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”女の園”から覗いたパリ体験記④   ジュンク堂オペラ店

「もう~この悲劇のすべては、Palais de la Femmeのせいだー!」
独房のように狭い部屋に加えて南京虫の被害で、憧れていたパリ生活は曇天の日々。
「そうだ、ここを出よう!部屋を探そう!」

「衣食住」を節約して、パリを楽しみつくす!ヨーロッパという地を楽しみつくす!という、旅立ちの前に立てた誓いは、どこへやら。
新たな目標達成に向けて物件情報収集の日々が始まりました。
不動産屋さんのウィンドウを見あさるのはもちろんのこと、賃貸の情報誌を立ち読みしたり、スーパーにおいてあるフリーペーパーや、『Parisscope』
(フランスの「ぴあ」のようなエンターテインメントの情報誌)の賃貸情報を探してみたり。

物件探しをしていて、びっくりしたことが3つあります。
まず、街中や、スーパーや学校の掲示板に個人で出しているチラシが案外多いこと。チラシの下の4分の1ぐらいのところに自分の連絡先がズラッと書いてあって、短冊状に切れ込み線が入っていて、気になるAnnonsがあれば、
その短冊を千切って連絡するシステムになっていました。(個人情報を自ら公開しているという時代)

2つ目に、賃貸の種類が豊富!
「ルームシェアしませんか?」(ほんとに多かったです。家賃に対してドライなのか、全く知らない人との同居に抵抗ないのでしょうかね。
「バカンスの間だけ、部屋貸します。」(映画にもあったような。この条件は案外多かった記憶があります。)

3つ目は、フランスは「家具付き賃貸」がメインだということ。
大物家具はもちろんですが、スプーンやお皿などの食器までついてくるのです。

私のような節約学生には、エレベーターなしの屋根裏部屋か、ルームシェアが現実なんだなーと実感しました。
ある日、学校帰りにオペラエリアにあった日本書店「ジュンク堂」の
アノンスコーナーに立ち寄りました。
「ジュンク堂」は唯一、日本語で情報収集ができる安心の場所でもあります。
掲示板をくまなく見あさっていると、日本人マダムがannonsを掲示しに来ました。私は、マダムに気にも留めず、annonsを読んでいると、
「あなた、部屋探しているの?」
「あ、はい。」
「学生?」
「あ、はい。」
「パリはいつからいるの?」
「2月に来たばかりです。」
「今はどこに住んでいるの?」
「Palais de la Femmeという女子寮です。」
「あら、素敵!」え?素敵?なぜ?マジ?
「私が貸すのはアトリエなのよね。」
「あなた、この後時間あるの?よかったら、アトリエ見に来ない?」
と。日本人だし、いいか。見てみるか。
たまたま出会ったマダムと一緒にバスに乗って、彼女の家に向かいました。

マダムの旦那様は、フランス人で画家だということ。その日は旦那様にはお目にかかれませんでしたが、annonsのアトリエは、畳2畳分ぐらいのスペースを会議室で使うようなパーテーションで仕切り、創作活動の場として学生に貸していました。
私は、マダムとお茶とお菓子を食べながら、
Palais de la Femmeの独房空間の話、南京虫にかぶれて大変な話、溜まっていたものをすべて吐き出すかのように、マダムにぶちまけました。
「憧れるわ~。素敵。私が若かったら、そこに住みたいわ」
ええええ~~???
「本当に素敵な経験をしてるわね。」
ええええ~~~???
「基本、学校があるでしょ?一日中お部屋にいることって、少ないんじゃない?」
「はい。出来るだけ部屋にいる時間は少なくしてます。寝るだけぐらいにしてます。」
「パリからなら、ポルトガルやベルギー、スペイン、イタリア、、、ヨーロッパの旅が楽しめるわよ。私なら、家賃のお金を旅行に使うわね。学生の時は、お金がなくても時間があるでしょ。安く旅する方法はいくらでもあるのよ。それに寮生活なんて、めったに経験できないわよ。家賃が安く済むんだし、その分いろんなところに行くといいわ。本当に素敵よ。あなたが寮をでるなら私が代わりに住んでもいいかしら?」
ええええ~~~???

マダムの言葉が私の曇った瞳に光を当ててくれました。
帰り道の私は、少し誇らしい気持ちで一つ胸が上に持ち上がったような気分になりました。
Palais de la Femmeの部屋のドアをあけると、独房のような空間は柔らかい光に包まれていました。
マダムの言葉に背中を押されて、旅立ち前の決意を思い出した私でした。(根が単純なのです)
マダムから頂いのは、素敵な言葉だけじゃなかったのです。次へ続く、、、

■本日の舞台は、ジュンク堂パリ店


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