第128回 薔薇色の頬


マスク生活が当たり前になった昨今、口紅の地位の凋落が著しい。
なにせ見えないのだ。おまけに塗ればマスクに付いてしまう。そこでどうせ見えないのだからと化粧自体あまりしなくなったという人もいるだろうし、また反対に見えるところに注力しようとアイメークに命を賭ける人もいるだろう。
ここで問題になるのが、チークをどうするかだ。チーク、すなわち頬紅。ちなみにチークというのは英語の「頬」そのものを指す言葉であり、チークやチークカラーという言い方は所謂和製英語である。英語ではblush、仏語では口紅と同様のrougeと呼ばれている。
マスクをした場合にこのチークを付けるかどうか、結構悩ましい。絶対に一度もマスクを外すことがないという場合は、付けなくてもあまり問題はないかもしれない。しかし一度でも外す機会があるかもしれない場合、あるいは初めからマスクで覆われる顔の面積が小さいため見えている部分が多い場合は、やはりチークはあった方が見栄えがする。
マストではないがベターといった立ち位置のチークなのである。

そもそも頬紅は古代エジプトですでに用いられていたそうだ。中国でも紅花を使った頬紅が紀元前から使われており、唐の時代に日本にもそれが伝わっている。
歌舞伎の隈取や京劇の臉譜を思い浮かべてもらうとわかるが、紅は頬というよりも目の周囲を囲むように塗られている。この赤系の色を使ったアイシャドウともチークともつかないようなメイクは、数年前に流行ったチャイボーグと呼ばれる中国のインフルエンサー(「紅美女」というらしい)のメイクにも受け継がれているように思われるので、東アジアで人気になる要素があるのだろう。 
チークを使わず血色感の無い白肌で、目の周囲を赤く囲み涙袋を極端に強調すると、地雷メイクや病みメイクと呼ばれるようになる。盛れると話題のこの地雷メイク、泣きはらしたような目元にするのが大事とのことなのだが、涙袋が単なるくまに見えないように、個人的にはチークは少しでも入れた方が良いと思う。

欧米の女優やモデルを見るとわかるが、チークは必ず頬骨を強調するようにこめかみからシャープに入っている。これが日本や韓国で好まれるチークの入れ方と根本的に異なるところである。
西洋では男女問わず「high cheekbones(高い頬骨)」「prominent cheekbones(突起した頬骨)」が、美しい顔立ちの必須条件とされてきた。高く秀でた頬骨こそ、美の基準であったのだ。だからこそメイクでも頬骨を強調するようにチークを入れる。チークは単に顔色を健康的に見せるためではなく、頬骨の存在を際立たせるためのものであった。
日本では小顔に見せるために使われるシェーデシングやハイライトも、欧米ではより頬骨を目立たせるために用いられる。化粧でなんとかならない場合は、頬にインプラントを埋め込む手術をする人までいるというから、如何に頬骨が大事かわかるというものだ。

これに反して日本では、かえって頬骨は目立たないようにすることが多い。チークの入れ方も、頬骨の一番高いところではなく、その下のもっと鼻梁寄り、笑った時に一番高くなるところを中心に、瞳の真下辺りに丸くほんのり入れるやり方が好まれる。
比べて見るとひとわかりだが、欧米のチークの入れ方はより大人びて見えるのに対し、日本では幼気な印象を与えるように入れている。成熟を良しとする欧米と若さを重んじる日本の違いといえばそれまでだが、どちらが良いということではない。
チークに用いる色も、欧米がより凹凸が強調されるブラウンやベージュが好まれるのに対し、日本では可愛らしいピンクやローズが人気だ。もちろん自分の肌に合う色を選ぶというのはあるだろうが、NARSの”ORGASM"という1999年登場以来絶大な人気を保っている色のように、どんな肌色の人にも似合う色もある。
どんな色でどんな形で入れようが、ようはその時の気分で自分がなりたい顔になればいいのだ。

イエベだろうがブルベだろうが、平坦だろうが彫りが深かろうが、好きな色を使い好きな形でチークを塗ろう。
少女だからといって丸く儚げにチークを入れる必要はない。鋭角的に頬骨を際立たせる格好良いチークでロリィタを着ても良いではないか。
生き方に定型がないように、メイクにも定型はない。
個人的には、マスクの上端からわずかに見えるだけでもチークは入れたい所存である。


登場したチーク(ブラッシュ):「ORGASM」
→全世界で1分間に2個売れているそうだ。シマーなピーチピンクは私も愛用。
今回のBGM:「LOVE SONGS」by 竹内まりあ
→大ヒットした「不思議なピーチパイ」は、作詞・安井かずみ/作曲・加藤和彦なのであった。


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