見出し画像

アマゾンプライムお薦めビデオ③ 129 :舞台の演技を映画でやることによって作り出される別のタイプのリアリティと映画らしさ。黒沢清×濱口竜介『スパイの妻<劇場版>』

この映画、もともとはNHKBSで放送するドラマとして、当時の大河ドラマであった「いだてん」のセットを、このまま処理するにはもったいないからと、再利用する形で撮られたらしいが、あまりにも素晴らしいので映画になり(というかもともと映画にすることが前提だったのだろう。NHKBSのドラマは時々そういうことがある)、結果、ベネチア国際映画祭で銀獅子賞を取ってしまった傑作である。監督は黒沢清氏であるが、脚本には濱口竜介氏も参加しているという豪華体制である。しかも主演はあの『ロマンスドール』の蒼井優と高橋一生!これは観るしかないだろう。

黒沢清監督の魅力といえば、Jホラーの流れにも通じるその不気味さである。今回も映像的にこそその不気味さは抑えられているものの、高橋一生の存在はやはりある意味不気味である。またその甥の存在もある不気味であり、愛人?と思われる女の存在もまた不気味である。一方、濱口竜介監督にとってはこの作品は『寝ても覚めても』の後、『ドライブ・マイ・カー』の前に位置づけられる作品である。谷口作品の特徴を一言でいうとするとドキュメンタリー×演劇の手法、とも言えよう。事実、2013年から2014年にかけては、招聘作家として神戸市に滞在し演劇ワークショップを担当していたそうである。そしてこの映画の舞台もその神戸であり、せりふ回しを聴けばすぐにわかるように、主演の二人は敢えて演劇、舞台での芝居を映画であるこの作品においてしている。

この演出は、当時の時代背景を表そうと、その時代(戦前、戦中の時代)の映画作品のセリフ回しを意識してのことだそうである。この映画の中にも山中貞雄監督の作品が使われているし、当時の娯楽の中心だった映画や映画館はいろいろな場面で効果的に使われている(しかも私の大好きな街である神戸は新開地の映画館!)。実際に余興として自分たちで映画を撮るシーンもあったりする。そう、日本においてはその時代、映画とは舞台であったのである。映画館に〇〇座という名前が多いのもその名残だし、スクリーンは舞台となっており、かつてはそこに楽団や弁士がついていた。つまり人々はそこに「リアル」を見に行ったのではない。「リアル」ではない、もう一つの世界を見に行ったのである。それは虚構と呼ばれるものかもしれない、しかしその虚構を演じているのは生身の人間、俳優である。演劇にはこの二重性がある。演劇においてファンは俳優を見ると同時に俳優が演じる役を見る。そしてそれが映画となると、そこにはさらにもう一つの要素が加わる。確かに演じている俳優は生身の人間ではあるが、その人間自体はそこにはいない、人々が見ているのはスクリーンに映るその人物の影(映像)にすぎないのだから。

この、なんともいえぬ、不思議さと不気味さ。この映画はそれを意識したうえで作られていることは間違いないだろう(よって映画と幽霊(ホラー)は相性がいい)。そしてそれは高橋一生自身と彼が演じる役どころに集約されている。彼の存在は何だったのか、彼は演じていたのか、というかそもそも彼は彼という人物として存在している/いたのか。観る人はそれを意識するしないは別に、それについて考えざるを得ない仕組みとなっている。

最後にもう一点、この映画でも重要な役どころを演じている東出昌大という俳優についても言及しておきたい。確かに彼はちょっとどうかな、と思う言動のある人ではあろう。しかし、それと役とはまた別である。スクリーンでの彼はやはり魅力的である。今後の活躍というか復活に期待したい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?