朝井リョウ『正欲』感想

読了後、お昼ご飯を戻しそうになった本はこれがはじめてだった。強烈だった。今もなんとなく胃がムカムカして、何かが出てきそうで、視界が滲む。お昼ご飯に食べた鶏天がもたれているのか(鶏天は4つ食べた)、はたまたこの本が私の体内で暴れて消化不良を起こしているのか、わからない。


正しい欲は私にも植え付けられているのだと思う。
「腐女子で姫女子で夢女子だからどんなジャンルでも楽しめるよ、でもグロいのは無理!」と半ば自慢でもするかのように言っていたあの頃の私には多分もう戻れない。戻る気も失せた。そういった創作に近い現実があるとは知る必要もなかったからこそ、無邪気に楽しめるのだとわかっていなかった。私は「正しい」ところから、ゲテモノを楽しむような感覚で読んでいた、と思う。

以前から抱えていて、読了後さらに大きくなった考えなのだけど、多様性という言葉を都合よく使って臭いものには蓋をしている気がする。「多様性」は丸くて優しい言葉に見えるけれど、その多様性で括っているのは王道から外れたマイノリティで、でもそのマイノリティもすべて集まればマジョリティより大きい気がして、そもそもマジョリティ側の人達はみんな違うのになぜ「私たちは一緒ですよ」と装っているのかわからなかった。
私はこころもからだも女で、好きになる対象は男で、でもその先がどうしても気持ち悪いと感じる。作中では八重子に1番近い。ただ近いだけでまったく一緒なわけではないし、その証拠に誰かを性的に見るその視線を怖い、気持ち悪いと思うこともない。じゃあ先程述べた「その先がどうしても気持ち悪いと感じる」のはどういうことかという話になるのだけれど、私は「オス」「メス」という人間も動物なんだと意識せざるを得ない言葉が苦手。
今でも忘れられないのが、中学3年生の春、いろいろあって顔なじみの人たちがいるその中学校に転入した初日、「(私)ってもう生理きた??」と言われたこと。その時は馬鹿みたいに正直に答えたけれど、でもなぜそんなことを聞かれたのか、聞いてどうするのか、私はなぜ答えたのか、今も釈然としなくて喉に引っかかった小骨のように記憶に残っている。気持ち悪い。
オスメス、動物のような人間の姿がどうも気持ち悪くて嫌になるのだけれど、でも私の正欲も「過剰と不足の間でブレ続けている」と感じる。
以前、村田沙耶香『殺人出産』を読んだのだけれど、そのなかに「清潔な結婚」という短編が入っていた。私は最初、あぁこの世界だったら楽だったのにと感じた。性交渉をする方が白い目で見られる世界。でもその世界で子供をつくる場面はすごく滑稽で、私は今の性交渉もかなり滑稽だと思っているけれどそれよりも作中のもののほうがおかしくて、こんなのするくらいなら今の方が百倍マシだと思った。
結局なにが言いたいのかぼやけてしまったけれど、要するに私は男女のあれこれに嫌悪感を抱く一方で、でもするしかないんだよねと腹を括っている。腹を括っているのは完全につもりですが。

私はこれまでの20年間の人生で一度も異性と付き合ったことがない。遊んだこともない。何の経験もないままここまできてしまって、手遅れなんじゃないかという思いがじわりじわりと脳内に染み込んでくる日々。
私はひとりでは生きていけそうにない。誰かのぬくもりがないと、私をこの世界に留めてくれる重石がないと生きていけない。ひとりで生きていくにはこの世界は厳しい。私にとっては、の話だけど。
人を、男性を好きになることはある。今だって片思いしていて、でもその人とは会えないし、しかもこの本を読んでいる途中で彼が女の子を自分から誘ってライブに行っていたことを知って本当に病み散らかした。というか今もギャンギャンに引きずっていてしんどい。私は彼と支え合いたいと思っていた。今も思っている。好きなのもあるけれど、それよりもこの人となら苦しいことを共有して支え合っていけるんじゃないかと思ってしまった。支え合う未来を想像してしまったら最後もう諦められそうになくて、でも圧倒的に脈がなくて、しんどい。
だいぶ本筋からズレてしまったけれど、こんな状況にあるから大也と八重子がわからないからこそ話し合っていこうよというひとつの形に落ち着こうとしたあの場面が刺さった。羨ましかった。相手に傷をつけて私も相手から傷つけられないとできないあの形だから羨ましいと思うのはお門違いなのだろうけど。
結局人間は何度も何度も気が遠くなるほど何度も話し合いを、解説でいうところの「正交渉」を重ねていくしかない。それぞれがそれぞれの正しさを持って生きていて、それを制限しちゃいけないけど、でもそれを盾に好き勝手やっていいわけじゃない。結局綺麗事かよと言われてしまいそうだけれど、話し合いをして、意味がわからないと感じるものでもそういうものとして存在を知る、認めることができる人でありたい。


胃のムカムカが治まった。

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