています。つまり、あなたが大学卒業後の 22 歳からキャリアをスタートし、 だいたい 30 歳でプロダクトマネージャーとして大きな成功を収めたとしたらその後は能力がだんだん低下する中 50~60 年を生きることになります。成功は人生の意外と早い時期に訪れ、長続きはしないということです

「人生後半の戦略書」では成功依存症という言葉が定義されています。若い時期の成功体験から仕事 / 成功中毒になり、無理ができない・家族などプライベートの生活により時間もとれない・しかも能力も落ちてくる中なんとか「忘れられない成功」をもう一度とあがき人間関係と「幸せ」を失っていく様をそう名付けています ( 筆者自身の経験でもある ) 。プロダクトマネジメントの著名な書籍を紐解いてみると、「INSPIRED 熱狂させる製品を生み出すプロダクトマネジメント」では「1 日 15 時間オフィスにいなければいけないというわけではないが、とんでもない量の仕事があり、毎晩、家に仕事を持って帰ることになる」との記載があり、「プロダクトマネジメントのすべて」に掲載されているプロダクトマネージャーの一日は朝 8 時から 23 時半までの間に食事以外で仕事から離れる時間は 1 時間半程度しかありません。 INSPIRED で挙げられている Google の Jane Manning 、 Adobe の Lea Hickman 、BBC の Alexandra Pressland 、Microsoft の Martina Lauchengco 、Netflix の Kate Arnold 、Apple の Camille Hearst 、計 6 名のうち同じ企業で務めている方は Jane さんのみであり、 Camille さん以外はコーチや教職などプロダクトマネージャー以外の職を担当しています。この事実からだけで判断するのは早計ですが、何度もかつ継続してプロダクトを成功に導き続けるのが難しいことを示唆していると感じます。

成功は喜ばしいことですが、 50~60 年続けるのは難しいということです。では私たちは抜け殻のように生きるしかないのか ? というのが問題です。

プロダクトの成功 ≠ あなたの幸せ

「葬送のフリーレン」は、魔王を倒した後から話がはじまります。いわば「成功」した後ですね。エルフである主人公のフリーレンは、勇者ヒンメルの大往生に立ち会ったとき、彼女の人生の中ではたったひと時である 10 年がいかに人生を変える出会いの詰まったものだったのか痛感し涙を流し、後悔から人間をより良く知るための旅に出ます。その旅の道すがら残っているのは、「魔王を倒す」という目的から見ればつまらないヒンメルの物好きともいえる人助けに救われた人たちの感謝とそれにより維持された銅像の数々でした。

アイゼンは辛く苦しい旅がしたいのかい?
僕はね、終わった後にくだらなかったって笑い飛ばせるような楽しい旅がしたいんだ。

「葬送のフリーレン」第 2 巻 83 ページ

「本当は、あなたの仕事は世界を変えることだ。」とは「ユーザーストーリーマッピング」に書かれている言葉ですが、プロダクトやソフトウェアは生活や業務をより良くするために、使う人の世界を変えるために作られます。プロダクトチームが勇者のパーティーだとして、目的に向かって一直線にハードワークで魔王を倒しに行くのがいわゆる「プロダクトマネジメント」に書かれていることだと思います。それはきっと「終わった後にくだらなかったって笑い飛ばせるような楽しい旅」とは少し違った旅路になるでしょう。

あなたがユーザーインタビューをするとき、その人の困りごとを解決してあげたことがあるでしょうか ? ヒアリングをしたらすぐに情報を持ち帰り機能を吟味しプロダクトに実装するのに取り掛かりたくて仕方ないかもしれませんが。その人の記憶に残るのはあなたのソフトウェアよりも、あなたが親身になって話を聞いたり手助けしてくれたことかもしれません。それはあなた自身にも言えることで、最後に思い出すのは○○新聞にユーザー数 xxx 万人突破という記事ではなく「ありがとう」と言ってくれた人の顔かもしれません。もちろん、価値観はそれぞれなので一概には言えません。

私は営業向けソフトウェアの開発をする際、インタビューをさせていただいた営業の方が Excel を使っているけど合計を出すのに電卓を使っているのを見て SUM 関数をお伝えしたことがあります。私からしたら誰でも知っている関数ですが、それにめちゃめちゃ感動してもらい、もう十年以上前ですがとても良く覚えています。その時作ったソフトウェアはもう使われていないかもしれないですが、その時動いた感情はまだこうして記憶されているのだから不思議なものです。

フリーレンが 10 年がいかに人生を変える出会いの詰まったものだったのか痛感し涙を流したように、様々なステークホルダーとの関係を結ぶプロダクトマネージャーの仕事は本質的には人生を変える出会いの詰まった職業であるべきではないでしょうか? プロダクトマネジメントの手法は、プロダクトを成功させる手法を教えてくれてもあなたの人生を幸せにする方法は教えてくれない点に注意が必要です。

肩書を超えた関係を築く

あなたは名刺が変わっても会いに行けるチームメンバーやお客様がどれだけいるでしょうか。その人数が仕事を通じ築けている、あなたを幸せにする関係の数かもしれません。仕事とプライベートは分ける、また自分のために関係を築くのはエゴイスティックという向きもありますが、勇者ヒンメルが自分の痕跡や人助けをするのも割と自分の欲求が元です。

皆に覚えていて欲しいと思ってね。
僕たちは君と違って長く生きるわけじゃないから。

「葬送のフリーレン」第 2 巻 P119

このあたりは欧米と日本で文化がちょっと違うかもしれません。終身雇用が続いた日本では、職場の関係とプライベートが比較的曖昧な傾向があると思います。最近は敬遠されることも多い一方、チームの生産性を最大化する心理的安全性を高める方法の一つは直接話をし「個人として関わる」ことなのだから ( 「チームが機能するとはどういうことか」より ) 、生産性の観点からもチームを築くには一定の肩書を超えた関係が不可欠なのではないかと思います。

肩書きでしか関われない関係しか残らないとしたらどうでしょう ? INSPIRED に登場したプロダクトマネージャー達の在籍年数は 3 年から 5 年といったところで、会社の中期経営計画 1 期分くらいです。年齢と共に能力が落ちていく中、より良い肩書を求めて次・次と維持し続けるのは大変なことです。

成功に向かって一直線ではなく、プロダクトに関わるユーザー・チームメンバー・様々なステークホルダーと肩書だけでなく個人としても関わることが50~60 年という衰えが始まってからの時間を充実したものにするのには必要ではないでしょうか。「葬送のフリーレン」を読みながらそんなことを考えました。本記事では前半のエピソードが中心ですが、中年の生き方が問われる第 9 巻から始まる長編もとても良いです。私自身は結構効率的に仕事を進めてしまうタイプなので、もう少し寄り道や思い出を作る行動を意識的に取りたい・・・と思う今日この頃です。

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