275回 キャロット・ラペの誘惑


大きな声では言えないが、ニンジンが嫌いだ。
子供みたいと笑われそうだが、嫌いなものはしょうがない。嫌いと言っても食べられないわけではなく、食べようと思えば食べられる。細切りにしたキンピラや生酢、甘く煮たグラッセなどは問題ない。ゴロンと大きめに切ってあるニンジンがかなり苦手である。
そして前にも書いたが、豆や芋といったホクホクした食感も好きではない。ついでに栗も食感だけで言えば苦手と言える。栗も芋も味はどちらかと言えば好きな方なので、お菓子に加工していあるものは食べるが、ホクホクが残っているとちょっと引いてしまう。
よって私が作るカレーには、ニンジンとジャガイモは入っていない。

子供はおしなべて野菜が嫌いだ。
子供の嫌いな料理のアンケートを取ったところ、漬物、サラダ、野菜炒めが並んだそうだ。それは料理なのかというのはさておき、どれも野菜である。我々が野菜として当たり前に食べている植物には、多量に摂取すれば毒になるような成分が含まれていることが多い。子供は生き物の本能として、野菜を嫌うのかもしれないと思う。
味覚というのは学習である。生き物は本能的に知らない味は忌避するようにできている。特に苦味・酸味・渋味というのは、毒や腐敗のサインだったりするため、美味しいと感じられるには何度も頭で学習をしなければならない。

子供が嫌いな野菜というとまず昔からピーマンが上がるが、それ以外にもゴーヤ、セロリ、春菊といった、苦味が強いとか香りが独特といった野菜が並ぶ。因みに大人が嫌いな野菜の上位にケールが入っていたが、ケールってそんなにポピュラーな野菜だったか?
面白いのは、子供が嫌いな野菜にナスが入っていることだ。生シイタケも嫌いらしいが、キノコは野菜なのかということでちょっと横に置いておく。ナスがどうして子供に嫌われるのかというと、アクが強くて苦味やエグ味があり、また特徴的な食感かららしいのだが、そうなのか、私は好きだぞ。考えてみるとナスも生シイタケも、グニグニの食感に好悪が別れるのだろう。
私は子供の頃から苦味や渋味やエグ味があるものが好きで、ピーマンもゴーヤも大好きだった。本能がなかったのかもしれない。セロリは子供の頃はあの香りが苦手だったが、今ではちょくちょく食べる。料理の仕方にもよるだろうが、やはり経験による学習が大きいと思う。
ニンジンだけは今に至るまでどうしても好きになれない。

大人も子供も好きな野菜の上位には、トマトとじゃがいもが並ぶ。長らく1位だったトマトを抜いて、ここ数年はじゃがいもが1位となっているそうだ。
昔のトマトはかなり酸っぱかったが、今のトマトは甘い。ジャガイモも甘い。甘味は不変的に人気がある。トウモロコシやカボチャも上位なので、甘味がある野菜に人気が集中していることは確かだ。
面白いのは、昔嫌いな野菜の上位をピーマンと争ったニンジンが、好きな野菜に入っていることだ。これはニンジンの品種改良によって、かつて目立った特徴的な青臭さが消えて、甘味が多く含まれるものが主流となっているからだろう。

そもそもニンジンはアフガニスタンが原産地である。それが12世紀頃西のトルコを経てヨーロッパに伝わり、品種改良されて西洋ニンジンとなった。13世紀にはインドを経て東の中国に伝わり東洋ニンジンとなり、16世紀江戸時代初期に日本に渡ってきた。
この時日本には既に薬用植物として、のちに朝鮮ニンジンと呼ばれることになる植物が存在しており、こちらを「人参」と呼んでいた。朝鮮ニンジンはウコギ科の多年生植物で、セリ科の一年草の東洋ニンジンとは全く異なるのだが、形状が似ていたことからニンジンは「芹人参」と名付けられ、次第にこちらの方が食材として人気となっていったため、ただのニンジン(人参)と呼ばれるようになったのだ。
江戸時代後期になると、今度はヨーロッパから西洋ニンジンが渡来する。
東洋ニンジンは「長根種」と言うように、細長い形をしていて栽培も収穫も難しい。それに対して西洋ニンジンは「短根種」であるので、丈も短く栽培しやすい。今では東洋ニンジンは、わずかしか残っておらず、京ニンジンとも呼ばれる色の濃い金時ニンジンをたまに見かけるだけだ。
西洋ニンジンはその長さによって「三寸群」と「五寸群」に分けられ、我々が普通スーパーで見かけるのは「五寸群」である。
ニンジンは、明治時代カレーライスの普及によって一気に需要が拡大したそうである。その時同時にジャガイモとタマネギの消費も伸びたと言うから、昔も今もカレーライスの具の定番はこの3種類なのだ。

