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【書評】イギリスとアイルランドを舞台とした、妖精と交わる二つのコミック

「おまじない」が好きで、しかも「イギリス」にあこがれていた子供であった自分にとって、この漫画に描かれている世界は理想の形そのもののようだった。

ヤマザキコレ氏の『魔法使いの嫁』は、異形の魔法使いであるエリアス・エインズワースと、生きる気力をなくした少女・羽鳥智世が「お隣さん(妖精)」との関わりを通じて世界を知っていく物語だ。

美しいイギリスのコッツウォルズのような田舎に住みながら、人外の感覚の持ち主であるエリアスと、人であるチセのすれ違いと和解が描かれた前編。

現在は学院編として、人馴れしていないチセが奮闘しながら魔術師の学院で友達を作り、生活をする様子と、それに付き合うエリアスが新しい自分を見つけてゆく様が描かれており、今回紹介するのは、その学院編のラストを飾る19巻である。

(この先はネタバレを含みます)

前巻にて、とある神に「名づけ」をしたチセは、学友たちとともに魔力を奪っていく魔導書より現れた「できそこない」の神と対決する。
キーキャラクターとなるのは、「できそこない」の神を顕す力を集めるために祖母に利用された学友・フィロメラ。

神対神の対決は決定的な終わりをもたらさず、人対神の構図で「できそこない」の神は消失した。



その際、長年の酷い扱いにより命令を聞くだけだったフィロメラは、自らを呪っていた祖母と対決し、「やれといわれたこと」ではなく、これからたくさんの「やりたいこと」を望み、祖母との因縁を絶ち、一つの家族の物語が終わりを告げた。

神を 怪物を 異境の者を 退けるのはいつも人間(ひと)だ

『魔法使いの嫁』19巻

その後、魔力切れした全員はエリアスによりチセたちの家に招かれ、フィロメラは初めてのやりたいことをチセに教える。
初めて「好きにしていい」と許された彼女が戸惑いながらも進んでいく様子。
「名づけ」をした神との約束を守ったチセの目の前で、春の訪れの象徴であるスノードロップが花開く。

また、久々に家に戻ったチセたちと、家の住人たちが連れてきたお客がうれしいのか、銀の君がずっと上機嫌でいるのが大事なワンポイントだと思う。

そこからまた新しい物語が告げられるが……それはまた別のお話。

今まで遠慮がちだったチセが、エリアスに対して遠慮がなくなってきたこと。自分を犠牲にし続けていたチセが、他人を犠牲にしても「仕方ない」と思うようになったこと。

エリアスに遠慮がないのはうれしいような気もするが、「仕方ない」と思う部分には不穏な気配がしてきたが、それも含めて、チセの世界が広がってゆく様をこれからも見続けたい。そう思う19巻だった。

そして、19巻と同時に発売された新しいヤマザキコレさんの本がある。



アイルランドを舞台にした日本人の少女、サクと、知恵食い(カーリナッハ)と呼ばれる魔女、ロージーの物語だ。

「へび」が視える少女、サクは、大の大人でも警戒するおっかなさを持ち、それをどうにかするために数多の伝説が残る地、アイルランドを訪れる。

数多の伝承の中、この物語の中で最も重要なのは、アイルランドが「へびがいない島」であることだ。
ちなみにそれは事実であるそうで、アイルランドには現在でも蛇はいないという。

読了してまず感じたのは、「水のにおいがする」だった。

イギリスを舞台にした『魔法使いの嫁』に比べて、こちらに出てくる「おとなりさん(妖精)」は、もっと身近で、もっと悪戯好きな印象だ。

作中では、23年前に男性に撃たれた兎の妖精の兄弟が、それを呪ってアメリカから来た男性の娘である女の子をさらい、「どうにかしろ」と詰問する様子が描かれている。

いやぁ、怖い。

女の子はもちろん事情なんて知らない。
しかし、「血がつながっている」以上、妖精である彼らには事情を知っている・知らないなんて関係がないのだ。そういう理不尽さは実に「おとなりさん」らしいな、と思う。

最近、アイルランドの妖精譚に触れる機会が多いのだが、彼らは本当に時に慈悲深く、時にひどく理不尽なのだ。そして、妖精譚とはそれを乗り越えてきた人の物語でもあるし、乗り越えられなかった人のお話でもある。

GHOST&WITCHは、実に「アイルランドの妖精譚」らしさ溢れる水の気配がする物語だと思う。

主人公であるサクは、へびのいない島に「へび」を連れて帰った。ロージーは、そんな彼女を「神にする」と告げる。

このお話がどういう風に展開していくのか、わくわくしながら次巻を待つ。

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