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こどもにだけみえるせかい

こどものころ、一度だけ、妖精を見た。

いや、妖精というと、ちょっと語弊があるか。

正確に言うと、自分が持っているいろいろな人形たちが、真夜中にキラキラと空を飛びまわり、楽しそうにパーティをしているのを目撃したのだ。

*  *  *

舞台はとても庶民的な、社宅の一室。

当時3歳くらいだった私は、その日もいつもと同じように、家族と川の字ですぅすぅと眠っていた。

夜中、笑い声が聞こえるような気がしてぼんやりと目が覚める。

見慣れた、いつもの部屋。母も父も兄も横ですぅすぅ眠っている。けれど、上のほうがなんだかキラキラしている。

よくみると、自分がもっているリカちゃん人形や、そのファミリーのいろいろな人形たちが、やわらかく光りながら、当たり前のように空を飛んでいるではないか。

うわ、たのしそう!!!

シンデレラみたいなドレスに身を包んだリカちゃんは、空飛ぶかぼちゃの馬車にのり、部屋の天井近くを横切りながら「ふふふふ」とほほえみ、小さなわたしに手をふる。

さらに、リカちゃんのこどもたちという設定だったか、今では名前も思い出せない小さな双子の人形もいた。その子たちには羽根が生えて、まさに妖精のようにすばしっこく、くるくるといろんなところを飛び回っている。

しばらく見ていたら、そのうちのひとりが、なんと寝ている母の髪にからまった。

当時の母は、ロングヘアで、サイババのようなちりちりパーマという、この上なくボリューミーな髪型をしていた(そういうのが流行っていたのよ、と母は言う)。

妖精くんは、くるくる飛び回っている中で見事にそこへ突っ込んでしまい、羽根がからまって動けなくなっている。

幼心に「たすけなきゃ」と思ったわたしは、何も気づかずにすやすやと寝息を立てている母の枕元へ行き、ちりちりパーマにからまった妖精をやさしく救出したのだった。

*  *  *

以上が、一連の記憶である。

あまりの衝撃的な体験に、私はそのときの話を翌日から家族にしまくっていたらしい。3歳のころのほかの記憶なんてほとんど抜け落ちてしまったけれど、このときの記憶だけは鮮明に、語り部形式で、幼稚園の私から小学生の私へ、そして大人の私へと受け継がれてきてしまった。

小学生になり「夢」という概念を経てもなお、この一夜のことだけは、実体験だと信じていた。ちりちりパーマから救出した手触りが、あまりにもリアルに残っていて。

いまとなっては、自分の中で語り継がれるうちに変なリアルさが増しているような気がして、素直な判断がくだせない。いや、やっぱり夢だったよねぇ、というのも悔しく、あれだけは夢じゃなかった!と言い張るのも恥ずかしい、つまらないおとなになってしまっただけかもね。

べつに、どちらだっていいのだ。多かれ少なかれ、こどもにしか見えないものがある、というのは本当だとわたしは思っている。

こどもにしかみえない世界のなかにおいて、それはきっとほんとうだった。

*  *  *

「あのね、きのうね、よーせーさん、みたんだよ! くるくるってなって、あくしゅしたんだよ!!」

「えー、いいなぁ!! そうだよねぇ、そういうこと、あるんだよねぇ」

こどもからそんな報告をもらったら、話を合わせるためにではなく、心からうらやましそうに、そんな反応をしてしまう自信がある。

だって、本気でうらやましいもんなぁ、その特権。

自作の本づくりなど、これからの創作活動の資金にさせていただきます。ありがとうございます。