199回 そうめんにゅうめんひやそうめん


夏場のこの時期は、ただでさえ食欲が低下しがちである。
特に近年酷暑と呼ばれる程の高温であるため、熱中症予防にひたすら水分を摂っていたら、あまりお腹が空かず、つい簡単なもので済ませてしまうことも多いだろう。
昔から日本では、高温多湿の夏に合わせて簡単で美味しく食べられる麺類を愛してきた。
そう、そうめんとひやむぎである。

今はどうかわからないが、私が子供の頃東京下町の蕎麦屋では、夏場になるとメニューにひやむぎが加わった。
白い麺の中に一筋二筋、ピンクやグリーンの麺が混じっている。氷を浮かべた皿に盛られたひやむぎには、なぜか缶詰のミカンやチェリーが添えられていた。見た目にはカラフルで美味しそうではあるのだが、色が変われど味は一緒なので、あまり美味しかったという印象はない。
麺類というのは麺が主体なので、言ってみれば最初から最後まで麺を食べ続けることになる。比較的少食の上に、いろんな味や食感を取り混ぜて食したいという傾向があるので、単一のものを沢山食べるのが苦手だ。
いろんな具材が乗っているタイプの麺(おかめうどんや味噌ラーメンなどなど)ならともかく、ひやむぎもそうめんも一番シンプルな麺である。ひたすら麺だけを啜るのは、子供の自分にとって結構な苦行であった。

ところで、そうめんとひやむぎの違いはご存じだろうか。
一応は、細いのがそうめん、もう少し太いのがひやむぎ、程度で問題はない。どちらも小麦粉と塩と水でできている。より太いのがうどんだ。
日本農林規格(JAS)の乾めん類品質表示基準では、干しそうめんは直径1.3mm未満(手延べの場合は1.7mm未満)、干しひやむぎは直径1.3mm以上1.7mm未満、干しうどんは直径1.7mm以上と分類されている。そして幅4.5mm以上・厚さ2mm未満の麺は、きしめんとされる。
そして製造工程に因って、そうめんの断面は丸いが、ひやむぎの断面は四角い。一度しげしげと見てみることをお勧めする。

そうめんの起源は、奈良時代に中国から伝わった「索餅(さくべい)」というお菓子にあるそうだ。その後室町時代にかけて、麺を手延べする方法が伝わり「索麺(そうめん)」が誕生し、それが「素麺(そうめん)」となったという。
そうめんには、小麦粉と塩と水の他に油が使われている。小麦粉を塩水で捏ねて生地を作ったあと、油を塗りながら手で生地を細く伸ばしていく。この工程が手延べと呼ばれる。この微量の油が、そうめんの滑らかな喉越しを支えているのだ。
ひやむぎは、室町時代に登場した「切麦(きりむぎ)」が起源と言われているが、詳しいことはわからないらしい。うどんと同様に平らな板とめん棒を使って生地を薄く伸ばし、包丁で細く切って作られる。
切麦を冷やして食べれば冷麦(ひやむぎ)、茹でて熱いうちに食べるのを熱麦(あつむぎ)と言い、ひやむぎだけが残った。

そうめんの仕込みは冬が最適だそうだ。気温が低いと少ない塩分での製麺が可能となり、塩分が少なければ少ないほどコシが強くなる。
できた時点に於いて、麺には多くの水分が含まれている。その状態で梅雨の時期を越すと、麺は貯蔵庫の中で自分の水分を使って発酵をする。このことを「厄」という。厄が済んだそうめんは、茹ででも延びにくくコシが強く残るので、美味しさが増す。
製造されてから二度の梅雨を越したそうめんを「涸物(ひねもの)」と呼び、三度の梅雨を越したものは「大涸物(おおひねもの)」と呼ぶそうだ。古くなるほど美味しくなるとはいえ、三年が限度ではあるらしい。
またそうめんは、細ければ細いほど高級とされる。これは手延べそうめんであれば、職人の技術が高くなければ細くすることは難しいためである。確かに極細のそうめんはツヤがあり美しい。

これは知らなかったが、ひやむぎは東日本の文化で、西日本では知名度が低いという。それはそうだろう、西日本にはれっきとしたうどん文化があるので、わざわざ似たようなひやむぎを食べる必要がない。
東京の蕎麦屋でひやむぎを出していたのは、ひやむぎとそばの太さが近いため茹でる時間がほぼ同じだったからという説がある。
ひやむぎに色付きのめんが入っているのは、そうめんと区別をつけやすくするためだったそうだが、今ではそうめんにも色付きめんが入っているものはあるし、最初から梅や青紫蘇を練り込んだ色鮮やかなそうめんも売られている。

どうせなら麺つゆにもこだわりたい。市販の麺つゆでも、そうめん用は麺が細くてつゆが絡みやすいので醤油は弱めで出汁を効かせて上品に、ひやむぎ用は麺が太めなので出汁も醤油もより濃いめの味に仕立ててある。麺ならなんでも同じつゆではないのである。
そばつゆというのもあるが、こちらはそばに特化したものなので使わない方が良い。そばつゆは麺つゆに比べて、味醂や砂糖の量が多く出汁は少なめになっている。そばの独特の風味に負けないように、味も色も濃くしてあるので、そうめんやひやむぎでは麺が負けてしまうのだ。

今ではそうめんもひやむぎも、製麺機で製造された安価な商品が大量に出回っている。それでもやはり手延べや手捏ね・手切りで作られたものは、一味も二味も違う。
大人になってからは、ひやむぎもそうめんも夏の季語みたいなものだと思い、楽しめるようになった。
この夏はちょっと奮発して涸物を手に入れてみようか。
つるつるとすべる喉越しで、落ちた食欲を盛り返したいと思う。


登場した動詞:すする
→すすることができるかどうかは、口呼吸と鼻呼吸を使い分けられるかにかかっている。麺をすすれる人は、麺と一緒に空気も口に入れ、その後空気だけを鼻から出している。すすれない人は鼻から空気を抜くことができないので、麺が入っていかないのだ。ヌードルハラスメントなどという言葉もあるが、日本の麺文化独特のこの動作、上手に使っていきたいものである。
今回のBGM:「御中元」by 倉橋ヨエコ
→夏っぽさ満載。「楯」のグランドピアノ弾き語りバージョンは良いですよ。


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