ニンジンが苦手という人は、あの匂いが嫌いという場合が多い。かく言う私もそうである。
「薬品臭い」「石油の臭い」とも言われるあのニンジン臭は、セリ科植物独特の芳香なのだそうだ。確かにセリ科にはコリアンダー(パクチー)といった強烈な香りを持つものがある。カメムシ臭とも言われるコリアンダーの匂いは嫌いではない。いや、コリアンダーだけでなく、同じくセリ科のハーブとして有名なフェンネルやディル、イタリアンパセリといった香りは好きだ。香味野菜として欠かせないミツバだってセリ科である。
ではどうしてニンジンだけが苦手なんだろう。
一つには上記の植物で用いるのは主に葉の部分であり、それも料理の主たる食材としてではなく、香味野菜やハーブとして添えるだけということも大きい。ニンジンはマスとして使う。塊である。当然主張も激しい。匂いも目立つ。
ニンジン特有の匂いは、沢山の芳香成分から成り立っている。青臭さい匂いはサビネン・β-ミルセン・β-ピネン・酢酸ボルニルといった成分から、甘いフルーティーな匂いはテルピノレンやγ-テルピネンから、セリ科植物がもつツンとした匂いはサビネンや酢酸ボルニルが大きく関係していると言われている。また肥料を与え過ぎてカリウムが過剰に摂取されてしまっても、臭みが出るそうだ。
このニンジン臭は加熱することによって変化するというが、嫌いな人はわずかに感じるだけでも苦手意識が出てしまうので、煮ても焼いても難しいところである。キンピラのように細切りにした場合はこれを感じにくいのと、相手がゴボウという強烈なキャラクタなので気にならないということもある。カレーにゴロンと入っているニンジンは、ニンジンらしさが全面に出てしまうため、避けたい。

私が子供の頃食べたニンジンと比べて、今のニンジンは味も匂いもかなり淡白になった。品種改良で、より甘く食べやすくなるようにしてきたからだろう。
子供が嫌いな野菜ではなく、好きな野菜として登場するようになっているのが、何よりの証拠だ。
私も表向きには「好き嫌い?ないですよ」とすましてはいるが、どうしてもニンジンは避けてしまう。
数少ない可愛げだと笑って許してほしい。


登場したフレーズ:好きな野菜
→サニーレタスが大好きで、ほぼ毎日食べている。レタスは、普通のレタスの玉レタス、サニーレタスとグリーンリーフのリーフレタス、ロメインレタスの立ちレタス、サンチュのカッティングレタス(掻きレタス)に分けられる。サニーレタスは栄養価が高く、普通のレタスに比べてβ-カロテンは約8倍、ビタミンE・ビタミンK・ビタミンCは3~4倍、カリウムは約2倍、鉄は約6倍含まれている。レタスは淡色野菜なのに、サニーレタスは緑黄色野菜なのだ。どうだ、凄いだろう。ニンジンを食べなくても大丈夫(なのか?)。
今回のBGM:「COBALT HOUR」by 荒井由美
→新井素子のSF長編『ひとめあなたに…』の中に、このアルバムに収められている「CHINESE SOUP」という楽曲が登場する。それもかなり怖いシチュエーションで。その印象が強烈で、すっかりそのイメージになってしまった。


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