傘と飛行機雲(シロクマ文芸部)
青写真に描いてた未来と現実の距離はどのくらいだろう。
大人になった僕は、スウェットだけで外に出たことに後悔していた。
夕空には心配になりそうな角度で下る飛行機雲だけが見える。
午後から雨が降ると聞いていたけど、杞憂だったようだ。
無駄に左手を塞いでいる傘に苛立ちながら立ち止まった。
飛行機雲は少しずつ地上との距離を詰めている。
最後まで見届けるには人生が足りないので、そのまま家に帰った。
荷物になっていた傘を靴箱の横に立てかけた。
マンションの2階に住んでいるからか、しっかり地面を歩いている気がしない。
この傘は何曜日に出せるかな。
ゴミ収集のチラシを探した。
傘が劣化で黄色くなればなるほど『自分のもの』になってしまった。
この傘を貸してくれたあの子は、この傘のことを忘れているだろうな。
ほとんど会話したことがなかった僕に、なぜ傘を貸してくれたのだろう。
多分、あの子から見て僕がさっきの飛行機雲のように見えたのかな。
家に到着して、ネットニュースに飛行機の記事が出ていなかったことに安心した。
まだ空は明るかった。
僕は何かしらの衝動にかられ、またスウェットだけのまま外に飛び出した。
ビールのように黄色くなった傘が僕の左手と一緒に揺れる。
あの日あの子から傘を受け取った場所へ向かった。
この傘があの子の元に帰るわけがないのは、スウェットを信頼しすぎている僕でも分かる。
飛行機雲の名残りが見える。
スウェットと冷たい空気を戦わせながら、傘を受け取った母校についた。
でも校舎の中に入ることはできなかった。
思い出は、校門越しの眺めと、残りは想像で補った。
徐々に空が暗くなりつつあった。
あの子が吹奏楽部で練習していた、知らない楽器の音が聞こえた気がした。
メロディも知らない曲なので、上手いのか下手のかも分からなかった。
知らない音楽を聴きながら、傘を校門の前に立てて置いた。
帰り道。
飛行機雲が消えていることに気づいた。
空に注目するものが無くなった途端、今更雨が降ってきた。
地上からの重力を感じながら、ゆっくり歩いた。
以下、企画に参加しました。
1年以上前、note始めたての頃に書いたものの続編って形で書きました。
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