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EP.011 サゴタニ牧農 久保宏輔 / KOUSUKE KUBO(牧農・広島)前編/後編

サゴタニ牧農
https://www.sagotani.net/

”牧場の息子でありながら動物アレルギーという数奇な運命の下に生まれる。牛が好きで幼少期は牧場が遊び場だったが、アレルギーのため跡継ぎを断念。大学時代は冒険が好きでニュージーランド、モンゴル、メキシコ、南米大陸自転車縦断などを経験。卒業後は東京でサラリーマンとなる。社会人生活は楽しかったが、酪農業界の将来性に危機感を感じ、2016年に帰郷しサゴタニ牧場の経営に参画。現在は放牧酪農を目指して奮闘中。”

keyword 前編
何ができるかは分からないけど、帰ろう. いろんな人が 集う場所.  2020年3月コロナ禍での現象.  手紙からのメッセージ.  サゴタニ牧農への恩返し.  だからこそ、恩返しがしたい.  できごとの出会いとタイミング.  今までのことがつながった.  事業とは交換すること.  喜んでもらいたいと、そう思った.  2030年までに放牧した牛から乳を絞る.  放牧酪農.  とても美しい風景.  牛がいる土地の風景.  景色をつくりたい.  生きててよかったなと実感できる場をつくりたい.  それってどういうことだろう.  生物は食べたものでできている.  土と太陽と水.  自分は自分であるけれど、牛でもあるし、土でもある.  自分の投影.  言葉以外で感じられる場所をつくりたい.  目の前の何かと繋がっていくという何かを受け入れる.  朝の風景を撮影する.  美しいものは形になって醸し出されるもの.  やります!の宣言から、みんなに関わってもらいたい.  放牧地に森をつくる.  土地は国民共有の財産だ.  その時に土地を預かっている人.  みんなで一緒につくる.  関わりつづけていくこと.  自分がやったことが残っていく.  父ちゃん母ちゃんに連れてきてもらった場所.  少しずつ積み重なっていく先にできるもの.  今、文化って何なんだろう.  獅子舞ごっこ.  何かを紡いでいく.  体感を伴うから記憶になる.  場所は人間が生きているよりながく存在していく.  世代を超えて紡いでいく.  人生に意味はない.  生きていること自体に意味はない.  ただ、細胞分裂による変化である.  でも、そこに意味をつくることはできる.  解釈をすることはできる.  意味があると思って探すと大変.  意味はないけど、意味づけができるとなんかいいよね.  そうすると、探してみたくなる.  文化ってきっと自分の人生に意味づけをする一つの技.  文化としてカルチャーをつくる.  意味を見出せるから文化をつくったのでは.  何かにつながっている気がする.  文化を考える.  そこから日常がはじまる.  これがナラティブか.  気が枯れる.  リセットする.  そう在ったらいいな.  夢もなくていい.  もっとゆったりと自然なもの.  

keyword 後編
あるものでつくるブリコラージュ.  本質的なものが何かかは分からないけど、見つけていきたいな.  日々必死に.  できているわけではないけど、じっくりゆっくり.  ただただ、もがいている中で.  辞めないことを大事にしたい.  抽象的な思考.  できるところまで頑張って次の世代へ.  忘れられた日本.  木を植えながら家の繁栄を考えていく.  繋いでいくことが喜び. につながる.  喜びの声が聞こえる.  持ちつ持たれつ、一緒にがんばっている.  相互作用.  意図せずパクっと食べられる.  成長要因になる可能性.  おいしさって?.  味覚は固有のもの.  はじめての家庭の味は母乳.  自分と目の前の対象物を繋げる.  感じられる場所.  楽しめる心を育む.  広いキッチン.  素材がころがっている.  変化を自分のこととして感じられる.  うんちの話.  ずっと聞いていたい話.  あの時の悲劇があったから、に変わる瞬間.  12月24日.  事象の解釈はとても自由である.  夜と霧.  自分の生きる意味を自分で見出せるか.  許すかどうか決めるのは自分であり、それは自由である.  長い経験で考えると愛おしい経験になる.  そこにあえてピリオドを打たない.  起こったことと起こっていないことをつなげる.  問いかけつづけていく行為によって存在すること.  なんておいしい出来事が起こったんだ.  こうやって人は意味づけして生きていくのか.  揺るぎない自信がほしかった.  揺るがないものはないんだ.  自信はあると思ったけど、なかった.  失くさないことだけを決める.  最近思い出したこと.  ないのがそもそもだよね.  自由.  そう思いながら、子供のyoutubeに腹を立てながら、行ったり来たりしている.  

