283回 My Hair is Good


最近若い人の髪の色が以前より暗くなったような気がする。
茶髪、という言葉も今はあまり聞かない。もちろん髪を染めている人は沢山いるが、同じ染めるにしても黒に近い暗めの色を選んだり、明るい色はせいぜいメッシュで入れる程度という印象を受けるのだ。
コギャルやアムラーが流行った90年代、病院の看護師さんたちの髪の色はそれはもう明るかった。殆ど金髪に近いまでに色を抜いた髪のスタッフもいて、結構自由だったと思う。面白いことに、髪型は清潔を保つために縛るように指導されていたようだが、髪の色については病院側もあまりこだわらなかったのかもしれない。職場によっても違うだろうが、得てして看護師さんの髪の色は明るかった。
ロリィタ全盛だった時も、ブリーチした自毛やブロンドのウィッグの人が多かった。新宿マルイがロリィタの聖地だった時には、上京した瞬間から目の前を横切るロリィタさんの豪華なブロンドをよく見かけたものだ。

昔から髪型はよく変えていたが、自毛の色はそれ程変わっていなかった。部分的にブリーチしてパッションピンクにしたり(それでもかなり派手だが)したことはあったが、奇抜な髪の色はウィッグで楽しんでいた。
ただ一度は自分の髪を全て金髪にしてみたかったので、思い切って2年前に美容師にブリーチしてもらった。私の髪はメラニンという黒の色素がかなり濃いようで、色が抜けにくい。1回のブリーチでは到底プラチナブロンドとはいかず、明るいイエロー程度にしかならなかったが、なかなか気に入っていた。その後髪が伸びる度に根本のレタッチを行なって金髪を維持していたが、ストレスであまり体調がよくなかった時にブリーチしたところ、それまでになかった激烈な頭皮の痛みが出現してしまった。
そもそもブリーチというのは、髪のメラニン色素を過酸化水素で分解して脱色する施術なので、髪にはかなりのダメージを及ぼす。できるだけ明るくしようと何度もブリーチしていくと、次第にダメージが積み重なり、髪は溶けて切れやすくなってしまう。つまりボロボロになるのだ。それに加えて頭皮も薬剤によって火傷をしたような状態になっているので、髪の生育環境が悪化し正常に髪が生えなくなる可能性がある。
実際そのあと顕著に髪が細くなり頭頂部が薄くなり始めたので、ブリーチはその時限りでおしまいにした。私の場合、もう金髪はウィッグで良い。
あの時の全頭ブリーチして金髪だった姿は、たまたまそのタイミングで新調した職場の名札の写真に残っている。

髪を染めるには、ヘアカラー、ヘアマニキュア、ヘナといった方法がある。
この中で唯一ヘナ(ヘンナとも呼ぶ)は、古代から使われている植物性の髪染めである。ヘナというのは学名「Lawsonia inermis」というミソハギ科の植物で、インドを含む西南アジアから北アフリカの乾燥地帯に自生している多年生の木だ。高さ3~6mにも育ち、インドのアーユルヴェーダや旧約聖書にも登場する由緒正しい薬草である。紀元前3500年頃から使われていたというから、その歴史は長い。もちろん古代エジプトでも使われている。
ヘナの葉を乾燥させて細かく砕きパウダー状にしたものが染料となる。そのパウダーを水で練ってペースト状にして髪や肌に塗ると、オレンジからブラウンの色に染まるのだ。このヘナを使ったボディペインティングは「メヘンディ」と呼ばれ、一度染めると1週間程度は肌にも色が残る。
ヘナは、ローソンとタンニンという2つの成分から成る。ローソンは2-ヒドロキシ-1,4ナフトキノンという成分で、タンパク質とイオン結合をする。ローソンはキューティクルの隙間から入り込み、タンパク質のケラチンに絡みついてオレンジ色に発色すると同時に、髪の表面をコーティングして紫外線から守る働きをする。タンニンは、毛髪のケラチンが欠けて空洞化した部分に入り込み、空洞内で結合を繰り返して大きな塊になり、毛髪を強化する。この2つがあることで、髪は染まるとともに広がりにくくコシが出て丈夫になる。
ヘナはそのトリートメント効果で、染めれば染めるほど髪は健康になるが、その反面パーマはかかりにくくなる。パーマは言ってみれば髪にダメージを及ぼす作業なので、ヘナで強くなった髪にはダメージを与えにくくなるのだ。なのでもしパーマをかける予定があるなら、ヘナの前にやった方がいい。

