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リフレッシュ休暇のススメ┃#1 20代のやり方の限界

――20代の私が取ってきた、生き抜く為の戦略

就職して約8年、冗談抜きで月ごとに楽しさと忙しさが増し続け、ほとんど息をつく間もなく夢中になって、とにかく止まらないように最前線で走り続けていた。

「ずっとこの業界に憧れてたんだよね」みたいな人が羨ましいほど、音楽とか絵とかスポーツが好きだった私にとっては、今の仕事は正直元々興味のある分野ってこともなかった。今の会社に決めることに対して自分を納得させる為に頭で考えた理由はいろいろとあったけど、「なんとなく一番エキサイティングな気がする」「なんとなくここに居たらいろんなものが集まってきて得しそう」という直感が決め手だった。

それまでの人生のどこで形成されたのか、「まず置かれたところで咲くことができなければ、何も成し遂げられぬ」「仕事の対価は仕事である」的精神がなぜか元々備わっていた私は、大して興味のなかった仕事でもその環境で生き抜く為に何とかできるようにならなきゃとトライし、没頭し、次第に特別な想いが生まれ、好きになり、気がつけば周りに頼られるような得意分野になっていた、という経験を繰り返してきた。ありがちな話だけど、入社してすぐ300人の競争環境に突如投入された私の目には、周りの新卒同期の知的レベルが自分と段違いに高く映っていて、自分なんて普通にやっていたら沈んでいくんだろうと感じていた。私には体力と気力ぐらいしか武器がないのだから、みんなの2倍ぐらい体力と気力を使って勝負しようという何ともシンプルな戦略を、多少形は変えながらも根本的には変わることなく8年ぐらい取り続けていた。営業、リーダーシップ、戦略構築、文章を書くこと、分析というか数字という文字列そのもの…なんて、むしろ苦手というか興味すらなくて嫌いだったから、その自分なりの生き抜く戦略によって克服し自分のものにできて、それだけで人生得をしたと思っているし、若い私に次々とチャンスをくれた会社と、そこにベットした学生時代の自分の直感に感謝しかしていない。

直近の私は8年間積み上げてきた社内の人間関係や知識、仕事を上手くやっていく為のスキルのおかげで、仕事・チームメンバー・上司・顧客の全てに恵まれ、たぶん外から見れば全てがうまくいっていただろうし、実際不満もなく全身全霊でビジネスライフを楽しんでいたと思う。本当にそれが楽しくて仕方がなくて、この楽しさはどこまでいっちゃうのだろう…と本当に思っていた。と同時に、心のどこかで、こんなの多分おかしいよな…とも思っていた。全部全力投球はできないことなんて分かっていたけれど、でもこのまま他の人がやったことないところまで行きたくて、行けるような気もして、全部の仕事で120点を取りに行こうとしていた。それがマイスタイルになっていた。


――突然ぶつかった壁

どう考えても無理があるそのスタイル。1年半前から仕事の山場を越えるとたまに熱が出るようになる。最初は風邪だと診断された。でも微熱と倦怠感以外の症状がなくて、1週間毎日37.8度。何度測っても37.8度。体温計が壊れたかと疑いたくなるほど、変わらない。おかしいなと思って大きな病院で血液検査をし、風邪じゃないことが判明。「慢性疲労による心因性発熱ですね」と教えてもらった。風邪のように身体がウイルスと戦っているのではなく、疲れやストレスが影響して脳が指令を出して熱が出るというからくり。薬は効かない。1週間休むと熱が下がる。また働く。

たまに熱は出るけど、ストレス社会の現代、そんなこと誰でもあるでしょうよ!っていうかストレスないけどな、そんなことで甘えてちゃいかんと、私はほとんど何も行動を変えなかった。むしろ仕事がうまくいけばいくほどレベルは上がり、その分エキサイティングになり、もっと夢中になっていた。いつの間にか発熱は2ヶ月に1回の頻度になっていて、今考えれば最後の2ヶ月間はずっとあったかもしれない。にも関わらず、これも人間の適応能力なのかその状態自体に慣れてしまうもので、熱があっても減速することがないぐらいには、にこにこしながら仕事ができるようになっていた。

ここ2年ぐらいのチームワークの成果もあって担当プロジェクトは大きくなり、3年目にしてようやく状況が好転、顧客側にも巻き込まれる人が急増。いよいよ両社での正式な合意形成まで持っていけるかというプロセスの中で、毎日刻一刻と状況が変化し、全体のイニシアチブを執っていた私含め関係者全員が連日必死だった。そんな最大の佳境真っ只中でまた熱が出る。