--ayako
人生に意味はない。生きていること自体に意味はない。ただ、細胞分裂による変化である。でも、そこに意味をつくることはできるし、解釈することもできて、意味はないけど意味づけできるとなんかいいよね、というお話と、文化ってきっと、自分の人生に意味づけをする一つの技、というお話。

人間という生き物の想像力&創造力って、すごいな~と改めて感じました。

--kousuke
きっと、生きるのに必死な状況では人生の意味なんて考えてる暇はなくて、明日の、今日の自分と家族の飯をどうやって手に入れるか?に全力投球してるので、そのこと自体が生きてる実感をもたらしてくれる。でも、それがそこまで必死にならなくても満たされる現代では、生きる意味を自分で見出さないと逆に暇すぎてしんどい。

逆に、今、生きてること、それだけに感謝できて、暇と感じないのであればそれに越したことはないと思います。
だから、夢を見つけるとか、実現するという行為は、究極の暇潰しくらいに思っていたいなと思います。
ただ、やってる最中は必死でもがいてそれどころではないものですが。

そして、こんなことをこねくり回してる時点で僕らは暇人なんでしょうね(笑)哲学も文化も暇の最高傑作ってことで。

--miyabi
たしかに。
こんなに意味を考えたり、自分や何かと向き合ったりしたきっかけって、コロナで時間を持て余していたからかもしれません。その向き合う時間で当たり前に疑問を持つことができたのも事実。

人類学から見て、社会が成長・拡大から定常化に移る際に、芸術や哲学が力を発揮したようです。成長・拡大する時って生産性や効率が求められがちですが、きっとそれだけだと何かを失ったり、とんでもなく悪い方向に力が働くこともある。

それぞれがちょうど良いサイズで満たされた幸せな生活ができたら良いのですが、人間という種は、自我も持ちながら欲もある生き物で、大なり小なりの事象で自身の力というよりも権力を持つ傾向もある。それが悪い方に行き過ぎてしまうと滅亡しかねない。

そんな中で長きにわたって人間が生きながらえているのは、哲学や文化があって、心を育む力や文化的なもので新たなものを創造する力があったからじゃないかと思います。

飽和あるいは行き止まりの時に、次のものを生み出せていたのかもしれないです。

--ayako
とすれば、
人類が見出した哲学や文化というのは、我々が生き延びるために、種を守るために、生み出した知恵ともいえるかもしれません。

でなければ、滅亡してしまうと本能的に察知してるのかも。拡大しすぎても暇をもてあそんでもだめで、適度に揺れ動きつづける。

これも、一種の動的平衡ですね。

--kousuke
少しずつ変わっていくものって良いなと思います。気付けば、「あっ、ここまで登ったか」と思う感覚が好きです。熊笹で覆われていた放牧地が開墾から3年経って少しずつクローバーと芝の草原に変わりゆく姿を見ていると心が落ち着きます。人が種を蒔き、牛が耕して糞として養分を補給する。

共同作業の様で嬉しくなります。

--kousuke
途中は上手く根付かずにヤキモキする期間が長かったです。種を蒔いた後に日照りが続いて、だめかなと思ったり。でも、雪が溶けた地面から小さな芽がぽっと出て、日を追うごとに成長する姿は感動的でした。


--ayako
久保さんのお話を聞いてると、時間の一つひとつがちゃんと音として聞こえてくるような気がします。時間のスピードは同じはずなのに、なんでなんだろう…

--ayako
美しさは、日々の中にある。
大地はそれを教えてくれるよって、写真からも伝わってきました。

--kousuke
日々の中にあるけどなかなか気付きにくいですよね。僕も、朝早く起きて牧場に行くと「こんなに綺麗だったんだー!」と思います。忘れてるんですw

日々の中にあることを日々意識するのは簡単ではない。だから皆んな遠い所に行ったり、人に会ったり、新しいこと始めたりするんですかね。そうすることで日々を新鮮な目で見られるように。

--kousuke
だから、日常を大事にすると同時に非日常も大事にしていきたい。

--ayako
毎日を新しく過ごすという意味では、忘れることも大事だったりするのかなと思いました。ずっと忘れては忘れっぱなしになりますが(笑)

忘れてることを思い出す「きっかけ」を見つけられるか。非日常はそのきっかけになってくれてるのかも。

--miyabi
周りにあるものは前からあったものかもしれないのに。ふとした時に気づく。それは人それぞれのタイミングかもしれなくて。日々、溢れている新鮮なものたちに出会えるかどうかは自分次第なのかもしれないですね。

なんだかそれは何事にも通じそうです。

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