ヘナの欠点は、その色がオレンジからブラウン系に限られてしまうことだ。
一般的なヘアカラーは酸化染毛剤と言われるように、人工的な有機合成化合物と過酸化水素でできている。そう、ヘアカラーにはブリーチが含まれているのである。明るい色にしようとすればするほど、本来の髪の黒を抜かなければならないので、ブリーチの割合は多くなる。なのでヘアカラーは多少なりとも髪にダメージを及ぼす。
19世紀に世界で初めて作られた有機合成色素が「モーヴ Mauve」だった。過酸化水素も、多くの酸化染毛剤で使用されているパラフェニレンジアミンも、19世紀に発見されている。1883年には早くもパラフェニレンジアミンと過酸化水素との組合わせによる染色特許が提出され、頭髪にも応用されていく。
日本では黒髪が至高とされていたため、12世紀から白髪染めが存在していたそうだ。江戸時代には黒色のびんつけ油、明治時代はお歯黒を利用してタンニン酸と鉄分で10時間かかって染めていたというから、かなりの労力を要した。20世紀に入ってやっと今日のヘアカラーの原型となる2剤式染毛剤が登場し、その後液状タイプ、クリームタイプと進化してきた。
1970年頃に手軽な「おしゃれ染」が発売されたことで、日本人もやっと黒髪神話から解放され、髪の色もバラエティに富んでくる。そして現在は白髪染めもしないそのままの「グレイヘア」も美しいというように価値観もシフトしてきて、大変結構なことである。

最近の私の髪は、ヘアマニキュアでパープルに染まっている。
ヘアマニキュアはヘアカラーに比べてダメージが殆どないというので一時流行ったが、色落ちの早さで次第に人気がなくなっていったような気がする。ヘアカラーが髪の内部にまで染料を浸透させるのと異なり、ヘアマニキュアは髪の表面に色素をコーティングする技術だ。
ヘアカラーが永久的染毛剤であるのに対し、ヘアマニキュアは半永久的染毛剤と言われるように、染料は普通1ヶ月もすれば落ちてしまうのだが、なぜか私の場合白髪に入った色は何ヶ月経っても落ちない。きれいな発色のまま色が残っているので嬉しい。
年齢なりに白髪はかなり増えてきているが、白髪染めをわざわざしたことはない。いっそのこと早く全部白髪にならないかと思っていたが、そこはなかなか思い通りにはならないものである。父方の祖母が、歳を取ったら白髪ではなくそれは見事な金髪になっていたので、自分もそうなるかとわくわくしていたのだが、残念ながらそうはならなかった。

髪の色も服と同じく、みんな好きな色にすればいいと思う。
自毛を変えるのはちょっとという人も、ウィッグなら自由自在だ。
服に合わせて髪の色をコーディネートするのは楽しいので、ぜひお勧めします。


登場した技術:ブリーチ
→古代ローマでは金髪が大流行したそうだ。かのジュリアス・シーザー(ガイウス・ユリウス・カエサル)が、ガリア地方の金髪女性を捕虜として連れ帰ったのが発端とされている。ローマ人の髪の色は濃いブラウン~黒なので、金髪になるには脱色、つまりブリーチをしなければならない。ブナの灰(アルカリ性)を羊の脂で固めたものを髪に擦り込み、太陽の下で何時間も陽に浴び続けたというのだから、どんなに髪を痛めたか想像に難くない。古今東西、お洒落には根性がいるのである。
今回のBGM:「Born This Way」by Lady Gaga
→「Hair」という曲の歌詞にある「I'm as free as my hair」には、子供の頃両親に抑圧された彼女が、唯一思い通りにできたという髪への思いが込められている。

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