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レンタサイクルの彼女(シロクマ文芸部)

珈琲とコーラを一つずつ頼んだ。

僕の口の中で想定外の苦味が広がり、彼女の珈琲を間違えて飲んでしまったことに気がついた。

そんな僕をみて、高校生とは思えないほどあざとく膨れ顔をする彼女は、

レンタサイクルで去っていった。


下校中、突然大雨が降ってきた。

お互い会話に夢中で、空の色など気にしていなかった。

ちょっと先に駄菓子屋を見つけ、雨宿りをしていこうと提案しようとした僕をよそに彼女は、

レンタサイクルで去っていった。


大学の合格発表。

学科は違うが、僕らは自然と同じ大学を志望した。

オンラインでも結果が見れるが、せっかくだからと2人で合格発表の会場まで来た。

僕は自分の番号がなかなか見つけられない中、彼女は早々に自分の番号を見つけ、

レンタサイクルで去っていった。


僕らは別々の大学に進むこととなった。

2人の時間は少なくなったが、たまに出かける時間が何よりの楽しみだった。

今日はファミレスに来た。

全然高い店ではないけど、むしろ居心地のよさそうにドリアを頬張る彼女。

この時間がずっと続けばいいと思いながら、ドリンクのグラスに残された氷を食べる僕をみて彼女は、

レンタサイクルで去っていった。


2人とも大学を卒業した。

卒業と同時に同棲も始めた。

僕は普通のサラリーマンで、彼女は夢追い人。

彼女は画家を目指すと言い、定職に就かなかった。

僕は社会に上手く適応できず、その焦りを毎日彼女にぶつけた。

僕が仕事でストレスを抱える中で、彼女が無邪気に絵を描いている姿が、徐々に憎たらしくなってきた。

そんな僕を察したのか彼女は、

レンタサイクルで去っていった。


彼女がいなくなってどのくらい経つだろうか。

こんなことになるなら2LDKじゃなくてもよかったじゃないか。

僕はストレスをウイイレでしか発散できなくなった。

ただ負けが続くとどうしようもなくなり、気づくと彼女の絵を眺めていた。

よくこんな簡単に上手な絵が描けるなと感心する。

でもよく見ると何層にも絵の具が重なっていて、失敗した絵に何回も上書きした跡があった。

彼女も僕と同じだった。

すると去ったはずの彼女が、

レンタサイクルで帰ってきた。


彼女は僕に謝ってきた。

でも本当に謝らないといけないのは彼女じゃない。

彼女は画家になる夢を諦めた。

才能が無かったからだと自虐して笑っていたけど、僕からみれば多分才能はあった。口に出したことはなかったけど。

僕が彼女の夢を奪った。

彼女の夢は、

レンタサイクルで去っていった。


彼女と同棲してそこそこの時間がたった。

給料3ヶ月分には届かないけど、一生懸命働いたお金で指輪を買った。

そして2人の晴れ舞台。

僕はバージンロードの先で、彼女を待っていた。

今までで僕が見てきた中で一番美しい姿の彼女は、父親と一緒に、

レンタサイクルで入ってきた。

ニケツして入ってきた。



(1150文字)


以下企画に参加させていただきました。

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