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奥浩平 青春の墓標

"おれの、これまでの人生はあまりに単線的ではなかったのか!(中略)こんな生活はいやだ!こんな毎日はいやだ!ボードレールもランボーも読めない人間、全く爬虫類のごとき存在だ!"1965年発刊の本書は21歳でこの世を去った学生運動家のノート及び書簡集、同時代の若者に影響を与えた一冊。

個人的には2020年に公開された『三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実』を観て、当時の若者たちの学生運動に興味を持ったことから高野悦子『二十歳の原点』を読み、また彼女に大きな影響を与えた本書も手にとってみました。

さて、そんな本書は1943年生まれ【国会デモで亡くなった樺美智子に衝撃を受け】高校生の時に安保デモに参加した著者が、横浜市立大学に入学してもマルクス主義学生同盟に参加、原潜寄港阻止闘争他に精力的に活動するも、ついには機動隊に鼻を折られ、退院後に自宅で大量の睡眠薬を服用し(表紙にもなっている)【ピンクのカーネーションを握りながら21歳で亡くなるまで】の日々の赤裸々なノート及び、家族や中原素子に宛てた背伸びした書簡集が兄・奥紳平氏によってまとめられて以前に出版されたものに、本版では仲間たちの対談集も追加、再販されたものなのですが。

私にとっては『上の世代の方々の青春』なので、当時の空気感は【映像及び、本書などで想像するしかない】わけで、また、それもあると思いますが率直に言って、本書で著者が学生活動家"マルキスト"として【長々と展開する思想や自説】に関しては『自己陶酔的なナルシズム』が漂ってきて、当時は40万以上出版されて前述の高野悦子に影響を与えたり、つかこうへいは名前の"こうへい"を本書からとったりしたらしいのですが。私には全く響かなかった。

一方で"今度の日曜デイトしないか?(中略)君のこれからのことを話そう"から始まる中原素子との【対立する活動組織の中での引き裂かれた恋】物語として読むと。ノートでの告白は20代らしい生々しく、赤裸々ではあるが、相手への『不器用なまでの純粋さ』には、引き込まれる部分がありました。(しかし、仲間たちの対談で"中原素子は全く恋愛感情なかった=奥浩平の一人相撲と知り、嗚呼。とも)

1960年代に学生だった人はもちろん、その当時の若者や学生運動の空気感をつかみたい方にオススメ。

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