おいしいごはん2

2022年8月2日

ここまで話したあと、小原裕二は脱力した様子で、
「これが僕の最後に殺した女の全てだ」
といった。
「それで石川志帆を殺したんですね?」
小原は軽く頷いた。
ステンレス製の机に置かれたラジオから女が話している。デスク用の椅子に座った小原は、回りながら、「そんなにしなくても逃げも抵抗もしないのに。僕が殺人鬼だからって少し警戒しすぎでは?」
スーツをしっかりと着込んでいるせいか、さっきの丁寧でしっかりとした口調のせいか、その様子はまるで人格が変わったようだった。とは言っても血だらけのスーツだ。割とこっちの人格の方がお似合いかもしれないが。
「目が覚めれば突然こんな無機質極まりない取調室にいて、警戒したいのはこっちの方なんだけどね。」
夜の11時。鉄格子のついたその窓からはもう光が差し込まないほど暗かった。そしてまた女の声がした。
「一つだけ疑問があります。」
それを聞いた途端、小原は笑い始めた。
「一つだけ?一つだけだって?」
部屋に小原の笑い声が響く。
「なぜ僕があの瞬間あの場所で倒れていたのかかい?それとも」
小原は勢いよく立ち上がり、ラジオを両手で手に取った。
「なんで志帆の録音された声がここにあるんだよ!志帆が僕を裏切るはずがない!志帆は僕を愛していた!なんでお前らと繋がってるんだよ!!」
ラジオからは小原とは打って変わって冷静な声しか聞こえない。
「志帆を愛していたのはあなただけです。志帆はあなたを愛していません。」
「何を言っているんだ?僕が志帆を?僕は愛していない!僕は君のことなんてどうでも良かったんだ!」
「一つだけ疑問があります。」
冷静沈着な声を小原がかき消すように何度も何度も大声で叫んでいる。
「君のことなんて愛していなかった!僕は君の心を弄んだ!君はそれに気づかずにいつも笑顔で、、部屋を出ていったじゃないか!」
「一つだけ疑問があります。」
「なあ、おい!なんで志帆がここにいるんだよ!」
「冷静になってください」
「僕がこんなにも取り乱すことさえ見抜いていたんだね志帆。裏切り者のクソ女が。」
小原は少し口角を上げてそう吐いたあと、また人格が変わったように冷静に席に着いた。手と足を組み、ラジオの方を下目に見た。
「一つだけ疑問があります。」
「ああ、なんだ」
「なぜ私が何度も傘を盗んでいた事に何も言わなかったのですか?」
小原は驚きのあまり目を見開き、体制を崩した。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ言っている意味が分からない」
その声を無視するように話は続いた。
「あなたの会社の傘立て、コンビニ、バス。私は傘を盗む度にあなたが更生してくれるのではないかと思って高架下に呼ぶかどうか迷ってしまいました。」
「言っている意味が分からない、僕が、傘を初めて無くしたのは3ヶ月も前だ。冗談を言うんじゃない!」
小原は机に手を付き身を乗り出した。
「でもあなたは出会った時と何も変わらなかった。」
「君を初めて家に呼んだのは1年前だぞ、、」
「そして出会う前からも何も変わらない。」
小原の目付きが変わり、ラジオをギロリと睨みつけた。
「どういう意味だ!?」
「何を脅えているのですか?私たちはあなたを常に監視しています。何度も何度も女を殺して」
今度はドアの方から声が聞こえる。
「殺した女を食べることでしか愛することが出来ない。」
重いドアが空いて、見覚えのある女が出てきた。
「志帆、、、なのか?、、」
志帆はこれまでに見たことの無い表情でニヤリと笑った
「私のお腹の睡眠薬は美味しかったかしら?」
「おい、お前らは何者なんだ!警察か?俺を捕まえに来たんじゃないのか!」
そしてドアがもう一度開き、色眼鏡にスーツ姿の男が出てきた。余裕のある表情は小原を見下しているようにも見える。
「警察なんてタチが悪い。俺らは常識や法に縛られないやり方で君たちの更生を望んでいるんでね」
またドアが開き、次は背が高く細身、迷彩柄の軍服に白衣を着た男が入ってきた。そして腕を組んで見下すように言った。
「警察の手に負えないゴミを専門に扱う清掃業者」
志帆が腕を組み右足を前に出し仁王立ちをした。
「世に出回らない摩訶不思議解読不能奇怪奇天烈な狂人たちに鉄槌を下す」
そして最後にスーツ姿の男が額に手を当て上を向きポーズをキメた。
「我々は」
全員が声を合わせた。
「私立秘密探偵だ!」
しばらくの間があり、小原が固まっていると、スーツ姿の男がポーズを崩して動き始めた。
「ちなみに更生の見込みがないやつは消す」
内ポケットから銃を出すと、なんの躊躇いもなく小原を打った。弾は頭に命中し、苦しむ間もなく目を開けたまま小原は死んだ。
鉄格子に血が飛び散り、暗い夜の窓に散りばめた。
3人はその後すぐ部屋から出ていき、白衣の男は部屋を出る時「掃除しといてくれ」と言った。
部屋の隅でこの取調べの記録をしている俺の仕事内容に、小原の清掃が加わった。

2022年8月3日0時10分
カニバリズムによる美少女連続殺人事件
これにて終結





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