おいしいごはん

最初はただの気まぐれだった。
朝7時前の、アラームより先にキッチンから聞こえるフライパンと菜箸のカチャカチャという音がいつの間にか当たり前になっていた。
「私ね、陰キャはぜっったいに嫌なの!かと言って陽キャ過ぎるのもだめ、私に優しくして欲しいし店員さんに横柄な態度とる人はいや、清潔感ない人なんてありえない!」
彼女はいつもまるで自分の家かのように冷蔵庫のビールを勝手に引っ張り出し、散々喋った後酔いつぶれてその場で眠ってしまう。そんな彼女に布団をかけて隣で寝るのが日課だ。その日もそうだった。僕はへとへとに疲れ、ただうんうんと頷くだけ。それでも彼女はこっちの反応なんて気にもとめずに一方的なマシンガントークが始まる。別にそれを苦痛だと感じたことはなかったから、彼女に黙るよう言うこともなかった。
「ところ構わずベタベタしてくる人も嫌よね、あとメンヘラもいや!すきすき言われたら冷めちゃうし、、私って追われるより追う恋がしたいのよ!だから、、」
また来る。
「私と付き合ってくれる?」
まただ。彼女は毎回酔うと突然こんなことを言い出す。先週は親が死んだと泣きながら、その前はなんでもするからと、前の前は僕の嫌いな上司を殺すと言い出した。それに比べると今日のは割と平和だ。
「僕にとって君はただのセフレとしか見れない」
そして毎回のように用意していた答えで彼女に即答する。彼女は見た目はいい方だし、料理もできる。でも付き合うことは出来ない。絶対に。
「そっか」
初めの方は泣き崩れていた彼女も、貼り付けたような作り笑いでこう言うのだ。その笑顔が気の毒で仕方なかった。

ベットから起き上がりキッチンに向かうと彼女は既に家を出たあとだ。朝食のスクランブルエッグにラップしてあり、その上にはメモが置いてある。
(今日は雨が降るから傘を忘れずにね♡)
ドアの方を見ると、ドアノブには彼女の折りたたみ傘がかけてあった。僕の家には傘が1本もない。最近になって4本も傘をなくした。多分夜この話を彼女にしたから気を使ってくれたのだろう。この折りたたみ傘以外に傘を持っている様子はなかったから、もし雨が降ったら彼女はずぶ濡れになってしまうだろうか。いや、その前にコンビニで傘を買うだろうか。いいやその必要はない。

迎えに行ってあげよう。

仕事中もずっと彼女のことを考えていた。今日はどんな服装で仕事に行ったんだろう、誰とどんな話をしているのだろう、彼女も僕のことを考えてくれているのだろうか?そんなことを考えるのが楽しくて仕方なかった。そうしていると、彼女からメッセージがあった。

(今日のしごと終わり、私たちが最初に出会ったあの高架下に来て欲しい。まってる)

やっぱり彼女も僕のことを考えていたんだ。僕は迷わずいいよと返信した。

定時になり、彼女の折りたたみ傘とカバンを持って一直線にエレベーターに向かう。下に行く矢印のボタンを連打した。

軽い足取りと高鳴る鼓動は、高架下に近づけば近づくほど強くなっていく。
人のいない道を少し歩くと高架下に着く。既に彼女はそこにいた。心臓がはち切れそうだ。
「ごめんね、待った?」
「仕事お疲れ様!全然大丈夫!待ってないよ!早く会いたかった」
沢山待っていたとしても、彼女は嫌な顔ひとつせずに笑顔でこういう。大丈夫、大丈夫といつでも僕のことを思ってくれていた。恋人でもないのに。
僕はかばんから、包丁を取りだした。食事はほとんど彼女に任せてるし、これを持つことなんてほとんどない。そのはずなのに妙に手に馴染む。一年以上握ってないはずなのに。包丁が僕に使われることを望んでいる。包丁がもっと他に切りたいものがあると叫んでいる!!
「僕も同じ気持ちだよ」
そして思い切り刃物を彼女の心臓に突き刺した。刃をもっと奥に奥に突き刺すと、血を吐いて膝から崩れ落ちた。
刺した包丁をそのまま下におろし、魚を捌くみたいに腹を開けた。僕に会うために用意してくれていたのだろうか。白いワンピースに血が染み込みびりびりに破け、内蔵も胸も露になる。
「やっぱり君は綺麗だ」
両手の平で彼女の白い胸を包み込み、そのまま腹の境目にゆっくりと滑らせた。
「普段は見れない君を見れて幸せだよ」
開くと、ぐちゃぐちゃと音を立てて、彼女の白い肌から内蔵がこぼれ落ちていく。それを見て、さらに心臓が高鳴り、はち切れそうになる。
「見てよ、僕の心臓がこれまでにないほどどくどくと音を立てているよ。君に聞かせてあげるよ」
頭を持ち上げ、心臓の位置に彼女の耳を当てた。
「うんうん、君をこんなふうに抱いてあげられなくてごめんね、本当にごめんね、」
彼女はなんて答えるだろう。大丈夫、気にしないでとまた笑顔で言ってくれるのだろうか。でも彼女からの答えは無言だった。なにも言わなかった。
「ねぇ、聞いてるの?」
肩を思いっきり何度も揺さぶった。彼女の頭はカクンカクンと激しく揺れるだけ。まるで死体みたいに。
「なにか言えよ!!」
そう言って内蔵を殴ると、胃袋から茶色いドロドロしたものが出てきた。
「これは君のお昼ご飯だね??」
そしてそれをすすってみた。
「これ少し酸っぱいんじゃない?酸っぱいものは腐ってるって君が教えてくれたよね?でも君と同じものを共有したいから頑張って食べるよ」
それからどれぐらいたっただろう。全部食べる頃にはもうあたりは暗くなって、雨もかなり降っていた。空っぽの彼女にお別れのキスをした。
「僕を許してね。」
彼女のくれた折りたたみ傘を差すと、下の方に、小さな小さな文字でなにか書いてあった。


(ゆるしてあげるよ)
彼女は死体みたいに張り付いた笑顔で笑った。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?