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魚の釣り方を知らない日本人

どうも、タジです。

最近、本気で痛感することがあります。

それは、日本の社会や教育システムに流されるままでは、いつまでも「魚の釣り方」は身につかないということ。

これって、結構マズいと思うんですよね。

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うんうん。
私も魚が餌に食いつくまでじっと待っていられないタイプなので、釣りは苦手です。

でも、ここで言いたいのはフィッシングの話ではありません。
生きる上で必要なスキルの話です。

『授人以魚 不如授人以漁』

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老子の言葉に『授人以魚 不如授人以漁』(魚を与えるのではなく、魚の釣り方を教えよというものがあります。

腹ペコの人に魚を与えて助けたつもりでも、再びお腹が空いたらまた次を要求してくるので根本解決にはなりません。
本当の支援とは魚の釣り方を教えてあげることだ、という教えです。

仕事で部下を指導したことがある人なら(教えるくらいなら自分でやった方が早い)と思うことがあるでしょう。

しかしそれでは部下がいつまでも育ちません。
毎回助けてあげることになるくらいなら、手間でも「仕事の仕方」を教えてあげるべきなのです。

先人は釣り名人だった

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「おじいさんは戦争で生死をさまよったあげく、家族と住む場所を失った」

という話を、子どもの頃父から聞かされたおぼえがあります。

先祖の墓にはその時亡くなった祖父の弟妹の名前が掘られていますが、享年4歳前後…。
行方不明あつかいなので命日はありません。

そんな何もかも失ったゼロの状態から祖父は会社を興し、いまでは創業55年超、従業員300名超、純資産13億超の優良企業になりました。

いまのように情報があふれる時代ではなく、魚(安定した暮らし)を与えてくれる人もいない戦後の混乱期にです。
死にものぐるいで自分なりの「釣り方」(稼ぎ方・生き方)を身につけていったに違いありません。

当時の日本には、そんな祖父のような人たちがたくさんいました。
みんな無我夢中だったのです。

ダイソーの創業者、矢野博丈氏もこのように発言しています。

会社が潰れたら自殺しようと思っていましたから。
我々の時代は会社が潰れたら社長は死んで、借金を生命保険で払うしか選択肢がなかったので、当時は僕のような考えが当たり前でした。
引用|Forbes(2020/10/12記事)

とてつもない覚悟と熱量ですよね。
私たち世代で、ここまでの気概を持って生きている人はどれほどいるでしょうか?

戦後の日本が後に「奇跡の国」呼ばれるほどの急速な経済発展を遂げた背景には、そんな釣り名人たちのゼロからイチを生み出す力があったのです。

釣り名人が残してくれた奇跡の国

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我が子の幸せを願うのと同じように、祖父たちも子孫が同じような苦難の道を歩まないように、今日の平和な日本を私たちに残してくれました。

最近Quoraというサイトをよく見ます。

ヤフー知恵袋のグローバル版のようなサイトで、日本人の質問に外国人や海外に居住する日本人が回答してくれる点が面白いです。

「海外移住」や「日本と海外の比較」関連のQAでは、特に海外移住者の意見が参考になります。

例えば、

・医療保険や年金の仕組みは世界一
・どんなに田舎でも一定水準の教育が受けられる
・無人野菜販売所が成立する奇跡の国
・どこでも清潔なトイレが無料で利用できる
・バッグで席を取っておいても盗まれない

など。

こういったコメントを見ると、当たり前だと思っていたものが外から見ると実はとても恵まれていることなのだと気付かされます。

とある海外移住に関してのコメントには

「こんなにも恵まれた国に産まれたのに、海外に移り住む理由が分からない」

という、否定派の意見もありました。

貧困もない、教育格差もない、銃やテロの驚異もない。

祖父たちが死にものぐるいで築き上げてくれた日本から飛び出すことが本当に正解なのか?自殺行為ではないのか?

しかし、個人的な意見としては「今日の平和な日本が永遠に続くもの」と思ってしまっていること(悪く言うと平和ボケ)が怖いのです。

常に日本経済の動向や海外の発展などにアンテナを張り、いつでも海外に脱出できる能力(釣り方)は身につけておくべきではないでしょうか?

釣り方を知らない日本人

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いまの日本人は釣り方を知らない人が多いと感じます。

なぜなら先人たちが築いた「幸せになれる日本式プラットフォーム」の中にいれば魚が食べられるので、わざわざ釣り方を覚える必要がないから。

義務教育を終え、偏差値や共通テストという物差しで進学先を決め、同じ服装と髪型で就職し、定年を迎えるまで同じ会社で働き続ける。

この既定路線さえ外れなければ、路頭に迷うような生活にはならないのです。

・留学生が少ない
・海外移住者が少ない
・グローバル企業が少ない
・起業家が少ない
・政治に興味がある若者が少ない

これらの傾向が物語っているように、リスクを負わなくても平和に生きられるから、わざわざ取りに行かない。

投資家必読マンガ『インベスターZ』でも、道塾学園を創設した藤田家当主の藤田繁富が、次のように話しています。

昔の日本人は個人の判断でリスクを取って社会生活を営んでいたのです
しかし現代の日本人は国に判断を委ねた生活を送っている
引用|『インベスターZ』第23話


私の人生はそんな「幸せになれる日本式プラットフォーム」のど真ん中を歩いてきました。
むしろ周りよりも丁寧に敷かれたレールを歩いてきたと言っても過言ではありません。

