ちゅっ!としてぱっ!

もう後戻りは出来ない。バスを乗り過ごすなんて何年ぶりだろ。気づいた頃にはもうバスは走り出していて、降りるはずだったバス停はだんだん遠ざかっていく。
「バイバイ」
毎日朝も夜も会っていたバス停の看板に手を振ると、もうこれでいいやと思うことにした。
次のバス停で降りることにした。「次は、T市役所前」そのアナウンスを聞くまでもなく、私は次止まる場所の名前を知っていた。
T市役所を少し歩いたところには商店街がある。並ぶ店は全部ピンク色で、もうすぐ春だということを思い出した。ピンクのコスメがいっぱいのコスメショップとか、和菓子屋さんはピンク色の金平糖とか桜餅がおいてある。だからこの時期だけは、誰もが幸せになりそうなピンクにつつまれた商店街に変わっていたのだ。
でも雑貨屋の店先のピンク色のキャンドルを手に取るとどうだろう。たくさんのピンクの中から離れるだけで、それは春らしいキャンドルじゃなくなった。ただのピンクのキャンドルになった。桜の木から摘み取った花びらが大きさも、その存在さえも小さいみたいに、ただピンクを集めに集めているというだけで、その一つ一つは実はそれほどすごくない。遠くから見るから綺麗に見えるだけ。本物の桜だってそう。近くで見ると残念な程にピンク色じゃないし、満開でもすぐに散ってしまう。遠くから見る一瞬だから絶景なんだ。

「ねぇお昼は何食べる?春の期間限定スイーツそろそろ発売だよ?楽しみだね!」

私なにやってんだろ。

「ちゅっ!としてぱっ!だよ」

でもその後はどうするんだろう

「簡単でしょ?」

私には出来ないよ

「大丈夫だよ」

大丈夫だったことなんて1度もないよ。私はもうだめだよ。

「きっとこれから見るものが全部綺麗だよ」

報われないこれからを変えたいな

「いやー危なかった、でもなんか嬉しいね!」

ほかに方法はないのかな



「ないよ」



手の感覚が麻痺してる。
何を握ってるのか分からない。

「さっきのスイーツの話の続きなんだけどさ」

起きてるのか眠いのか分からない。
視界がなんだか狭すぎる。
普段見えているはずの場所には全部青と赤とか黒とかが混じったみたいなのが激しくゆらゆらしている。

「めっちゃピンクでいちごものっててさ」

耳の中に何かいる。
耳の中でナメクジが這いずり回って聞こえにくくしてる。
心臓のドクドクと波打つ音が聞こえる。

「それでね、クリームも生地も全部ピンク色で」

脳が溶ける。
もし今病院で症状を聞かれたらはちみつとチョコを混ぜたみたいって答えると思う。
それってすごく甘いよね。
絶対美味しいよね。
だけどたぶん3口で飽きて捨てちゃうね。

「桜みたいに綺麗なんだよ」

それは本当にちゅっとすると、ぱっと吹き出て止まらない。止まらない。


これどうするの?

「私は毎回桜の木の下って決めてる」

冷めきった汗が額をつたう。

「だって赤は薄まるとピンクになるでしょ?」

力を使うことはしてないはずなのに、腕が痛い。
震えで思い通りに動かない。

「来年の桜を綺麗に咲かせてくれるかもって気がするの」

近くで見る桜がなんで綺麗に見えないのか、わかった気がした。

来年も一緒にいられるとうれしいね。
明日がきっと報われるといいね。
じゃ、またあした。おやすみ。
それとさ、明日は会えないかもしれないから先に言うね。
おはよう。
このまま逃げ切れなかった時のために言っとくね。
ありがと。
もしかしたら君を裏切るかもしれないから言っとくね。
ごめんね。
もしも来年の桜がとても綺麗で、それを見ることが出来た時のために言っとくね。

これからもよろしくね。

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