「何で熱があるのに仕事しなきゃいけないのかな」という当然の疑問が心に浮かんで涙が溢れそうになる自分と、それをかき消して「ここまで来たら引けないし、引きたくない」と思う自分が丁度半々で混在していた。ここだけはと、熱を出しながら会社に行き、その週一番の山場だったプレゼンを30分全力でやり切った。終わった途端初めて吐き気がして、タクシーに飛び乗って帰宅。夜になって落ち着いて、信頼できる後輩と晩ごはんを食べた。「そのリアルな状況、ちゃんと上司に相談してますか?」本当に当たり前のアドバイスをもらった。相談はしていた。でも、微熱という症状を自分自身も軽く見ていたし、それでチャンスが減ってしまうことへの懸念もどこかに確かにあって、自ら笑いながらライトに表現していた。それに、慢性化していたせいで「いつものやつ」のようになっていて、危機感はなかったかもしれない。

そのアドバイスを受けて、翌日上司に改めて打ち明けた。その瞬間、涙腺が崩壊して、いや涙腺だけじゃない何かが自分の中で崩壊した感じがして、溢れてくる涙が止められなくて、ここでようやく自分の本当の本音に気が付いた。泣いている自分と、それを客観視しながら自分自身に呆然と驚いている自分もいた。でも、本心の自分が目の前にいる上司に向かって「何をしてほしい訳でもないけど、ただ、どうしたらいいか分かりません」と言って、泣き続けていた。どれだけ楽しくても、最後まで頑張りたくても、ここが自分のやり方の限界だった。このままでいけるはずがないとどこかで理解しつつも、自分の身体と心が教えてくれるまでは受け止められなかったし、流れを止められなかった。

数年の付き合いになる上司達。こうなってから深く理解した彼らの人間的な一面に私は物凄く関心した。(そうなる前に対処してもらうべきだという声はあるかもしれないけれど。) 人よりたくさんの仕事を「できます」と宣言して、取りに行ったのは私。人に任せなかったのも私。「仕事は抱えられる時は抱えたらいいけど、抱えられない状態の時は、抱えなくていいんだよ」という本当に当たり前の言葉がその時のギリギリ状態の私には一番刺さった。プロフェッショナルとしての一面と、普通の人間としての一面。凝り固まって必死だった私が自力で導き出せなかった選択肢をたくさん提案してくれた。その1つが、全ての仕事をリリースして会社から離れてみること。この慢性化した発熱にどれが効くかは分からない。でも私はまずはそれを1ヶ月やってみたい、と本心の自分が思った。

こうして、産休でも育休でも大きな病気でもなく、リフレッシュ休暇という名のお暇をもらうことになった。貯まった有給をそこ充てることにした。ちなみに同じ職場で私以外にそういった例は聞いたことがない。


――「器」という考え方と、ポジティブシンキングとの向き合い方

人間の身体はよくできているなあ、とつくづく思う。自分を過信してあのままのやり方で頑張り続けていたら、今頃壊れていたかもしれない。元に戻れないぐらい壊れていた可能性だってあったと思う。その最悪の事態を回避する為に、熱も出るし、それでもだめなら吐き気も催すし、本心に向き合わなければ涙も出る。その自分に気づいて、受け入れて、理解して向き合うことができれば。これまでの私はそういう自分の弱さを認めず、見て見ぬふりをしてきた、それが強さだと思っていた、というかもしかするとそれにすら気づけないぐらい忙しくしていたのかもしれない。

今は、自分のアウトプットできるバリューは、自分の「器」、つまり「自分だけのメンタルとフィジカル」でしか造れないから、それを自分自身が一番に理解して、大切にしてあげることが、働く大前提として重要だと思っている。そしてそのメンタルとフィジカルには人それぞれのキャパシティとかバイオリズムがあって、自分のキャパシティやバイオリズムを把握して理解して付き合っていくことが必要だったんだ、と実感するまでに至った。

働き方改革が叫ばれる中でそんなこと常識じゃないの?と思われると思う。私も頭では当然のごとく理解していたつもりだったし、もしかしたら他人にはそんなアドバイスをしていたかもしれない。でも、単純に仕事の量の話ではなく、そこにかける想いとか関わる人の頑張りとか、チャレンジしたい気持ち、夢が絡み合った仕事の状況ってとても複雑だから、自分が渦中にいると葛藤してしまうもの。今回こうやって実際に体験してようやく腹落ちできた。

それと、この時点ではぼんやりだったけれど、自分の中に本音と建て前の両面が常にあるのに、普段はそれを一緒に丸めてしまっていて何が自分の本音なのかが見えづらくなっていることも、今回よく分かった。何でもポジティブに変換できる鈍感さは私の強みだけど、自分で「これはポジティブなんだ!」と捉えている事柄の中にも、本当は嫌いなこと・本当はストレスに感じていることも混じっていて、それが前に進むためのポジティブシンキングによってうまく分解できなくなっていた。というか、仕事なんて細かく分解したらその1つ1つは嫌なことだらけだと思う。そこにいちいち気を向けていたらスピード感を持って進めないから分解しない・認識しないようにしていた、が正しい。でも、それをあまりに無視しすぎて、知らないうちにたくさん溜まっていたのかもしれない。難しいけれど、これからは自分のネガティブにも適切に向き合ってあげなきゃいけないんだと、人生で初めて思ったのだった。


つづく

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