物心ついたころには兄がやっていたスポーツを一緒に始めていて、高校は父の勧めで地元強豪校に進学。
兄の勧めで同じ関東の大学に進学し、父のコネで地元の大学に事務職員として就職しました。

何一つ自分の意志で考えず、

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と流され続けて生きてきたのです。

せめて中学生の頃までにコペル君の本に出会っていたらなと、今なら思います。

ただし「期待に応えたい」という思いは強かったので、それぞれのステージで成果を挙げられるように努力しました。

スポーツでは高校・大学で全国ベスト4、社会人になってからは日本一も経験。仕事では全国の大学職員が集まる研修会でMVPを取ったこともあります。

しかし、そこで身につけた能力は同じ土俵でしか通用しません。
土俵の外に出たら、何者でもない
のです。

釣り方を覚えないことのリスク

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高齢者の犯罪(万引やストーカー)が年々増加傾向にありますが、その背景にあるのは孤独や不安だと言われています。

「社会から疎外されている気がして注目を浴びるためにやった」
「毎年届いていた大量の年賀状が届かなくなり寂しくなってやった」
など、犯行の動機を聞いても現役世代にはピンときません。

このトリガーは、定年を迎え仕事を引退したことでプラットフォームの外にはじき出されたことにあると考えます。

いわゆるセカンドライフには既定路線がなく、プラットフォームの中だけで生きてきた人間は何者でもなくなった自分に気づき困惑。
それまでの生活が華々しい人ほど、そのギャップに苦しむことになるのです。

定年後のイメージがわかない人は、引退後のプロスポーツ選手やアイドルになったつもりで考えてみてください。

現役中は好きなことに熱中でき、生活は非常に派手で魅力的なこれらの世界。しかし引退後はどうでしょう?

会社員になるものの仕事に役立つような資格やスキルが無いため収入は激減。一方でプライドやその後も続く交友関係から生活水準を下げることができずに経済的に困窮。
最悪、犯罪や悪事に手を染める可能性も…。

もしくは、まとまったお金があっても金融リテラシーが低いので詐欺のターゲットになるかもしれません。


これらから学ぶことは、プラットフォーム内にいる間に魚の釣り方を覚えないことのリスクです。

例えば本田圭佑さんや指原莉乃さんのように、現役中にビジネス感覚を尖らせている人は、引退したとしても輝けるフィールドが用意されています。

会社員でも副業や投資をしている人は、定年後も自分で考えて道を切り開いていくことができるでしょう。

ゼロイチの力がなくてもプラットフォームの中では輝くことはできます。
しかし、その外に広がるサバイバル環境もイメージすることが大事なのです。

釣り竿を作って魚を釣れるだろうか?
自分で火を起こせるだろうか?
無人島でひとりで生きていくことができるだろうか?

ぜひ、自問自答してみてください。

ゼロイチができない恐怖

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私は転職活動の失敗、フリーランスの失敗を経て、現在、父の会社で新規事業を担当することで、ゼロイチができない恐怖をイヤというほど知りました。

新規事業開発はまだまだ道半ばですが、相当しんどい…。
正直ここまでゼロイチがキツイとは思いませんでしたし、いい歳して自分の無力さに号泣しました。

勉強でもそれなりに良い成績は取ってきましたし、大学職員としても評価されてきましたが、これまでの経験が何一つ通用しないのが、ゼロイチの世界です。

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と思ったこともありますが、いまではサバイバル環境に放り出されたことで見えてきたものがたくさんあるので良かったと思っています。

子どもには釣り方を教えたい

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そんな経験から、子どもには釣り方を教えたいと考えるようになりました。単純に私のようになって欲しくないからです。

父の教育方針はその真逆で「魚を与えまくる」ことでした。
子ども達がお金で苦労することがないように、お金を与え、進路を決め、地元に残し、仕事を与えました。

それが父なりの愛の形だったのです。

いままで一度たりともお金に苦労したことはありませんし、恵まれた暮らしをさせてもらったことには本当に感謝しています。

しかし、この歳になってもまだ自立していると胸を張って言えない自分が恥ずかしくてたまりません。

フリーランスで失敗した後も、結局会社に入れて助けてもらいました。
兄も経営に携わっていますが、正直いま父に引退されたら困るほど共に依存状態です。

「自立」が教育のゴールだとするならば、いまだに誰もゴールテープを切れていません。

だから私はしっかりと新規事業を立ち上げて、それを自信に海外での移住生活に挑戦するつもりです。
それが私なりの自立の形だと思っています。

おわりに

次回は日本式プラットフォームに迫りくる限界について考えてみたいと思います。

今回の話を聞いてもなお、

「ゼロイチって本当に必要?」

とお考えの方は、引き続きお付き合いいただければ幸いです。
それでは。

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